精霊相談
「なに?精霊を追い出す?」
「はい、体から強制的に追い出す方法はないのかなって・・・思いまして・・・師匠はそういうのご存じないですか?」
文は後日、師匠である春奈のもとに康太を伴って相談にやってきていた。
康太の体の中に宿っている雷属性の精霊。これを強制的に排除することができれば新しい精霊を入れやすくなる。
せっかく身近に先輩であり師匠である魔術師がいるのだ。相談しない手はないと思ったのである。
アリスに聞くのは康太と文にとっては最終手段、誰に聞いてもわからないようならば聞くという形にしたかった。
「精霊を呼ぶ、そして魔力を扱わせるというのならわかるんだが・・・なぜ追い出す?性能が悪いにしてもわざわざ入れ替えるほどか?新しい精霊を探すほうが手間だと思うんだが・・・」
「いえ、こいつ精霊を入れたのはいいんですけど、協力を得られてないんですよ。ちょっと特殊な精霊で」
「・・・あぁ、以前言っていたやつか。確か悪霊化?していたんだったな」
春奈にも大まかな事の顛末は説明しているためにかなり早く理解はしてくれていた。だが同時に唸り始めてしまう。
精霊を呼び出す方法はいくつか知っている。コンタクトを取る方法も知っている。だが体の中に宿ってしまった精霊を強制的に追い出す方法というのは知らなかった。
というか、そもそも強制的にというのがあり得ないのだ。
「普通の精霊ならば、宿主が強く拒否反応を起こすと精霊の方から出ていくものだがな・・・それが強制的に追い出す方法といえば方法なんだが・・・」
「俺の場合、その精霊と交信そのものができてない感じなんですよ・・・そいつが何を考えてるのか全然わからなくて」
「・・・ふむ・・・協力を得られていないというのはそこからきているのか・・・たいていは精霊に頼めばいうことを聞いてくれるものだが・・・」
「お願いは何度かしてみたんですけど、どうもダメで」
康太が宿している精霊が一般的なそれとは異なっているということはすでに事の顛末を聞いていたために何となく理解はできていたが、そこまでのものとは思っていなかったのか春奈は腕を組んだ状態で悩み始めてしまっていた。
人間と精霊、正確に言うならば魔術師と精霊との関係はそれなりに長い、だが春奈も知らないことが多い。
とはいえ春奈自身も精霊を扱ってそれなりに経つ。ある程度のことはわかっているつもりだったのだがこのようなケースは初めてだった。
何よりも康太自身がどのような状況なのかを正確に把握できていないというのが、不明確さに拍車をかける。
それも無理のない話かもしれない。初めての精霊がいきなりイレギュラーなのだ。それで普通の精霊を理解しろと言われても無理の一言である。
「先も話したが、普通の精霊なら話をすることはできなくともある程度の意思疎通はできる。彼らは未熟だが自我があるからね。格が上の精霊になれば子供程度の自我と知恵が芽生えるんだが・・・」
「そのあたりが全く感じとれないんですよ・・・デビットならもう少し反応してくれるからまだましなんですけど」
康太の体から黒い瘴気が噴き出すのを見て春奈は目を細める。Dの慟哭。封印指定百七十二号。康太の体の中に宿る人ならざる異端の魔術の存在。
康太がなぜ精霊とコンタクトを取ることができないのか、春奈はその原因がこのデビットにあるのではないかと少し考えた。
「・・・ちなみにだ、その黒いのの核は康太君の体の中にあるのだったな?」
「はい。一応」
「その核を他人に移すことは可能なのか?」
「・・・どうなんでしょう・・・それはやったことがないですね・・・というかそれがいったいどこにあるのか」
康太自身、デビットの核がいったいどこにあるのかイメージできていなかった。
あの時、デビットと初めて会った時、体の中に何かが入ってくる感覚はあった。そしてその瞬間から、康太は封印指定の力をほんの少しではあるが引き出せるようになっていた。
使い方を直接頭に叩き込まれたような強制的な情報取得。それらも未だ記憶に強く残っている。
一年近くデビットと一緒に行動してきたことになるわけだが、それでもまだまだ分からないことだらけなうえに、本体ともいうべき核がどこにあるのかもわからない。
「基本的に、精霊の核というのが本人の中に入っていなければまともな交信はできない。もしかしたらその黒いのが精霊との交信を阻害しているのかもしれないな」
「・・・なるほど・・・じゃあちょっとデビットには文の方に引っ越してもらうか」
「ちょっと、なんで私なのよ」
「だってたぶんだけどデビットが吸った魔力で一番多いのって文だぞ?度々吸わせてもらってるし」
康太と文が一緒にいて、なおかつ康太が急速に魔力を回復させる必要がある場合、康太はその都度文から魔力を調達している。
文自身もそれを容認しているし、むしろ吸わせたほうが良いと思っているためにそこは別に良いのだが、デビットを体の中に入れるとなると少し話が変わってくる。
よくわからないものを体の中に入れるなどごめんだと言わんばかりに、文は康太から距離を取ってしまう。
「まぁ・・・精霊と封印指定、どちらの方が扱いやすいかという話になるんだが・・・康太君は封印指定のほうが操りやすいと」
「こっちの方になれちゃったらからそう思ってるってだけですから・・・実際のところ普通の魔術師や精霊術師がどっちが操りやすいのかはわかりませんけど」
そういう意味もあって文に試してもらいたかったんだけどもと康太は文の方を見るが、文は首を横に振っている。明らかに嫌がっているようだった。
康太としても強要するつもりはないため、これ以上無理を言うのはさすがに申し訳ない。
もっとも、デビットの核を動かすことができるのかと聞かれると康太もわからないと答えるしかないのが現状である。
そもそもデビットの、封印指定百七十二号の操作権限は康太もわずかしか与えられていないのだ。
動かせるかどうかも怪しいところである。
「確かに精霊との交信が上手くいかないという魔術師や精霊術師はそれなりにいる。特に入れたばかりの場合は、意志や感情を読み取るのが難しいというものが大多数か」
「やっぱりそうですか。体の中に異物を入れてるんですから、当然っていえば当然なんですかね?」
「それはそうだろう。自分以外の者の感情を読み取れと言われても難しいというほかない。何より、最初からそんなことが簡単にできるのは才能があるか、高い適性を持っているものだけだ」
精霊に対する適性とでもいうべきか、魔術的な素質、そして本人の起源、属性の適性、それに加えて精霊との適性。
魔術師や精霊術師になるためには数多くの適性が必要になってくる。康太の場合あまり恵まれた状況とは言えないのだが、それでも魔術師であるだけましというものだろうか。
「精霊との交信は一度置いておいて、新しい精霊を宿すことを考えてもいいんじゃないか?ほかの精霊との干渉の具合がどの程度かはさておいて、試してみて損はないだろう」
「それはいいんですけど・・・あれってすごく時間がかかるじゃないですか」
「そうだな・・・文がやったとして・・・一日に三回程度が限度か?」
「そうですね。私ではその程度です。もっと魔力総量が多ければあと一、二回は発動できたのかもしれませんが」
「文のように恵まれた素質を持っているものだからこそ一日三回も発動できるんだ。並の魔術師であれば一日に一回が精々というところ・・・とはいえ、日常生活に支障が生じないようにすると、やはり一回か二回が限度というところか」
文のように恵まれた素質を持ったものでも一日に三回程度しか発動できないようなレベルの術が精霊召喚の術式だ。
転移の魔術に属しているために、その消費魔力は膨大、なおかつ術式が複雑である、そのため術者の処理を軽くするために方陣術を併用した発動を必要としてしまう。
準備にも魔力にもかなりの負担を要するのが精霊召喚の魔術なのである。
「康太としてはどの属性が欲しいの?風か火でしょうけど」
「・・・んー・・・今のところ火属性かな・・・噴出の魔術とかの使い勝手がすごくいいから多用したい。風属性でも悪くはないんだけど、今のところちょっと使いどころに迷ってる。両方入れられればそれが一番いいんだろうけどな」
康太の扱っている噴出の魔術は奏から太鼓判を押されるほどに高性能な魔術だ。康太のようなタイプの魔術師にとってはかなり応用の利く便利な魔術となっている。
火属性の魔術は攻撃的なものが多いが、噴出の魔術はその最たる例といってもいい。
火での直接攻撃、物体を加速させての物理攻撃、そして自分自身を起点とすることによる近接攻撃や高速移動。
できることが多い分、必要とする魔力も必然的に多くなる。康太からすれば火属性の魔力供給手段は多いに越したことがないのだ。
もちろん風属性の魔術も使い勝手が悪いというわけではない。火属性の魔術は良くも悪くも目立つ。そんな中で風属性の魔術は比較的目立ちにくい。
隠密活動やちょっとした状況変化を加えるにはちょうど良い属性といえるだろう。
とはいえ現状康太のもつ魔術の中で風属性の魔術はあまり使われていない。火属性の威力強化や、相手を吹き飛ばすために暴風の魔術を使う程度である。
最近新しく風属性の魔術を練習しているとはいえ、これもまた補助的な意味合いが多いのである。
「問題はその属性を呼び出せても康太君自身の相性に加え、その封印指定、そして精霊との相性がいいかというところだな・・・火と雷の属性は優劣などはないが・・・その分干渉しやすい可能性もある。中途半端に相性がいいというのが一番厄介だな」
火や風、火や水といった相互に干渉する関係であれば精霊の相性はかなりはっきり分かれる。
好意か、あるいは嫌悪のどちらかに極端に分かれるのだ。一見相性の良い火と風と精霊でも、中には非常に仲が悪いという個体も存在する。
人それぞれという言葉があるように、精霊たちもまた個体によって好き嫌いがあるということである。
「中途半端だとなんで厄介なんですか?」
「完全に敵なら最初から突っぱねてくれるが、中途半端に容認できてしまうと、後々になって不満が爆発することがある。人間と一緒でそういうところが面倒くさい」
春奈の言うように互いに特にこれといって互換性を持たない属性に関しては相性が測りにくい。
良いこともあれば悪いこともある。中には普通だけども若干好意的、そしてまた逆も然りという短い時間では判断しにくい場合があるのだ。
最初は仲良くやれていたと勘違いしていても、長い時間を共に過ごすにあたって両方にストレスが蓄積していき、それが爆発するということもあるらしい。
直接感情を読み取るにしても限度があるため、どうしてもそういった弊害が生まれるのだという。
日曜日なので二回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




