乗り物に乗って
「こんばんは、師匠来ましたよ・・・ってあれ?もう荷造り終わっちゃいました?」
そうこうしてる間にやってきたのは兄弟子である真理だった。
大学からそのままこっちに来たのだろうか、カバンを持った私服の恰好で店の中に入ってくる。
「あ、姉さん見てくださいよ!この前の俺の頑張りが金額になって帰ってきました!」
「え?あぁなんだ、師匠教えてあげたんですか?てっきり成人するまで黙ってるものかと」
「まぁ免許を取らせるうえで最低限必要な知識かと思ってな・・・教えなければよかったと後悔しているところだ」
康太は魔術師として奮闘した事柄が金額というわかりやすい目安で記されたことが嬉しいのか通帳を眺めながら小躍りしている。
魔術師になって悪いことばかりではないものだとこの状況が少しだけ好意的に見ることができるようになってきていた。
「まぁいつかは知ることですし・・・ていうか免許なんて取らせるつもりなんですか?」
「十六になったらバイクの免許をな。あって損はないだろう。夏休みに合宿でも行けば十分取れるしな」
免許というのは教習所に通って必要な技術などを身に着けてから認定試験を受け一定以上の点数を取らなければ取得することはできないのだが、この方法はいくつか存在する。
普通なら教習所に通って長い時間をかけて取る。これは大体一ヶ月から二か月程度で取得することができる。拘束時間は長いがその分自分の好きな時に講義や実技を受けることができるのだ。
対して康太が行うことになるであろう合宿、これは短期集中型のプランだ。
一つの場所に泊まりこんで複数の人間と共同生活しながら徹底的に講義と実技を詰め込んだものだ。
必要な期間が短い代わりにほぼ毎日、それどころか起きてから寝るまでずっと講義や実技が入るというまさに詰め込み型の内容である。
夏休みしか時間が取れないような学生などが多用するプランで、康太のような高校生も免許を取るのに便利な利用法である。
もちろん合宿に行くだけでとれるというわけではなく、しっかりと試験で結果を残さなければならないが。
「確かに移動手段があって困ることはありませんからね。特に魔術師は夜の行動が多くなりますからどうしても電車以外の移動手段があったほうがいいですし・・・自転車じゃ限界がありますから」
「チャリで戦う魔術師というのもまた特徴的ではあるがな、機動力で負けるのはさすがにいただけない」
学生が使う個人的な移動手段と言えば一番思いつくのは自転車だ。免許もいらず金額も比較的安価であるためにこの日本で高校生が自転車に乗ったことがある率はほぼ百%に近いのではないかと思えるほどだ。
もちろん安価であるが故に誰でも乗れるが故にその機動力はそれなりでしかない。
本格的なスポーツ用の自転車であればそれこそ車に匹敵するほどの速力を出すことができるだろうがその為には当然自己鍛錬が必須だし、何より地味に高い。
それなら少し苦労してバイクを手に入れたほうがよほど良いだろう。今後身分証明としても使えるのだ。取得しておいて損はない。
「あぁそうだ、師匠今回の移動手段車ですよね?途中代わりますか?一応免許持っていきますけど」
「そうだな・・・まぁ疲れたら頼もう。お前の運転は少々不安ではあるが」
「大丈夫ですよ。まぁ免許取ってからあんまり運転してませんけど」
「・・・あれ?姉さんって車の免許持ってるんですか?」
先の会話から真理が自動車の免許を持っているというのはまず間違いないだろう。康太の言葉に真理は自慢げに微笑みながら自分の財布の中から免許証を取り出す。
そこには確かに真理の写真と普通自動車免許及びバイクの中型免許の所に印がつけられていた。
「一応取れる歳になってすぐ取りましたからね・・・もっとも学校に通っているっていうのもあってそこまで運転できませんからペーパーなんですけど」
「あー・・・大学は電車で通える距離なんですか」
「そもそも大学の通学のためだけに車を使うっていうのもちょっと・・・それに私用の車も持っていませんし。バイクならあるんですけどね」
バイクを持っているという言葉に康太は非常に興味を惹かれていた。自分もこれから使うことになるかもしれないからこそこれからバイクの知識は必須になるだろう。
とりあえず兄弟子である真理がどんなバイクに乗っているのか気になった。
「どんなのですか?中型ってことは二百cc?」
「えぇ、こんなのです。結構気に入ってるんですよ」
真理は携帯を操作して自分のバイクを見せてくれる。そこには見た目大き目な自動二輪車が写っていた。
色は青、流線型の車体となっている。スクータータイプとは違う、どちらかというとモータースポーツなどで用いられるようなレーシングタイプのもののように見えた。
これを真理が乗っているとなると少しイメージしにくかった。彼女の事だからスクータータイプのバイクに乗っているとばかり思っていたのだ。まさかこんな本格的なバイクに乗っているとは夢にも思わなかったのである。
「すごいですね・・・いいなぁ、こういうの欲しいわ・・・」
「自分のバイクは自分で買ったほうが愛着がわきますから、お下がりよりは自分で選んだ方がいいですよ。免許が取れたら一緒に選びに行きますか?」
「本当ですか!ぜひお願いします!」
バイクの話で盛り上がる男女というのも珍しいが、何より本当に仲がいいなと師匠である小百合は二人の弟子を眺めながら小さく息を吐いていた。
「でも魔術師がバイクで戦うってそんなにあることなんですか?なんか暴走族チックですけど」
バイクに乗りながら戦うというのは康太の中ではモヒカン頭をした暴徒的なヒャッハー、あるいは乗っていることに対する意味が全く理解できないカードゲーム的なものしかイメージできなかった。
魔術師がバイクに乗って戦うというのは正直アンマッチすぎてイメージできないのである。
「確かに想像しにくいかもしれないがな、考えても見ろ。現代において交通機関や手段が増えたことで機動力は格段に増した。それこそ逃げることも容易になったと言えるだろう。そんな中逃がさないようにこちらも機動力をあげるというのは至極当然の考えじゃないか?」
小百合の言いたいことはよくわかる。交通手段の限られた、それこそ馬とかが主流の交通手段だった頃は移動するのも何日もかけて行う必要があっただろう。もし何か事件があればその首謀者はそこから逃げることもかなわず、立ち向かってきた者たちを正面から迎撃しなければ生き残ることなどできなかっただろう。
だが現代においてその考えはほとんど成り立たないと言っていい。一日二日かければ世界の反対側にだって行けるような昨今、機動力というのは魔術師においても重要なポイントになっているのだ。
その結果機動力を得ながら戦うにはどうすればいいか、そう考えた時にバイクや車に目が向くのも至極当然と言えるだろう。
「最近は比較的少なくなったが、少し前は深夜封鎖された高速道路でバイクを用いた魔術戦が行われていたりしたんだぞ?今はもう監視の目が厳しいからできんがな」
「へぇ・・・なんかかっこよさそうですね。バイクに乗りながら戦うのか」
康太の頭の中ではバイクに乗りながらスタイリッシュに攻撃したり躱したりしながら戦う魔術師たちの姿が浮かんでいた。
それこそ某ライダー的な変身ヒーローではないがそれに近いものがある。魔術を併用しての戦いとなるとなかなかに派手なバイク戦になるだろう。
「師匠や姉さんはなんかに乗りながら戦ったことってあるんですか?それこそバイクとか車とか」
「あるぞ、私はバイク、車、水上バイクで戦ったことがある。どれも至極面倒だった」
「私はバイクで一度だけ。あれは結構大変ですよ、運転しながら魔術を発動するのって地味に難しくて」
小百合の経験の多さには若干驚いたが、真理の言葉はなかなかに興味深かった。康太や真理は小百合の指導により何をしている状況においても魔術を発動できるだけの訓練を行っている。
その彼女が地味に難しいというのはそれだけの理由があるのだろう。
康太たちがテストされたのはゲーム、つまりは手先の運動の場合だったが、バイクの運転というのは手先だけではなく体重移動で行うことが多い。
それだけではなく足も使って操作するためにそれこそ全身で操らなければいけないのだ。バイクを操作しながら魔術を発動するというのは地味に高難易度、魔術をより簡単に発動できるようにならなければできないかもしれない。
今度自転車を運転しながら練習してみようかななどと思っている中、康太はあることを思い出す。
「でも俺たちが使う魔術なら相手のバイクとか簡単に分解できるんじゃないですか?一応あれだって部品の集合体でできてるわけですし」
康太の言葉に小百合はいいところに気が付いたなと笑って見せる。
「確かに機械は部品の塊だ。お前に教えた分解の魔術があれば比較的容易に破壊することができるだろう。だがあの魔術にも欠点がある。使っているお前ならわかるかもしれないが分解する際座標をしっかりと認識しなければいけないんだ」
「・・・あー・・・そう言えば・・・確かにそんな感じが・・・」
今まで停止した状態のものしか分解したことのない康太はあまり理解していないが、ほぼ無意識下で座標の認識を行っていたのである。
目に見えているものであるからこそちゃんと分解することができていたが、相手が動いていてなおかつ座標も変化し続ける、さらに分解する部品が多いとなると分解の魔術でも一体いつ分解しきれるかわかったものではない。
バイクや車というのは良くも悪くも部品が多く、一つや二つ外したところで走行不能になるようなものではない。
一番致命的なのはタイヤを外してしまう事だが。それだって強固なボルトなどで止められている。外すには相当強力な分解の魔術を使わなければならないだろう。
「いちいち分解するのも悪くはないが、それなら攻撃魔法で破壊したほうが早い。分解というのは使えそうで地味に使えない魔術なんだ」
「確かにそれだったら槍でタイヤパンクさせた方が早いかもですね・・・」
「そう言う事だ。だが着眼点自体は悪くない。部品を外すことで相手を不利にすることだって当然できるんだ、その考え方は間違っていないぞ」
分解の魔術はあくまで補助魔術だ。攻撃魔術のような直接的な効果があるわけではない。その為に使いどころを間違えるとほぼ無意味に魔力を消費する結果になってしまう。
魔術というのは総じてそう言うものなのだ。時と場合によって使い分けをしなければいけない。そうしないと正しく効果を得られない。
特に康太が覚えている魔術は今のところ攻撃魔術が一つ、補助魔術が二つ。使いどころを間違えないようにしなければならないだろう。
再現は攻撃に補助にと大活躍している康太の主力級魔術だ。蓄積に関してもこれから大いに多用していこうと考えている。だが分解に関しては難易度が低いだけあって得られる効果も限られている。『接合してある物体同士を外す』という効果しか得られないため、最悪使わないことの方が多いのである。
誤字報告を五件分受けたので二回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです