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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
二十六話「届かないその手と力」

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奏と倉敷

「っと・・・こうやって他の人の拠点を見てみると、いろいろと面白いですね・・・普段見ない物ばっかりですよ・・・これなんて何に使うんだ?」


康太は棚の中にある物体を見ながら首をかしげる。一種のモニュメントにも見えなくもないような物体を手に取りながら、どんどん廃棄するゴミか協会にもっていくものかを分別していく。


魔導書以外の物体のほとんどをゴミ扱いしている康太をしり目に、文はそれらの中に魔術的な物体がないかをしっかりと観察していた。


魔術的な物体は廃棄するのにもしっかりとした手順を踏まないと面倒なことになりかねない。


一見ただの置物のように見えるものでも魔術的に意味を持っている物も多々存在するのである。


単純な解析では見破れないものも多いために、そのあたりは文や幸彦といったしっかりとした知識を有し、なおかつ経験を積んでいる魔術師が確認しなければいけない。


「これなんかは方陣術を発動するときの補助に使えるものね・・・属性は限られるけど発動を安定させる効果があったはずよ?」


「そうなのか?っていうかどうやってそういうのわかるんだ?」


「あんたこそなんでわからないのよ。たぶんこれクラリスさんの店でも取り扱ってるわよ?」


「え?こんなのあったか?」


「形は違うかもしれないけどね。そういう効果を持ってるものはあると思うわよ?」


何度も商品の取り扱いをしたことのある康太だが、思えばその道具がいったいどのような効果を持っているのか、詳しく調べたことはあまりなかった。


というか単純に興味がなかったのが大きい。こういったものを作っている人間がいるのは知っているが、それらがどのような価値を持っているのかは知らないのである。


「発動を安定化させるってことはあれか、なんかでかい術を発動させるときとかの道具なのか?」


「近いけど違うわね。方陣術って体とは別の物体に魔力を注いで発動するでしょ?どうしても周囲の影響を受けやすいのよ。体そのものなら制御できる魔力が体の外に出ちゃってるわけだから」


「ふむふむ・・・それで?」


「方陣術は魔力を注いですぐに発動するってことは稀なのよね。ある程度放置しておいて特定の条件がそろったら発動するとかそういうこと。それだけ長い間放置するのに魔力がほかの影響を受ければちゃんと発動しないこともあるのよ」


「・・・でもベルは前使ってた方陣術は普通に発動してただろ?」


「そりゃちゃんと発動できるように訓練したもの。所謂方陣術の初心者用の道具と思ってくれればいいわ」


「へぇ・・・でもここの人って結構な歳だったんだろ?初心者っておかしくね?」


「不安定になるのは技術が足りないか、注いだ魔力がかなり多いか、あるいは周囲の環境が特殊か・・・まぁ他にもいくつか理由はあるけど、ここの人の場合結構な魔力を注いでそれを安定化させたかったんじゃない?」


初心者から玄人まで使える道具ということはわかったが、それにしてもこんな独創的な形じゃなくてもよいのではないかと思えてしまう。


一般人をだますのであればこういう特徴的なものの方が芸術的な置物か何かと勘違いしてくれると思ったのだろうか。


「あんたもこういうのを使えば方陣術が上手く扱えるんじゃないの?確かまだ使えなかったでしょ」


「いいんだよ、とりあえず壊すことはできるんだから。まぁ使えたほうが戦略は広がるんだろうけど・・・」


康太はまだ満足に方陣術を扱うことができない。


一応一番練度の高い分解の術であれば方陣術で発動できる程度にはなってきたが、術式の書き込みが非常に非効率なのである。


文ならば十円玉程度の大きさにまとめられる術式が、康太はA3用紙すべてを使わなくては書き込めないのだ。


単純に繊細さや技術の違いなのだが、方陣術に対する訓練不足というのが原因の一つである。


小百合が施した方陣術の訓練はあくまで破壊のために培っているものだ。小百合自身が実戦であまり方陣術を使わないせいか、方陣術に対する指導はかなり大雑把なものが多かったのだ。


康太自身も体を動かし、体を使って魔術を発動するほうが得意であるためにほかの物体を使って魔術を発動するというのはなかなかコツを掴めず苦労しているのである。


だが方陣術を破壊できる程度の技術は身に着けているため、多少結果は出ているのだ。


もっともその破壊の仕方は危険極まりないものなのだが、本人もそれを教えた師匠も気にしていない。

それこそが一番の問題なのだろうが。


「こういうのって捨てるものならもらってもいいのかな?これとかちょっとほしいんだけど」


「何それ・・・?ただの本じゃない?魔導書でも何でもないやつでしょ?」


「そうそう、こういうのっていいのか?」


倉敷は本棚からただの本を取り出して文や幸彦に見せる。魔導書でも何でもないただの本。おそらくは死亡した魔術師の私物だったのだろう。


遺品ということで処分するのが普通だが、捨ててしまうのであればもらってもよいのではないかと思ってしまう。


文も幸彦も止めることはなかった。


「いいんじゃない?捨てちゃうならもらっても」


「よっしゃ、他にもいろいろもらっていくわ」


「あ、それじゃあ俺もいろいろもらってくわ」


康太と倉敷はその場にある使われないものと思われるただの物品を捜索し始める。


少々不謹慎のような気もするが、これも一種の役得だと文と幸彦は咎めることはなかった。

















翌日、康太と文は倉敷を伴って奏のもとを訪れていた。


初めて奏の会社にやってきた倉敷は康太や文が初めてやってきたときと同じように明らかに動揺しているようだった。


「すごいなおい・・・これ全部その人の会社なのか?」


「あぁ、とりあえずいつも通り仕事の手伝いからだな。受付済ませるからちょっと待っててくれ」


康太はいつも通り受付の人間に奏の呼び出しを受けたことを告げる。


もはや康太と文も顔見知りに等しいが、いつもの通りの手続きを終えてから康太たちはエレベーターに乗り込む。


奏の会社にくるのはそこまで久しぶりではないのだが、倉敷を伴っているということもあって少しだけ新鮮な感じがするのは気のせいではないだろう。


「ちなみにこの会社って何やってるんだ?っていうか何の会社なんだ?」


「なんの・・・なんのっていうか・・・いろいろやってる会社だな。芸能関係もやってるみたいだし、商社的なこともやってるっぽいし、あと都市開発もやってる」


「確か施工管理とかもやってるわね。なんかものすごく手広くやってるのよ・・・私たちは基本ここにしか来たことないけど、支社も結構あるみたいよ?」


書類などの手伝いをしている康太と文は、奏の会社がどのような業務を行っているのかをある程度把握している。


だが良くも悪くもある程度でしかない。何せ奏の会社は手広くいろいろやりすぎているために何をやっているのか完璧に把握しきれないのである。


奏がどのような業務で詰まっているのかなどはその時期にもよる。康太も文もまだ奏の手伝いを始めて一年程度しか経過していないために完全に把握しきれていないというのもある。


「奏さん、入りますよ?」


康太はノックをしてから奏の部屋となっている社長室の扉を開けると、部屋の中から濃いコーヒーのにおいが漂ってくる。


相変わらずあの人はコーヒーを飲み続けているのかと康太と文は眉をひそめながら社長室に入ると、いつものようにパソコンに向かって延々と仕事を続けている。


康太たちが入ってきたことに気付いたのか、奏は一瞬康太たちに視線を向けると小さくため息をついて目元を押さえる。


「来たか・・・すまんな、休みのところわざわざ来てもらって」


「気にしないでください。というかまた仕事増えたんですか?」


「いや、仕事は増えていない。むしろ減っているほうだ・・・なんだが・・・他の会社との兼ね合いがあってな・・・調整がうまくいっていなかったりしているだけの話だ・・・トップ同士でしか話ができんこともあるからな」


「手広くやってるが故の弊害ですね・・・とりあえずそのあたりの書類から片づけていきますよ?康太はコーヒーね」


いつものように動きだそうとする康太たちをしり目に、奏の視線は社長室に入ったところで棒立ちしてしまっている倉敷に向けられる。


康太と文とは違う、だがどこか似た空気を纏った倉敷を見て奏は目を細めてその全身を観察する。


「・・・康太、文、そこにいるのはいったい誰だ?友人か何かか?」


「あ、忘れてた。そいつは精霊術師の倉敷です。今チームを組んでるやつでして」


「・・・あぁ、幸彦と一緒に行動している・・・確かトゥトゥエル・バーツとかいう精霊術師だったか」


「初めまして。倉敷和久です。こいつらと一緒に行動してます」


「ふむ・・・なるほど、幸彦が言っていたようになかなか優秀な精霊術師のようだな」


術を発動するところを見たわけでもないのに奏は倉敷が優秀な魔術師であるということを見抜いているようだった。


倉敷もいきなり優秀などと言われたことで少し驚いているものの、優秀であるといわれて悪い気はしないのか、照れてしまっている。


「私は草野奏、康太の師匠である小百合の兄弟子だ。この会社の社長でもある」


「今日はせっかくなんでこいつのことを紹介しようと思いまして。優秀は優秀なんですけど、まだ微妙に魔術師との戦闘でまごつくことがあって」


「お前らみたいな戦闘狂と一緒にするな。こちとらあんまり戦闘向きじゃない水の術で頑張ってるんだから」


直接攻撃力もあまり高くなく、応用があまり利かない水の魔術において戦っている倉敷はかなり努力しているほうだろう。


応用の仕方によってはいくらでも戦えるのだが、わざわざ水の魔術を戦いに応用しているのは実は珍しいのだ。


「なるほど・・・紹介を兼ねて活を入れてほしいということか」


「まぁ早い話がそういうことです。師匠だとただ気絶させるだけで終わりそうなのでちょうどいいかと」


「え?なに?そういうつもりで連れてきたわけ?この人仕事中なんだろ?思い切り迷惑じゃ」


「構わん・・・ちょっとした運動をしたほうが仕事もはかどるというものだ・・・少々寝不足だから力加減を間違えるかもしれんが・・・」


「大丈夫ですよ。少なくとも身を守ることくらいはできるでしょ」


「ちょっと待て、何をするつもりだ?てか何をされるんだ?」


「平気平気、ちょっと戦ってみろって。いい経験になるから」


康太と文が着々と仕事を終わらせていく中、奏はゆっくりと立ち上がる。


魔力がみなぎっていき、威圧感が増しているのがわかる。倉敷は相手が戦闘態勢に入ったのだと悟ると、即座に警戒態勢に移行していた。


戦いをするような状況ではないにもかかわらず、奏の気配の変化によって即座に警戒態勢に移行した倉敷に、奏は先ほどの自分の評価が間違いではなかったと確信していた。


長く鍛錬を積み、なおかつ危険な実戦を何度も経験しなければこのような迅速な反応はできない。


「主に術式での攻略がメイン・・・ととらえていいか・・・近接戦は苦手か」


「・・・そうですけど・・・どうしてわかるんですか?」


「構えがなっちゃいない。近接戦に慣れていないのが見え見えだ。だがまぁ・・・そうだな、術式が主力だというのなら、こうしよう」


奏は足元から棒のようなものを取り出して見せる。持つ部分だけが作られた、所謂柄だけの謎の物体に、倉敷は疑問符を浮かべてしまっていた。


ただの棒。見方によっては何かの道具のように見えなくもないそれを奏が軽く振り回すと、次の瞬間その棒の先端から流動する炎が発現する。


炎の鞭と表現するのが適切だろうか。奏が振るう棒の動きに合わせて炎もまた躍動し宙を舞う。


一体あれをどのように使うのか、何に使うのか、倉敷は予想がついてしまっていた。


だからこそ警戒態勢から戦闘態勢へと移行し、即座に対応できるように準備を始める。


「さて・・・それではお手並み拝見」


奏が薄く笑って棒を振るうと、炎の鞭が倉敷めがけて勢い良く襲い掛かる。


横薙ぎに襲い掛かる炎の鞭に対して、倉敷は水の盾を作り出して奏の炎を消しながら防御して見せた。


鞭という形状から、単純な盾では防ぎきれないことも考慮しかなり広範囲に展開した水の盾、倉敷の危惧通り、鞭は倉敷に巻き付くような形で攻撃しようとするが、すべて倉敷の盾によって防がれていく。


普通の魔術師の射撃攻撃などよりずっと速い。康太の攻撃を見ていなければ、体験していなければ防ぐことはできなかっただろう。


ある程度距離があるおかげで反応できたが、これが近接戦で行われたら反応できる自信は倉敷にはなかった。


水の盾を蒸発させる代わりに炎は一気に消滅していき、鞭の長さが著しく減少するが、奏がひと振りすると即座に先ほどと同じ長さにまで戻ってしまう。


「反応は上々・・・なるほど、ではこれはどうだ?」


奏は先ほどまでの鞭のような軌道から一転、炎の鞭そのものに生きているかのように操って見せる。


炎の蛇のような挙動に、倉敷は周囲に水の球体をいくつも展開していく。視界を若干悪くしてしまうが、相手の威力を削るという意味でも、そして相手の軌道を少しでも直線的なものから変化させることで倉敷にたどり着くまでの時間を稼ごうとしているのだと奏は判断した。


最良とは言えなくとも、しっかりとものを考えるタイプだなと判断しながら、奏は炎の蛇を勢いよく倉敷のもとへと走らせる。


空中を蛇行し、水の球体をよけながら猛烈な勢いで接近する。水を避けるその動きを見て、倉敷は自らの手元から奏と同じような形で水の鞭を発現させる。


周囲の水の球体を飲み込みながら巨大化させると、自らに向けて接近する炎の蛇を飲み込み、消滅させて見せた。


水の球体によって炎の進行ルートを制限し、そのルートに水の鞭を進めることで対応する。相手の思考を読んだうえでの行動だろうと奏は小さくうなずいていた。


「ふむ・・・では次はこうだ」


奏は空中に巨大な炎の塊を作り出すと、その炎の形を変えていく。人の形のようにも見えるその炎は、宙に浮きながら倉敷に接近を試みていた。


未だ空中に漂っている水の球体をものともせず、腕で振り払うと簡単に蒸発させてしまう。それだけの熱量を持った炎であると判断し、倉敷はどうしたものかと迷っていた。


大量の水をぶつければあの炎を消すことはできるかもしれない。だがあれほどの熱量を持っている炎に対して大量の水をぶつければ一気に水が蒸発し、一種の水蒸気爆発を起こしかねない。


広い空間であるのなら、その方法で炎を消してもよいのだが、ここは奏の会社の社長室だ。そんなことをしては最悪警察沙汰になってしまう。


さすがにそんなことはできないなと眉をひそめながら倉敷は周囲一帯に濃度の濃い霧を生成していく。

濃霧はもはや霧というよりも小さな水の粒を大量に発生させているかのような状態だった。


大質量の水では危険ということで、徐々に熱量を下げる方向に移行することにしたのである。


さらに霧を奏の方向に向かわせることで同時に攻撃も行っていた。小さな水の粒は奏のもとに集まっていこうとする。近づいて水で囲み、窒息させようと考えたのだが奏はその行動に薄く笑みを浮かべて炎の人形を操り自らを守らせるように動かす。


軽く腕を振るうだけで霧は一気に晴れていく。出力に違いがありすぎるために、攻撃でも防御でも奏が優勢なのは目に見えていた。


だからこそ、倉敷は対応できる。


何せ倉敷の周りには出力では倉敷を上回る文や、近接戦を得意としている康太がいる。多少の状況では倉敷は対応することをあきらめない。


霧の中に水の球体をいくつも作り出すと、そこから水の鞭を一気に奏めがけて襲い掛からせる。

多角的に襲い掛かる水の鞭に、奏は炎の人形を操りそれらを防いでいく。


小規模な攻撃の連打。攻撃に移らせず徹底的に攻撃して炎の人形の熱量を減らしていく。倉敷の攻撃に対して奏は意図的に防戦一方の状況を作り出していた。


倉敷の攻撃は水を使っての窒息系攻撃、水圧カッターによる斬撃に近い攻撃などがあるが、直接的なダメージを与えられる手段が少ない。


そのため、水をとにかく周囲に展開させ常に相手に圧力をかけることが倉敷の戦闘スタイルといえる。


そのために水を大量に展開できない状況での室内戦は最も苦手とする部類でもある。


水を大量に展開してもよいのであれば、部屋ごと水に沈めてしまうのだが、今はそれができない。


これは一種の訓練だ。いわば今倉敷は奏に対応力を見られている。どれほどの実力を持っているのかを観察されているといってもいいだろう。


徹底的に水の攻撃を仕掛ける倉敷に対して、奏は未だ防御に徹していた。先ほどまでは攻撃に対する防御を観察し、今は防御に対する攻撃を観察しているようである。


倉敷からすれば、一番の目的はあの炎の人形の熱量を減らすことだ。奏への攻撃はあくまでプレッシャーとして与えているだけであってそこまで重要なものではない。


とはいえここまで守り一辺倒になっている状態でい続けるわけにもいかない。ここはひとつ別の手段をとるべきだろうと倉敷は考えていた。


大規模な水は使えない。だが大規模な水の魔術だけが倉敷の発動手段ではないのだ。

倉敷は周囲の霧を操って、奏のもとへと襲い掛からせる。


周囲のそれとは濃度の違うそれは、まるで亡霊のように奏めがけて突進していく。


だが攻撃として使っている水の鞭と違い、霧を操ったところでほとんどダメージなどありはしない。


炎の人形を使うまでもなく、軽く手で払うだけで簡単に霧散してしまう。だがそれこそ倉敷の目的だった。


奏の掌に付着した僅かな水分。その水分は周囲にある霧を吸い取って徐々に大きくなっていく。

ほんの少しの水分から、水滴へ、そして水の塊へと変化していく。


奏も倉敷の目的に気が付いたのだろう。笑みを浮かべながら自分を注視している倉敷を見て小さくうなずいていた。


「うむ・・・面白い使い方をする。状況に対して適切な術を使い分けることもできるか・・・なかなかどうして・・・」


奏は自分の手を覆い始めている水の塊を見て、その掌から炎を噴出させる。倉敷が作り出していた水の塊は一瞬で蒸発してしまう。


康太に教えた噴出の魔術。奏も同じように扱えるのだ。体についた水程度であれば簡単に蒸発させられる。


「では、少し趣向を変えるとしよう」


奏が指を鳴らすと同時に炎の人形は消滅し、奏の周囲に水の塊が顕現し始める。


「同系統の魔術師とぶつかった場合、どのように対応するかな?」


水の塊を操り、先ほどと同じような人形を作り出していく奏に、倉敷は眉をひそめて内心舌打ちしていた。


同系統の術を扱う場合、術者同士の力量によって大きく状況は変化する。


今回の水の術同士でも同様のことが言える。水を操る、水を発生させる、水の状態を細かく変化させるというのが水の術の本質だ。


つまり、突き詰めてしまえば相手が作り出した水でさえも操ることができるということでもある。


如何に周囲に存在する水分を自らの制御下におくか、それこそが水の術者に求められるものである。


術者の力量は、素質に左右される単純な出力、そして水を操る技術力、周囲の水分を知覚する把握力などが該当する。


単純な水の操作や水に対する知覚であれば、並の魔術師は倉敷にはかなわない。どんなに出力が高くとも、精密な操作や技術面で倉敷が圧倒的に勝っているためにある程度は勢力圏を得ることができる。


だが今相手にしているのは奏だ。小百合の兄弟子の奏。康太をして全く敵わないといわしめるほどの相手。


そんな魔術師に対して同じ水の術で勢力争いをしなければいけないというのは倉敷にとっては大きな課題だった。


「その顔を見ると、水を相手にするのはあまり経験はないようだな」


「・・・えぇ・・・氷とか炎とか、そういうのは相手にしてきましたけど・・・純粋な水相手っていうのは久しぶりです」


「・・・そのあたりにいるような相手であれば、間違いなく優勢を取れるだろう状況にもかかわらず、なぜそのように難しい顔をする?」


「・・・あんたがそのあたりにいるような相手じゃないからですよ・・・あんだけいろいろできる癖に・・・化け物かよ・・・!」


倉敷はすでに周囲の水を操ろうと術を発動しているにもかかわらず、水を思うように操ることができなくなってしまっていた。


単純な出力では奏の方が上なのはすでに理解していた。あとは技術で何とかしなければいけないのだが、奏自身の水の扱いもかなりの技量を有している。倉敷は水を操ることそのものに苦戦してしまうほどだ。


炎を扱え、おそらくはほかの術式もいくつも覚えていて、なおかつ近接戦も康太以上の実力を誇り、さらに今こうして水属性の術式で倉敷に拮抗している。


これほどまでの実力を持っている人間がなぜ魔術師としての活動をしていないのかと、倉敷は疑問だった。


「さぁ、お前はここからどうする?見せてくれ」


奏の楽しそうな声が部屋の中に響く中、倉敷はどうしたものかと悩んでしまっていた。








「ねぇ、どっちが勝つと思う?」


奏と倉敷が戦っている中、書類仕事を続けている文は康太に小声で話しかけていた。


目の前で行われている奏と倉敷の訓練と称した戦いを見て興味を持つなというのが無理というものである。


「あ?そりゃ奏さんなんじゃないのか?」


「いや総合的に見ればそうなんだけどさ、水対水になった場合、どっちが勝つと思う?」


ほとんどの術式、そして技術において万能というにふさわしい奏と、水属性の術に特化した倉敷。


普通ならば万能型というのは悪く言えば器用貧乏ともとれる程度の練度しか持ち合わせていないことがほとんどだが、奏は器用貧乏などで終わるような器ではない。さらに言えば彼女は才能に負けないだけの努力を行っている。


だが倉敷は今まで、精霊術師になってからのすべての時間を水属性の術の訓練に費やしてきた。


いくら奏が万能型で高い才能を有しているといっても、倉敷に勝てるかと言われると疑問が残る。


だからこそ文は康太の意見を聞きたかったのだ。実際に倉敷と戦ったことのある康太なら、文よりも的確な意見が出せると判断したのである。


「ん・・・倉敷に軍配が上がるんじゃないのか?やっぱ専門家だし。多少の出力差は技術力でひっくり返すだろ」


「へぇ・・・意外ね、あんたのことだから奏さんが勝つっていうかと思ってた」


「正直にいえば奏さんが勝つ確率の方が高いとは思うぞ?ていうか十中八九奏さんが勝つと思う」


「・・・じゃあなんで倉敷が勝つって思ったの?」


「勘」


まるで小百合のような意見だなと思いながらも、この感性がバカにできないということを文は理解していた。


実際にぶつかり合った者同士でないとわからない、独特の空気というものがある。ましてや康太は倉敷とも奏とも戦ったことのある数少ない人物だ。奏との戦闘は訓練の延長戦だが、それでも互いの雰囲気を学習する程度はできている。


「勘・・・ねぇ・・・私は普通に奏さんが勝つと思うけどなぁ・・・」


「俺もそう思うよ。理屈では奏さんが勝つだろうって考えてる。でもなんでかな、水属性の扱いに関しては倉敷が負けるっていう気がしないんだよ」


「・・・あんたがそんなにあいつを高く評価してるとは思わなかったわ。想像以上に高評価ね」


「水属性に関してだけなんだけどな。奏さんがあいつと同じ土俵に立っているっていうなら勝ち目はある。問題はその後だけどな」


奏の手札は何も水属性だけではない。先ほどまでは炎の魔術を連発することで倉敷の対応力を見ていた。

だが今度は同じ属性の魔術を使うことで倉敷の水属性への適性を確認している。


一つ一つの行動や攻撃が、倉敷の何を見たいのかがはっきりしている。さすがは弟子を何人も育て上げた奏である。相手の能力を知るような行動に関しては一家言持ちということでもあるらしい。


「水属性なら互角か倉敷に有利、他の属性を使いだしたら?」


「間違いなく奏さんが勝つ。そもそも勝負にならない。あの人は今戦ってるんじゃなくて訓練してるんだよ。別に倉敷を倒そうとしてるわけじゃない」


倉敷を倒そうとしているのであれば水の動きが鈍っているこの瞬間に蹴りでも槍でも叩き込めばいいだけの話だ。


属性の手数が多い奏ならば取れる手段はいくらでもある。それをしないのは奏が倉敷と戦うことで何かを見たいからだ。


何が見たいのかは康太にもわからない。ただ対峙しているだけでは見ることができないものを見たいのは間違いないだろう。


あとは倉敷が奏の期待にどれだけ応えることができるか、そこだけである。


「文はどうだ?同じ雷属性の魔術を使ったら奏さんに勝てるか?」


「・・・負けたくはないわね。雷属性は私が一番得意な魔術だし・・・何よりこれで負けたら奏さんに勝てるところがなくなるわ」


文は才能も素質もかなり高レベルのものを有している。だが今なお奏にかなわないことは多い。

訓練を積んでも、実戦を重ねても奏のいる高みにはまだ届かないのだ。


仕方がないと言えばそこまでだが、文としては負けたくないのである。負けず嫌いとかそういうことではなく、雷属性に関しては負けたくないという確固たる意志があるのだ。


「あんたはどうなのよ、奏さんにはこれでは負けたくないっていうのはあるの?」


「ないな。どんなことを使ってもどんなものを利用しても、相手にどんな物事で負けてても最終的に勝てばそれでいい」


「・・・あんたらしいわ」


康太にとって特定の分野で負けていることは別段気にすることではない。そもそも康太は自分が欠点だらけであることを理解している。


武器を使えば奏に負け、徒手空拳では幸彦に負け、総合的な戦闘では小百合に負け、魔術の扱いでは文に負け、ありとあらゆる面で誰かに劣る。


そんな康太が負けたくないものなど決まっている。戦って負けたくない。どんな汚い手段を使ってでも、どんな戦術を使おうとも、負けるよりはずっとましなのだ。


これは小百合に教わったことでもある。何回負けようとも、何で劣ろうとも、最後に勝てば官軍なのだと。


誤字報告を20件分受けたので五回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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