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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
五話「修業と連休のさなかに」
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旅行を前に

ゴールデンウィークまで後数日。連休までほぼ秒読み段階に入ったことで康太たち学生は皆そわそわと落着きない様子で日々を過ごしていた。


授業中も部活中もそれは同じ。皆一様に休むことができるという事を楽しみにしているようだった。


一部の生徒に関していえば休み全て部活に費やすようなものもいるだろうが、康太にとっては楽しみな連休であり、同時に不安な連休でもある。


「連休の間、私とビーはこの街から離れます。なのでもし面倒が起きた場合はそちらで対処していただけるとありがたく思います」


康太と文はそんな日常が続く中の夜に学校の一角で魔術師同盟の人間達に報告を行っていた。


内容はゴールデンウィークの活動である。


夜の学校の一角、魔術師の外套と仮面をつけた三鳥高校の魔術師たちが一堂に会する中で、文は堂々と全員に今回の旅行のことを告げていた。


康太と文は小百合の商談に付き合うのと同時に羽休めの旅行へと出かけるが他の魔術師はそうではない。


部活に精を出すものもいればただ自堕落に過ごすものもいる。だがそのほとんどがこの近辺で過ごすことになるだろう。


もし魔術師による小競り合いが起こった場合、この場にいる当人たちが何とかする以外にないのである。


前回は康太たちしか対応できなかったためにそれを強要されたが、今回はその逆だ。この街及びこの学校近辺での問題を先輩魔術師である彼らが何とかする義務があるのである。


「師匠同伴での小旅行か・・・なかなかに優雅な日程になりそうだね、うらやましい限りだ」


「うらやましいなら同伴しますか?こちらとしては構いませんよ?師匠もきっと喜ぶでしょう」


康太の言葉にその場の全員の顔が引きつるのがわかる。もちろん仮面越しであるために実際にはその表情を見ることはできないがまず間違いなくその顔はよい表情をしていないことだろう。


「せっかくのお誘いだが遠慮しておくよ。こちらとしても予定があってね」


その予定がどのようなものかは不明だが、少なくとも嬉々として小百合と行動を共にしたいと思うような魔術師はこの場にはいないだろう。


面倒事の中心人物であるデブリス・クラリス。そんな人物と誰が好き好んで旅行などしたがるだろうか。


康太だって文だって、可能ならこの連休はのんびりと過ごしたかった。だがこういうことになってしまった以上拒否権はないのだ。


「何よりそちらのメンバーの中で君が行くという事の方が妙ではないのかな?ライリーベル。聞けばデブリス・クラリスだけではなくジョア・T・アモンも共に行くという事らしいが」


「えぇ、私とビーが協力体制をとっているという事もあってクラリスとジョアが気を回してくれたのです。本来部外者の私を連れて行ってくれるのですからありがたい限りですよ」


文の淡々とした回答に周囲の魔術師は少しだけ居心地が悪そうにしながら文の方を眺めている。


可能なら康太だけを旅行に行かせてその間に文との仲を縮めたいと考えているのだろう。厄介な面倒事であるデブリス・クラリスの弟子抜きでの会話ができるとしたらそのときくらいしかない。


だが今回の旅行の裏に両者の師匠同士の密約があったことを彼らは知らない。実際には小百合に対してエアリスが借りを返したいというだけの事情なのだがそんなことは当人以外にははっきり言ってどうでもよいことなのである。


どうせリフレッシュさせるのであれば弟子全員で、単純かつ明快な理屈だがそれらを深読みしすぎる人間にとっては逆にその単純な理由にたどり着くことができないのである。


「こちらのメンバーの予定は大まかではあるが揃ったな。ではライリーベル並びにブライトビーを除く全員でこの近辺の守護に当たることになる・・・スケジュール変更などがあった場合は適宜報告するように」


三年の魔術師はその場にいた全員に視線を向ける。その視線を向けられた魔術師たちは小さくうなずき返し了承の意を表していた。


その中で康太と文は三年生の、この中でトップに位置している魔術師の視線が以前のそれと若干異なっていることに気付ける。


「・・・やっぱなんかあったのかしらね・・・微妙に目線が違う気がするわ」


「やっぱそうか・・・なんか意味ありげな視線だったからな」


康太と文は小声で話しながら自分以外の魔術師たちの動向に気を配っていた。


自分達が学校の旅行に行っている間に何かしらの動きがあると文は読んでいた。そしてその予感は恐らく的中している。


小競り合いかそれとも単なる派閥争いか、どちらにせよ康太たちの知らない間に何かしらの変化があったのは間違いないだろう。


それが康太たちにとって良いことなのかどうかはさておいて、少なくとも敵対行動を取ろうという動きではないと信じたい。


ただでさえ面倒に巻き込まれかねないような立場にいるのだ、学校の内外までも面倒を抱え込むのは御免こうむる。


「一度調べたほうがいいかもしれないわね・・・ちょっと嫌な予感がしてきたわ」


「やめろよそう言う事言うの。変なフラグになりそうだ」


「・・・私この旅行が終わったら言いたいことがあるの」


「おいマジでやめろっての、死ぬ未来しか見えなくなる」


康太と文は冗談を交えつつ、だがしかし冗談とは言えない僅かな変調に気を配りながらゴールデンウィークまでの数日を過ごすことになる。











ゴールデンウィーク、それは日本特有の連休である。日本人にとっては数限られた大型の連休であり、五連休、うまく調整すれば六連休から七連休にもなりえる年度が始まってから初めて迎える大型連休である。


当然その時期になると旅行に行ったり実家に帰省するようなものも多く、各交通機関は一気にその利用者を増すことになる。


日々仕事や学業に身を費やしている人々が休むことができる、かもしれない連休なのである。


業種によっては休むどころか最も忙しくなる時になるかもしれないが、学生である康太たちにとってはそのあたりは関係のない話だ。


学校によってはゴールデンウィーク中にも授業を行うところもあるらしいが、康太たちの学校はそう言った授業体制はとっておらず、五連休を満喫することができる。


康太たちの場合満喫するのが平穏な休日とは限らないわけだが。


「よし・・・これで荷物は全部だな」


「結構ありますね・・・これ全部持ってくのか・・・」


康太はゴールデンウィークが始まる前日、小百合の店にやってきていた。


学校が終わり友人たちと軽く遊んだあとでゴールデンウィークの予定の一つである商談に必要な商品をまとめているのである。


持っていくのは方陣術に必要な紙を数点と薬品を数点。後者はすでに購入が決まっているらしいので持っていく量は決まっているのだが、前者はどの紙にするのかをまだ決めていないために幾つかの種類全てを相当数持っていかなければいけないのだ。


はっきり言ってこの紙だけで大型のキャリーバッグが一つ埋まるくらいの勢いである。こんなに買ってどうするんだかと思えてならないが魔術師として必要な道具であるのなら仕方のないことだろうとも思ってしまう。


むしろ康太からするとこの複数の種類の紙に違いがあるようには思えなかったのだ。方陣術を扱えない身としてはこういったものの違いが分からないというのが少々辛いところである。


「これむしろ近くのコンビニとかに郵送しちゃったほうが早いんじゃないですか?これだけの量だと結構大変ですよ?」


「まぁそれはそうだが、一応高価なものなんでな。自分の手で持っていかなければ不安になるだろう?」


「そりゃそうですけど・・・」


運ぶのはどうせ俺の仕事になるでしょうと言いたいところだったが、康太だって小百合の気持ちがわからないわけではないのだ。高価なものを郵送してもし万が一事故やら不手際やらがあった場合その損失はかなり大きくなる。


しかも魔術的な価値を持っていると言っても一般的な視点から見ればただの紙切れだ。損害賠償などさせようものなら逆に詐欺で訴えられそうなものである。


そうなると一番確実なのは自分の手で運ぶことだ。その方が安全だしもし何かあった時に諦めがつく。


「そう言えば明日は何で行くんですか?新幹線ですか?それとも車ですか?」


「私が車を出す。だから明日は駅前に集合しろ。ライリーベルにもその旨はもう伝えてある」


今回康太たちが向かうのは静岡県だ。静岡のどのあたりと聞かれても答えられないためにどのくらい時間がかかるのかはわからないが車で三時間くらいもすれば十分到着できる場所だろう。


小百合が車を持っているという事が驚きだったが今はそのことは置いておくことにする。


「ていうか、わざわざ静岡まで行く必要あるんですか?商談だったら協会支部に行けば済むんじゃ・・・相手も魔術師なんですよね?」


「それはそうなんだがな・・・正直私は可能な限り協会に顔を出したくないんだ・・・理由はある程度察しろ」


「・・・あー・・・なるほど・・・理解しました」


小百合は魔術協会から酷く疎まれている。いや正確には煙たがられていると言ったほうがいいだろう。


協会に名を連ねている魔術師の中で小百合の敵が一体どれくらいいるか考えたくもないが、実際のところ小百合に対して敵意を持っている人間は数多く存在することはまず間違いない。


そんな人間が大勢いるところで高級な商品の取引などしようものなら何が起こるかわかったものではないのである。


ちょっとした妨害程度なら普段の彼女の気が済むまで叩きのめすだけで済むのだが、今回は金銭などもかかわってくるために彼女の気分一つで済む問題ではない。


気分だけで金がもらえるようなことがないように、実際に商品に傷をつけられようものならいろいろ面倒なことになってしまう。


だからこそ小百合は今回商売先を協会には関係のない場所に指定したのだろう。


「静岡には協会のゲートは無いんですか?あれば車なんて使わなくても」


「あれを使って別の場所に移動しようとなると支部の中を経由しなきゃならん。それにこれだけの荷物を持って移動となるとそれなりに目立つ。車で行ける距離なんだ、旅行気分で行っても損はないだろう?」


時間は無駄になるかもしれんがなと付け足しながら小百合は小さくため息をつく。


本当なら彼女としても協会に張り巡らされているゲートを使って現地に移動したいところだろう。その方が時間も短縮できるし何より交通費も浮く。だがそれをすることによって生じるリスクよりも、自分たちの持つ移動手段で移動することによって得られるメリットの方が大きいと判断したのだ。


小百合のいうようにせっかくのゴールデンウィークだ。旅行気分を満喫するのも悪くはないだろう。


「というより、お前は大丈夫なのか?今回泊まりになるが両親にはしっかり報告しておいたんだろうな?」


「え?あぁはい、一応泊まりで遊びに行ってくるとは言ってあります。姉さんに協力してもらって説き伏せましたから」


協力というのは当然暗示の事である。康太も今暗示の魔術の練習中なのだがこの魔術の練習は基本的に対人でしか行えないために地味に面倒なのだ。


両親たちを被検体にしてちょっとした事柄を頼んだり説得したりするときに暗示の魔術を練習するのだが、その成功率は三割にも満たない。これでは到底実際に使うわけにはいかないのだ。


その為事前に兄弟子である真理に事情を話して両親を納得させたのである。


正確に言えば強制的に納得させたというほかない。こういう時に魔術があると本当に便利だなと思ってしまう。


「あまり暗示を乱用するなよ?あとせめて自分で暗示くらいかけられるようになれ」


「・・・ちなみに師匠って暗示かけられるんですか?」


「・・・私の場合暗示をかけるより相手の意識を奪ったほうが早い」


どうやら暗示の魔術も小百合は使えないようだ。いや意図的に使わないのかもしれない。


小百合の事だ、説得したり事情を説明したりするよりも相手を物理的に黙らせた方が早いと考えているのだろう。


実際その方が早いだろうし安全だ。なにせ小百合はそれをできるだけの実力があるのだから。


さすがの康太も一応魔術を使う前にきちんと説明しようと努力はしたのだ。小百合たちのことをどう説明したらいいのかわからなかったために友人たちと泊りで遊びに行ってくると説明したのだが、学生だけで遊びに行くというのはさすがにゴーサインは出なかった。


保護者同伴という事も説明したがそれなら挨拶しなければという母の意見に対し、小百合を会わせるわけにもいかずこれ以上は面倒だなという事で真理に暗示を頼んだのである。


外的な要因がない限り暗示は解けない。少なくとも康太が家にいないことを指摘する人間がいなければ問題ないはずだ。


康太の姉は年末年始くらいにしか帰ってこないためにまず問題はないだろう。


文のように両親が魔術師であればこういった手続きのような事前処理は必要ないのだがと康太は小さくため息をつく。


もっとも両親が魔術師だったらそれはそれで面倒なことになっていただろうからこのままの方がまだましなのだが、いちいち真理に暗示をかけてもらうというのも忍びない。


そろそろ自分で暗示をかけられるようにならなければならないなと思いながら康太は商品の一覧を眺めながら項目表にチェックを付けていた。


「師匠の車って普通の軽自動車ですか?それともワゴンとか?」


「軽自動車だ、まぁそんなに大きな車でもないがな。一応四人は乗れるから安心しろ。お前も免許が取れる歳になったら取るといい。あぁいうのは便利だぞ」


康太はまだ十五歳だ。一応七月の頭に誕生日を迎え十六になればバイクの免許はとることができる。


この夏休みに取るのもいいかなと考えているのだが、実際問題金がかかる。教習所に行くのだって十万ほどかかってしまうだろう。それだけの金を捻出するだけの資金は今のところないに等しいのだ。


「そりゃ・・・取りたいですけど・・・無い袖は振れないと申しますか・・・先立つものがないと言いますか・・・」


「ん・・・あぁそうか、お前には言っていなかったな。一応この前のお前の働きを協会が評価してある程度報奨金が出たぞ」


報奨金、その言葉に康太は目を見開いた。


そもそも魔術協会が金を捻出できるような組織であるとは思えなかったのだ。棚から牡丹餅というわけではないが、思わぬところから金銭面での後押しが来たことで康太は僅かに笑みを浮かべていた。


「え?ひょっとして事件とか解決するとお金がもらえたりするんですか?」


「まぁな。評価を高めるようなことをした場合、一時金という形で魔術師に金が支払われる。対象が未成年の場合は師を通して支払われるがな。お前の口座も一応作ってあるんだぞ」


そう言って小百合は近くの戸棚から一つの通帳を取り出す。そこには康太の名前で銀行の口座が作られていた。


そしてそこには数万の金が振り込まれている。これが小百合が入れたものなのか、それとも協会からの報奨金なのかはさておき学生身分である康太からすれば数万というのはかなりの大金だった。


「お・・・おぉぉぉぉぉぉ!マジでか!これは嬉しいなぁ!」


「まぁ前回の事件はライリーベルと合同で解決したものだから当然分割されているがな。面倒事に巻き込まれるとこういう利点もある」


もちろんそれなりの規模の事件でないと報奨金は出ないがなと付け足しながら笑っているが、康太はそんな小百合の言葉を聞いているのかいないのか、通帳の中に刻まれている金額とにらめっこしている。


実際これだけの金があれば何ができるだろうかとか何をしようかとか考えている真っ最中なのだ。


学生に数万の金を渡したら当然遊ぶことしか考えないだろう。計画的に貯金をするなどという事をする学生はほんのわずかである。


新しいゲームを買おうか漫画を大人買いしようか本気で迷っている中小百合は康太の頭を軽く叩く。


「とりあえずこれはお前の金ではあるが、魔術師としての資金にしておけ。無駄遣いはさせないからそのつもりでいろ」


「えー・・・でもこれだけあったらちょっとくらい・・・」


「そうやってずるずる使っていつの間にかなくなっているんだ。こういうのは無いものと思ったほうがいいんだ」


教えるんじゃなかったかなと小百合は若干後悔していたが、このままいけば夏までにはかなりの額になっているだろうという予想を立てていた。夏休みに免許を取らせるべく面倒事に可能な限り付き合わせてやろうと小百合は悪い笑みを浮かべていた。


誤字報告十件分受けたので三回分投稿


久しぶりに強化のミスをした気がします


これからもお楽しみいただければ幸いです

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