その釜の効果
「あぁ説明の途中だったな・・・その釜は中に入ったものの魔術師として必要な器官の活動を活発にさせる。さっき言った供給口、貯蔵庫、放出口の三つをフル稼働の状態に近づけるんだ」
「えっと・・・要するに・・・マナ?を吸収して魔力に変えて・・・その魔力を放出・・・それを延々と繰り返してる感じ・・・ですか?」
そう言う事だとあっけらかんと言っているが、康太からすれば冗談ではないほどの痛みを覚えていた。
部活動をやっていた関係から筋肉痛などはよくなっていたが、この痛みはそれとはまったく別種のものだ。
痛みに加え全身に襲い掛かる痺れも徐々にひどくなっていく。正座し続けた状態で足に生じる痺れが全身に回ったらこんな感じになるのだろうか。
しびれが全身に駆け巡り、その痺れが神経を刺激して痛みを呼び起こしているかのような感覚だった。
外側からではない、体の内側から生じる痛みに康太は顔をしかめてしまっていた。
「お前は今まで魔術師が使うためのその三つの機能を使ってこなかった。それをいきなりフル稼働させれば当然無理がかかる。運動してこなかった奴がいきなり激しい運動をすれば筋肉痛になるのと同じだな」
「・・・ってこれ筋肉痛って・・・レベルじゃないです・・・よ・・・!」
皮膚でも筋肉でもない、もっと別の何かが悲鳴を上げているような感覚に康太は釜の中で悶えてしまっていた。
体を丸めても伸ばしてもどこからでも襲い掛かる痛みに耐えようと必死に歯を食いしばるがそれもあまり効果があるとは言えなかった。
だがここで痛みを覚えながらあることを思い出す。この釜はそもそも魔術師に必要な三つの才能があるかどうかを手っ取り早く確認するのに使うと言っていた。
だが先ほどの小百合の説明だと無理矢理にその三つの機能を最大限に高めるものだと言っていた。もし三つの機能のどれかが欠けていたらどうなるのだろうか。
「あ・・・あの・・・もし俺にその三つの素質がなかったら・・・どうなるんですか?」
「ん?そりゃ最悪死ぬだろうな。」
あっけらかんと言い放つその言葉に康太はぞっとした。この人は自分が死ぬことを想定したうえでこの釜に入れたのだという事だ。
仮にも弟子になろうという人間にやらせることではない。
「な・・・なんつー事させるん・・・ですか・・・!俺死にたく・・・ないですよ!」
何とか釜からでようとするのだが全身に走る痛みと痺れがそれを許してくれない。力を籠めようとするとさらに痛みと痺れが強くなり、釜から出るどころか湯から体を持ち上げる事すら困難になってしまっていた。
「安心しろ、死ぬ可能性があるのは供給口と放出口のどちらかが欠けている場合だ・・・少なくともお前にその症状は見られない・・・お前の症状は現時点では魔術師の素質がある奴のそれだ」
薄く微笑みながら運がよかったなと告げながら小百合は釜から徐々に距離を置いて近くにおいてある道具を片付け始める。
魔術師としての素質がある、そんなことを言われても今のこの状況から抜け出すことは自分ではできなくなってしまっているのだ。このまま放置されるのは少々辛い。
そして小百合が片づけを始めているのを確認すると同時に、康太は僅かに視界がぶれるのを感じていた。
そして急に体を浮遊感が襲う。めまい、貧血にも似た症状だ。
「あ・・・あの・・・ししょ・・・なんか・・・めまい・・・」
「ん・・・あぁなるほど、お前はそっちのタイプだったか・・・わかった、今出してやる・・・案外時間がかかったな。」
小百合は釜に駆け寄ると康太の体を掴んで一気に引きずり出す。近くに持ってきていた診察台のようなものの上に寝かされ、その上から大きめのタオルをかぶせられた。
釜の中から出されたというのに痺れと痛み、そしてめまいは止まらない。もしかしたら自分はこのまま死ぬんじゃないかと思えるほどだった。
「安心しろ、死にはしない。ただちょっと体の中が空っぽに近くなっているだけだ。これを飲め、少しは楽になる」
小百合が取り出した何かの瓶を見て康太は手を伸ばそうとするのだが体が自由に動かなかった。腕を動かそうとしているのにどうしてか動いてくれない。
これは何か重大な疾患でも抱えてしまったのではないかと思える状況だが、そんな康太を見かねて小百合は康太の口に瓶を突っ込んだ。
口の中に強制的に流れ込んでくる青臭い液体を康太は我慢して飲み込む。相変わらず痺れと痛みが残っているが、徐々にではあるがめまいが無くなりつつあった。
意識がはっきりしてきて視界も徐々にではあるが回復しつつある。
「あの・・・これ・・・どういう状態・・・なんですか?」
「ん・・・どうやらお前は供給口が貯蔵庫と放出口に比べ小さいらしい。マナの摂取が魔力の放出に追いつかなくて、自前の生命力を無理やり魔力に変換していた状態だったんだ。まぁ放置したら死ぬ状態だったという事だな」
全く運のいい奴だと言いながら小百合は笑っている。
軽く死にかけた自分としては全く冗談でも笑いごとでもないのだが、とりあえず生きている。そう言う意味では彼女の言う通り確かに運がいいのかもわからない。
「よし、とりあえずお前の大まかなタイプはわかった。この後精密検査をするぞ。さっさと服を着ろ」
「・・・んな・・・無茶な・・・!」
めまいがましになったとはいえまだ痺れと痛みは依然として続いているのだ。こんな状態でもさらに次があるだなんて康太は別の意味でめまいを起こしそうだった。
結局その後も延々と検査が続けられることになる。解放されたのは一時間ほど後の事だった。