揺るがぬ血脈
二人の魔術師が同時に近づこうとしているこの状況に、魔術師はさすがに焦りを覚えたのか自らの周りに炎の球体を作り出していく。
康太は似たものを以前にも見たことがあった。触れると爆発する設置型の火炎魔術。以前のそれは威力も低かったが、球体の大きさから直撃すれば当然ただでは済まないだろう。
幸彦はそれを見ても止まるつもりはないようだった。
その必要がないということを理解しているからだと康太はわかっていた。即座に装備の一つを解放し、魔術師の周囲に展開している火炎の球体めがけ炸裂鉄球を放っていく。
降り注ぐ鉄球の雨にさらされ、鉄球に触れた瞬間に火炎でできた球体は爆発していってしまう。魔術師の用意した火炎の球体のほとんどが爆発した瞬間、康太は魔術師を中心に旋風の魔術を発動する。
竜巻ほどの規模にはならなくとも、わずかに炎の渦を作り出し、魔術師の動きを制限することに成功する。
これが拘束であると同時に目くらましであるということを魔術師は即座に見抜くと、自らの体を中心に氷の壁を作り出していく。
炎の熱によって徐々に融けていくが、それでも炎の威力を弱めるには十分すぎた。
次の瞬間、強烈な冷気が周囲にまき散らされ炎のほとんどがかき消されてしまった。
幸彦が接近してきていることに気付いた魔術師は即座に炎の弾丸を風に乗せて放つが、急降下してきた康太とウィルがその炎を打ち落としていく。
炎の魔術では相性が悪いと判断した魔術師は仕方なく妨害できそうにない氷の杭を大量に地面から生やすことで幸彦の体を貫こうとするが、すでに幸彦は攻撃態勢に入っていた。
地面を勢いよく殴ると同時に幸彦を中心とした地面が大きく揺れ、亀裂が入り、勢いよく隆起、あるいは陥没していく。
空中にいる康太はその攻撃の影響を受けなかったが、地面にいる魔術師はその影響をまともに受けていた。
接近を許し、幸彦の攻撃魔術の効果範囲に入ったのが運の尽き。大きく揺れながら隆起、陥没する地面に魔術師は完全に体勢を崩してしまう。
土属性の魔術であるということは即座に理解し、相手の射程内にいることは危険だと判断し距離を取ろうとするが康太がそれを許さない。
火の弾丸の魔術や再現の魔術を使って相手が逃げようと足を運ぼうとした瞬間に牽制射撃を行う。
康太自身も魔術師めがけて斬りかかるが、康太を近づけまいと魔術師は必死に炎と風を使って強引に距離を作り続けた。
そしてそうやって康太に攻撃を仕掛けていると、今度は幸彦の方から岩の塊が飛んでくる。とっさに氷の壁を作り防御したが、岩は連続して飛んできていた。岩の飛んでくる方向に視線を向けると、隆起した地面を殴ることで土を硬化させると同時に打ち出しているようだった。
なんて荒っぽい攻撃方法だと魔術師は辟易するが、氷の壁の維持に集中すると空中から康太の攻撃が飛んでくる。
康太の動向に集中すれば幸彦が、幸彦の動向に集中すれば康太が、それぞれ攻撃し牽制してくる。
康太は威力こそ小さいが手数の多い射撃攻撃に素早い近接攻撃、幸彦は大規模な範囲攻撃に一撃の重い射撃攻撃。
タイプが違う魔術師であるということは理解していたが、二人が同時にそろうとここまで厄介なのかと魔術師は驚愕していた。
何より驚いたのは二人の息が恐ろしいまでにあっていることだ。あらかじめ打ち合わせをしているのではないかと思われるほど絶妙なタイミングで両者が攻撃してくる。
互いが互いの攻撃を助長しているかのようなタイミングで放たれる攻撃に、魔術師は徐々にではあるが追い詰められていた。
魔力には余裕があるが、大規模かつ高威力の魔術を連発できるほどの処理を維持できないのである。
幸彦一人ならばそれで決着できたかもしれないが、今は康太がいる。高い機動力を有している康太ならば、大規模かつ高威力の魔術を放ってもそれを回避して反撃してくる可能性が大いにあった。
逆に康太を狙った攻撃をしても幸彦がその隙をついて攻撃してくるかもしれない。
隙の大きな大規模攻撃は可能な限り避けたいところではあったが、このままではじり貧なのは目に見えていた。
覚悟を決めるしかないと判断した魔術師は、比較的機動力の低い幸彦に狙いを定めた。
先に康太めがけて強力な風を作り出しその体を吹き飛ばす。
空中にいるのがあだとなり、康太はその風によって体勢を崩され、若干ではあるが距離を作られてしまっていた。
そして康太が対応できないと判断するや否や、魔術師は幸彦の方にその手を向ける。
その手から放たれようとしている小さな炎の塊、だが幸彦は相手の魔力が一気に減ったことから、その魔術の威力が高いことを察していた。
相手は勝負に出たのだと理解し、姿勢を低くして迎撃態勢をとる。
もはや遅いと魔術師はその炎を放った。
広範囲に広がる爆発魔術。機動力の低い幸彦では避けきることは不可能。
仮に土で防御してもその土ごと吹き飛ばしてしまえばいいだけのことだと魔術師は勝利を確信した。
攻撃が迫る中、幸彦は自らの後ろの方に腕を向けた。そして次の瞬間、その掌から勢いよく炎が噴出する。
そう、康太も使うことのできる噴出の魔術である。
康太は奏からこの魔術を教わった。そして幸彦は奏の兄弟弟子だ。奏が使える魔術のほとんどは、幸彦も当然のように使えるのだ。
康太とともに攻勢に出ておきながら地面を走り、なおかつ康太よりも遅く動いていたことで相手は幸彦が機動力のない魔術師だと誤認しただろう。だがそんなはずがないのだ。
近接戦を得意とする魔術師が相手に近づくための機動力を磨かないということなどあり得ないのだ。ましてや幸彦は小百合の兄弟子である。相手に近づく方法は嫌というほど覚えているのだ。
幸彦が急加速し、爆発の効果範囲から一気に逃れていく中、まるで幸彦の加速を支援するかのように巨大な爆発が起こる。
噴出の魔術に加え、爆風による追い風を受けて幸彦はさらに加速しながら魔術師めがけて急接近する。
幸彦がこれほどの機動力を持っているとは思わなかったのだろう。魔術師はかなり動揺しているようだった。
だが何の準備もしていなかったというわけではないようだった。突き出していた片手とは逆の腕、その掌の中には先ほどのものと同じ火炎の球体が作り出されていた。
一撃でダメならばもう一発。そう考えてすでに準備していたのだ。
これだけの範囲の爆発を至近距離で発動させれば自分自身も無事では済まないかもしれないが、幸彦の接近を許したほうが危険であると判断したらしい。
眼前にまで迫る勢いの幸彦に向けて腕を向け、放とうと意識を集中した。
瞬間、地面に一直線の溝が作り出されていた。
一瞬何が起きたのかわからず、一秒にも満たない間放心してしまう。次の瞬間、魔術師は突き出していた自分の腕が宙を舞っていることに気付いた。
斬り落とされた。そう理解したのはその腕から血があふれ出し痛みを認識したころである。
斬り落としたのは幸彦ではない。先ほど吹き飛ばされた康太だった。
風の猛威によって体勢を崩し、なおかつ遠くまで運ばれた康太だったが幸彦との攻防の間にすでに立て直し、攻撃態勢に入っていたのである。
文との訓練で竜巻に飲まれることが多いため、風によって体勢を崩されることなどもはや慣れ親しんだ現象なのである。
その程度で稼げる時間などたかが知れている。数秒も経たずに態勢を整え、幸彦を攻撃しようとしていたその腕を、拡大動作の魔術によって槍の斬撃を拡大し斬り落としていた。
腕の中に作り出されていた爆炎の球は集中を乱してしまったせいで霧散していく。
攻撃手段を失った魔術師は苦し紛れに氷の壁を作り出し、何とか幸彦との距離を作ろうとするが、その氷の壁にいくつもの杭が突き刺さっていく。
破壊するまでには至らずとも、氷の壁に深々と突き刺さった杭は、次の瞬間猛烈な勢いで熱を発していく。
それは康太の新魔術、先ほど倉敷を氷の拘束から救い出したものと同じ効果を持っている術だった。
術の名前は蓄熱。蓄積と同系統の火属性の魔術である。
蓄積が物理的なエネルギーを物体に保存するのに対して、この魔術は物体に熱エネルギーをため込む。
本来であれば炎などの高熱源にさらされることで物体は温度を上昇させていくが、熱源以上の温度になることは特定の状況を作り出さない限りはありえない。
だがこの魔術を使うと熱量をため込み続けるために熱源をさらに超えた熱量を一時的に発揮することができるのである。
事前に何時間も焙っておいたため、康太のもつ杭や鉄球などはすべて高温状態にすることができる特注品になっていた。
崩れていく氷の壁を前に止まるほど、幸彦の突撃は生易しいものではなかった。
「やっぱり身内が一緒にいると楽でいいね。合わせ方が絶妙だ」
そんなつぶやきを魔術師が聞くことができたかどうか、幸彦の放った拳は氷の壁ごと魔術師の顔面を捕え、殴り飛ばしていた。
その体が後方に弾かれた瞬間、康太は地面に降り立ちその魔術師を背後から思い切り蹴り飛ばす。
前方に幸彦、後方には康太。近接戦を得意とする魔術師二人にはさまれた時点で勝負は決したようなものだった。
康太の蹴りによって再び自分の近くにやってきた魔術師を、幸彦は拳を握りしめて迎える。
腹、顔、胸、首、殴れる場所、叩きつけることができる場所に次々と攻撃を放っていく中、魔術師はすでに意識をなくしていた。
だが幸彦は攻撃をやめない。先ほどまでの鬱憤を晴らすが如く、両の拳をその体めがけて叩きつけていく。
倒れこもうとした瞬間に幸彦のすくい上げるようなアッパーが襲い掛かり、倒れることを許さなかった。
倒れず、吹き飛ばされようものなら康太が後ろから追撃する。ある種のリンチのように見えなくもない光景だった。
「バズさん、やりすぎると死んじゃいますよ?」
「っと・・・しまった、もう気絶してたか・・・詰めだけはしっかりしようと思ってたけど・・・ちょっとやりすぎたかな?」
幸彦の連撃が止まった瞬間、魔術師はその場に崩れ落ちる。
完全に意識を失い、かなりのダメージを受けているのかわずかに痙攣している。ちょっとどころかだいぶやりすぎた感が否めない状況に、康太は苦笑しながら目の前の魔術師を拘束していく。
「にしてもビー、ナイス援護だったよ。完璧に近かった。あれだけ戦えるならもうジョアとも肩を並べられるんじゃないかな」
「姉さんにはまだまだ追いつけませんよ。でもありがとうございます。そういっていただけるとかなり自信がつきます」
康太自身はまだまだ真理にはかなわないと思っている。事実まだ実力面では劣るものが多すぎる。
だが一緒に戦うことができる程度には強くなってきたのだなと、康太は小さくガッツポーズする。




