康太の属性
「よし準備完了。師匠、準備できました」
「そうか、わかった。ではジョア、話はまたあとで」
「はい、今はビーのことに集中しましょう」
一体何の話をしていたのかは知らないが、真理とエアリスは準備を終えた康太たちの下へとやってくる。
康太たちの下に並べられているのは複数の薬品、そして少し大きめのガラス玉がいくつか置かれている。特にこれといって特別なものは無いように見えるが文に言わせるとこれも一種のマジックアイテムなのだとか。
何をするのか康太には全く分からないのだがこの場にいるほとんどの人間はその意味を理解しているのだろう。
「まずはいくつか薬品を飲んでもらう。これとこれと・・・あとこの薬品もだ」
「はい・・・一応聞きますけど危ないものとかは」
「入っていないから安心しなさい。どれも魔力の調整をするためのものだ」
魔力の調整、それがどんな意味を持っているのかはさておき康太は言われた通り薬品を口の中に入れて勢いよく飲み込む。
液体状の薬物は以前飲んだそれと似ている特殊な青臭さと共に康太の喉を通って胃の中へと入っていく。薬というよりは青汁や栄養剤を飲まされている感覚に近いかもしれない。何度も飲みたいものではないがこれも確認のためだと割り切るほかない。
「では薬の効果が表れるまでにここにあるものの効果を教えておこう。今飲んでもらった三つの薬は魔力の放出量を制限する薬と、魔力の性質を限定する薬だ。その効果が確認でき次第これに魔力を注ぎ込んでもらう」
そう言って机の上に並べてあるガラス玉を手に取って見せるエアリス。その手の中にあるガラス玉は無色透明だ。一見すれば何の変哲もないただのガラス玉のように見える。
先程文が用意したものだ、それに魔力を注ぐことで何か変化があるのだろうかと康太は首をかしげる。
「魔力を注ぐだけで適性があるかどうかがわかるんですか?」
「あくまで目安だけど十分だ。このガラス玉には方陣術が仕込んである。あとは魔力を注ぎ込めば発動できるようになっている。注ぐ魔力の量と性質を限定することで君がどの属性に適しているかを大雑把だが知ることができる」
そう言ってエアリスが魔力を注ぎ込むとガラス玉は淡く輝きだす。その色は赤色だった。ガラス玉の内側から光があふれてくるようなその光景に康太はおぉ・・・と感嘆の声を漏らしていた。
だが一つだけ気になることがある。康太は方陣術の類をまだ扱えないのだ。
「でも方陣術って扱いが難しいんじゃ・・・俺まだ使ったことないんですけど」
「そこは安心していい。今君はこのガラス玉の方陣術に適した魔力になるように薬物で調整してある。いや一時的にそれ以外の魔力を放出できなくなっていると言ったほうがいいか。どちらにせよこれを発動するだけなら問題はないだろう」
「へぇ・・・そんな薬もあるのか・・・」
逆に言えば普段魔術に使っているような魔力の放出もできなくなっているという事でもある。方陣術を使えるという意味では良いのかもしれないが、逆に言えばそれ以外の術式が使えなくなってしまう可能性がある。こうした検査の時くらいにしか使い道がないという意味ではあまり良い薬とは言えないだろう。
「その効果が出るまでは属性魔術のお勉強と行こうか、君はまだ属性魔術を使ったことがないようだからね」
「はい・・・お願いします」
人間の体が薬を体に取り込むのにかかるのは約三十分から一時間ほどかかる。それまで康太は属性魔術についての講義を受けることになる。
今まで小百合に魔術の大まかな説明は受けてきたが大抵は実戦形式という授業方式によって省かれてきた。特に今康太が使っている魔術に関してはほとんど理屈を教わっていないに等しい。
以前真理に暗示の魔術の大まかな理屈は教わった。恐らくそれぞれの魔術にも理屈や法則があるのだろう。
それを知ることはかなり重要なことであるように思える。
「属性魔術というのは基本的に自然現象を引き起こす魔術だと思ってくれていい。ただし魔術によっては現象ではなく自然そのものを作り出すものもあるが大抵は一時的なものだ。永遠に残る魔術などというものはないからそのあたりは覚えておくように」
この辺りは先に文の説明でも言っていた複製のそれに近いかもしれない。この世に残り続ける魔術などというものは本来ない。あってはならない。
術を発動し続ける限りは残り続けるが発動を解けば当然その魔術は消滅する。それが魔術の基本であり常識だ。
「属性魔術はそれぞれの自然現象や系統を分けることで魔術の発動をより効率的にしたものだと思ってください。例えば人形を操るのに無属性の念動力を使うより、土属性のゴーレムとして操ったほうが効率がいいとかそう言う事ですね」
要するに属性を分けるというのは簡単に言ってしまえば魔術によって得られる効果をより効率化した結果なのだという。
特定の魔術であれば大抵をこなすことができるだけの汎用性を有しているものもあるが、それだけ効率は下がる。より複雑な操作を要求されるのであればそもそも別物にしてしまったほうがよほど効率がいいという事だ。
無論そうやって属性別にしたことによって向き不向きというものがより顕著に出てきてしまっているのだが、そこは仕方のないことだろう。
大きな力をより効率よく使おうとしているのだから多少の向き不向きが出てくるのは当然と言える。
「っと・・・そろそろ効いてきたかな・・・ビー、これに魔力を。それが正しく発動できれば魔力調整は問題ないはずだ」
そんなこんなで小一時間属性魔術についての講義を受けていると時間がやってきたのか、エアリスは康太に一枚の紙を渡してくる。それは方陣術の描かれた一枚の紙だった。
恐らくガラス玉の中にある方陣術と同じものなのだろう。同じ性質の魔力と同じ量の魔力を注ぎ込むことができるのならガラス玉に移行しても問題ないという事らしい。
康太は言われた通り紙切れに魔力を流し込もうとする。
魔力をただ放出するだけではなく、特定の物に流し込もうとするというのはなかなかに難易度が高かった。しかも体に妙な感覚があるのだ。
魔力が出しにくい、普段なら魔力を全開で放出しようとすればすぐにできるはずなのに今は魔力が微量にしか放出できない。
しかも注ぎ込もうとしても手の方から魔力が漏れ出るだけで一向に紙に魔力が注がれないのだ。
そもそも魔力を注ぎ込むという修業は今までやったことがない。やったことがない事柄をやってみろと言われても最初からできるはずがないのである。
方陣術の修業の第一歩目だと思えばまだいいのだが、魔力を注ぎ込まなければと思えば思うほどにその手のひらから魔力は漏れ出ていった。
「・・・そう言えばビーは魔力をものに込めるという修業をしたことがないのでは?」
「あー・・・そう言えば・・・ビー、目を閉じて自分とその紙が一体化しているような感覚を思い浮かべてください。そうすると比較的魔力を注ぎやすいはずです」
「は・・・はい・・・!」
康太は目を閉じて自分と手に持っている紙が一体になっているようなイメージを思い浮かべる。
体内にある自分の体温と同じ温度の気体。それこそ康太の思い浮かべる魔力のイメージだった。
今は体の中に強制的にフィルターのようなものを付けられて魔力の放出の際に妙な細工と放出制限をされてしまっているようだった。マスクをつけて呼吸をさせられているかのような奇妙な息苦しさを感じる。
そして体の中の魔力の感覚を徐々にその紙の方へと移していくのをイメージする。体の魔力の感覚がいつもと違うために非常に苦戦したが、康太の近くから小さく感嘆の声が上がる。
康太がゆっくりと目を開けると手に持っていた紙が煌々と光を放っていた。どうやら方陣術を正しく発動すること自体はできるようになったようだった。もっとも薬によって魔力の調整を強制的に行われている状況ではあるが。
魔力の操作という部類で言えば康太はそれなりの技術を持ち合わせている。特に魔力の補給と放出に関していえばほぼ日常的にこなしている。今や寝ていても行えるほどだ。
少しコツさえつかんでしまえばこの程度は問題なくこなせるだけの実力は身についているようだった。
今までの努力が報われたと感じると同時に、康太はまた新しくできることが増えたのだという感動があった。
新しい技術を身に着けるというのはこれだから面白いのだと思いながら康太は持っていた紙を机に置く。
「よし、じゃあ次のステップだ。とりあえずここにあるガラス玉全部一つずつ魔力を注いでいってくれ」
「本当にそれだけでわかるんですか?」
「わかる。ここに仕込まれているのは属性だけを変えた方陣術だ。必要な魔力量も同じ、あとは本人の性質によって出力が若干変化する。その変化を見るんだ」
そう言ってエアリスは康太にガラス玉のうちの一つを渡してくる。それが一体どの属性なのかはわからないがとりあえず注いでみればわかるらしい。
康太は目を閉じ意識を集中してガラス玉の中に魔力を注ぎ込んでいった。
僅かな沈黙の後にその場に小さくへぇというつぶやきが聞こえて来た。康太が目を開けるとそこには煌々と輝く無色の光があった。ただ輝くという一見矛盾した光景だが、その光はかなり強くあたりを照らしていた。
「無属性の適性はかなり高いらしいな。そのあたりはやはりというべきか・・・」
「ビーはもともと無属性が得意な魔術師でしたからね、このくらいは当然でしょう」
どうやらこのガラス玉は無属性の方陣術が込められているらしかった。どちらにせよこの光の量で適性の有無を調べるのだろう。光っている時点で光属性なのではないのだろうかという事が疑問に思えたが、そのあたりは置いておくことにする。
恐らくは先程の説明で言うところの効率の問題なのだろう。光らせる事自体は無属性でもできるが光属性にした方が効率がいい。つまりこのガラス玉の中にあるのはすべて発光させるための術式で、それぞれ属性だけを変えたものなのだ。
「無属性の適性は高め・・・では次に行こう。使用済みのガラス玉はそっちに除けておいてくれ」
康太は持っていたガラス玉を除けて置いておくと机の上に置かれたガラス玉を手にとってまた同じように魔力を注ぎ込んでいく。
それぞれの属性によって色分けされた光、それは康太が魔術師として認められたときのあの老婆に見てもらった色と同様のものだ。
炎なら赤、水なら青とそれぞれがわかりやすくも適切な光となってガラス玉の中に現れる。
康太は一つ一つの属性の術式を起動させながら自分の中にある性質を一つ一つ調べていった。
存在するすべての属性を調べることは簡易式の調査では難しいが、一時間ほどかけて大まか有名な属性に対する適性を調べることができた。
康太が今回調べた属性は地水火風雷光無の七属性だった。無属性に関しては康太のもともと得意な属性であったために調べるまでもなかったかもしれないが一応基準として無属性も測定したのである。
調べたのはつまり文や真理の使える属性だけだ。このまま二個目の属性を調べるとしても誰かが扱える魔術が一番手っ取り早いと感じたためである。
「・・・んんん・・・まぁまぁな方なのか・・・良くも悪くも人並みといったところか・・・」
「特筆するべきが無属性と風、後はかろうじて火ですか・・・今のところ三属性といったところですね」
「でも風も火も私とジョアで教えることができそうね。よかったじゃないビー」
「・・・おぉう・・・自分でも予想外にまともなタイプで吃驚したわ」
結果から言えば康太に扱えそうな属性は風と火だった。無属性には劣るものの風属性が比較的高い適性を持ち、火の属性ははっきり言って実戦で役に立つギリギリのレベルなのだという。
それでもどうせ運の悪い自分の事だから一つも適性の高い属性がないくらいに考えていたのだが、どうやらそう言う事もないようだった。
思えば魔術の素質の時もそうだが一応魔術師になれるだけの素質を持ち合わせていたのだ。そう言う意味では魔術に関することでは運がいいのだろうか。
もっとも師匠を小百合にしてしまった時点で運が良いとは口が裂けても言えないわけだが。
「風と火の属性っていうとどんなことができるんだ?文みたいに空飛んだりできるのか?」
「あれ結構疲れるわよ?あとは竜巻起こしたりかまいたち起こしたり・・・でも正直対人戦で使えるかっていうと微妙ね・・・」
「火の属性であれば直接的なダメージも望めますし光源にもなります・・・ですがビーの適性だとそこまで高い威力は・・・」
どうやらこの二つは互いに汎用性や得られるものはそれなりにあるようなのだがどうも実戦に結び付けるとなると難しいらしい。
何より無属性の魔術しか覚えていない康太にとって、そもそも他の属性を扱えるようになるのがいつの日になるのかわかったものではないのだ。そう言う意味ではあってないようなものだと考えたほうがいい。
今はそう言う選択肢も増えたというだけで上出来だといえるだろう。
「それに何より風と火というのは互いの相性もいい。使い方によってはそれなりに武器になるだろう・・・まぁここから先は自分の師匠に教わるといい」
「はい、ありがとうございますエアリスさん。風と火かぁ・・・いつか火を吹けるようになるかな?」
「吹いてもいいけど思い切り火傷すると思うわよ?」
康太の魔術における可能性が広がったのはいいが、康太にとってはまだまだ未知の領域だ。はっきり言って無属性魔術を使うのとはまたベクトルが違う。たとえ適性が高くともその修得にはかなり時間がかかるだろう。
得意と判断された属性は幸いにも兄弟子である真理が両方使えるという事もあり通常の魔術の修業と並行して属性魔術の修業も行うことになるだろうがこれから先まだまだ時間がかかることは言うまでもない。
まだ他の属性や細かい調査は終わっていないが、少なくとも現段階において康太が使える魔術の属性は無属性のみ。そして実戦で使える可能性があるのは風と火の属性。つまりは三つの属性を扱えるということになる。
どのような魔術があるのかもどのような扱い方ができるのかもはっきり言って康太はまだわかっていないが、それでもないよりはずっとましだ。
自分の中の可能性を確かめるように康太は右手を小さく握りしめる。
魔術師になってよかったと思うのはこういう時だ。
ただの人間だった自分の中に可能性がまだまだ眠っていると実感するとき、康太は魔術師になってよかったと心の底から思う。
普通の人間なら理解できないような感覚だ、いやこんな感覚になることさえないかもしれない。
自分の中にまだまだ可能性があるのだというのを自覚できる。普通の人間はそれを自覚できない。普通なら不安に思いながら疑いながらそれでも努力する。自分の中に可能性があると信じて努力し続ける。
少なくとも康太の歳の人間なら大抵がそうだ。少し前まで康太だってそうだったのだ。自分の中にどんな才能があるかわからず、何ができるかもどれほどできるかもわからずに努力を続ける。
だが今は違う。
康太は魔術師になった。そして自らの中に可能性を見出している。
それがどれだけの大器になるのかはまだわからないが、康太は自らを鍛えることができる。
基本的に康太は自己研鑽が好きだった。だからこそこうして日々修業しているのだ。
「姉さん、これからいろいろ迷惑かけるかもですけど、よろしくお願いします」
「えぇ、構いませんよ。私の覚えている魔術であればいくらでも伝授しましょう。師匠からは怒られるかもしれませんけど」
康太が最も得意としているのは無属性の魔術で康太の正式な師匠は小百合だ。小百合の教え以外のものを康太は覚えようとしている。
それは小百合からすれば侮辱に感じるかもしれないが、それで許してくれると思っていた。
小百合はなんだかんだ言って師匠としてしっかりと考えている。これはあくまでただの勘だがこうして康太が勝手に行動しているのも小百合の思惑通りのような気がしてならないのだ。
そして新しい属性の魔術に手を出そうとしていることも、自分自身で進歩しようとしていることも。未熟であるが故に成長する。康太はその未熟さを武器に日々修業を重ねようとしていた。
誤字報告十件分受けたので三回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




