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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
二十四話「旅行で斬り捨てるもの」
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違う生き物

「そういえば初めてまともに近い世代とただの交流をしたわね・・・先輩とか後輩たちは変な感じだし・・・」


「そうだな・・・先輩は妙に俺らを危険視してて、後輩は無駄に突っかかってくるからちゃんとした話し合いだけって初めてかもしれない」


「俺に至っては近い世代の魔術師とちゃんと話したのも初めてだったぞ。お前ら以外の話だけど」


「あー・・・そういえばお前は先輩に利用された時以外そういうのなかったからな・・・仕方ないか」


交流を終えて、康太たちはホテルの一角でのんびりしていた。文によって一般人が寄ってこないように結界を張り巡らせてあるためにこの場所だけは一時的に魔術師の空間になっている。


同級生が立ち寄ることも、教師がやってくることも、従業員が近づくこともない。


近い世代との交流、思えば協会に何度足を運んでいても今の今まで一度もやったことがなかったのだ。


誰かの弟子などと話をする機会もほとんどなく、小百合がいるというだけでほとんどの関係と遮断されてきたのだ。


教えるか敵対するか、そういった関係しかなかった康太たちにとって今回の話し合いは貴重なものだった。


「どうなるかと思ったけど、悪くはなかったんじゃない?魔術師としてのあんたがあんな風に話すなんて久しぶりに見たわよ?」


「そうか?割といつもあんな感じだと思うけど」


「魔術師としてのお前はもっとピリピリしてるぞ。いつか攻撃するんじゃないかってひやひやしてたけどな」


「そうか?そこまで短気じゃないぞ俺」


魔術師としての康太はとにかく警戒心が強い。いつ攻撃されてもいいように、いつでも攻撃する準備をしている。


相手の様子や言動からこちらに対して敵意があるかないかを判断し、その結果攻撃するかどうかを決める。


周りから見ればそれはどこの誰でも攻撃する準備が整っているということでもある。文や倉敷のように康太と一緒にいることが比較的多かった人間からすればそれを理解できてしまう。


話している間も、序盤は戦々恐々だっただろう。


それでも、結果から見ればよい方向に進んだといえる。こういった形で話ができたのは互いにとって利益になっているはずだ。


「どうだった?あんた的にはさ」


「ん?良かったんじゃないのか?普通に。こういう風に話ができたのは初めてだしさ、何より魔術師でも俺らと同じようなもんなんだなって思った」


「そう・・・」


康太が今何を考えているのかはわからない。だが、今まで康太が関わってきた魔術師というのは良くも悪くも康太よりもずっと年上が多かった。


その分いい経験ができたというのも間違いではないが、同年代の魔術師でまともに話し合える存在がいなかったのも事実なのだ。


そして康太は今回のことで、同時に一つ思い知らされていた。


「それと、もう無理なんだなって思ったよ」


「無理って、何が?」


「俺が一般人に戻るの。今回のことでよくわかった。俺はもう一般人には戻れなくて、魔術師でい続けるしかないんだなってこと。いやって程分かった」


一年という時間、康太が魔術師として活動してきた時間はそれほど長くはない。ただの人間であった頃の常識を覆すほどのものではない。


それでももうすでに、今まで積み重ねてきた常識は魔術師のそれに浸食されつつある。すでに一般人としての常識が失われつつあり、魔術師としての常識が康太の中に根付きつつある。


そんな中で今回、数日間だけ魔術という存在から離れようと考えたのだが、そんなことができないのだと康太は悟っていた。


「じゃあ、これからはずっと魔術師として生きていくわけ?」


「・・・わからないけど、たぶんそうなるんじゃないか?魔術のことを考えないで過ごすっていうのはまず無理だっていうのはわかった。それに体の中に魔力がないっていう感覚がすごく気持ち悪くてな」


魔術師になってからずっと保ち続けていた魔力がなくなるという感覚は、康太には耐えがたいものだった。


今まで着ていた服を脱いで、そのままでいるような感覚、今までずっと持っていたものを手放したような感覚。どれも今の康太ではあまりにも落ち着かない。


「慣れちゃえばどうってことはないけどね・・・あんたの場合は難しいか」


「あぁ、変な感じだったよ。考えないようにすればするほど魔術のことを考える。どうにも向いてないな」


「一般人じゃなくなるか・・・そういうのだいぶ前に考えたな・・・いつ頃だったっけ?」


「私にはそういう感覚ないわね・・・物心ついてからずっと魔術師だったし・・・もともと一般人は私とは違う生き物だったし・・・」


「・・・違う生き物・・・か・・・」


魔術師と一般人では圧倒的な違いがある。


それらをどのように許容するかが魔術師として必要な思考である。


康太がどのようにそれらを飲み込むのか、それは康太しか決められないことである。


沖縄での修学旅行、康太たちの修学旅行はつつがなく終了しようとしていた。


魔術による問題もなく、学生同士での問題も発生せず、何も問題なく、ただ楽しい時間として終ろうとしていた。


いつ問題が起きるのではないかとひやひやしていた康太たちだが、こうして無事に終わってくれて何よりだと少しだけ安堵していた。


ただ少しだけ、本当に少しだけ、康太は今回の修学旅行が記憶の中に強く残っていた。


康太が一般人として過ごそうとした、最後の旅行。


康太が一般人として、ほんの少しだけ過ごした、最後の時間。


これから、康太は魔術師として生きる。ずっと、これからずっと魔術師として生きる。一般人を欺き、自らの利益のために、魔術の隠匿のために、一般人をないがしろにする魔術師になる。


最後の買い物、修学旅行の団体行動の中で最後に寄った土産物屋で、康太は周りにいる同級生たちを眺めていた。


もう自分はこの枠の中に本当の意味で混じることはできないのだと、魔力を体の中に満たしていきながらその手に近くにあったぬいぐるみを持っていた。


全員がいる場所の中で魔力を注ぎ込む。体の中を魔力で満たす。最後の最後のこの場所でそれをすることが自分にとって重要であると康太は考えていた。


一種の決別のようなものだ。ここで康太は一般人ではなくなる。そういう意思表示のようなものである。


「康太、せっかくだからよく見ておきなさい」


「何を?」


「あんたが一般人として最後に見られる光景なんだから、こういう何でもない時にそういうのを覚えておいたほうがいいわよ?」


「・・・文はそういうのあったのか?」


「なかったわよ。けど近いのはあったわ。あぁ、私は同じじゃないんだって感じの・・・そうね、そんな感じのがあったわ」


子供のころから魔術師だった文と、ある程度育ってからの康太では魔術師として生きる時の決別の気持ちも異なるだろう。


康太の場合、今まで積み重ねた常識や平穏から離れることになるのだ。それは簡単なことではない。


「せっかくだから、写真撮っておく?これが一つの転機になるってことでさ」


「写真か・・・そういえばあんまり撮ってなかったな・・・一応デジカメは持ってきてたんだけど・・・」


「写真は大事よ?私たちだけじゃなくて、神加ちゃんとかの成長記録とかにもなるでしょ?こまめに撮るようにしておきなさい。後々思い出になるんだから」


文は康太のもっていたデジカメを奪い取ると、康太の今の姿を写真にとる。


「よしうまく撮れて・・・って・・・」


文はデジカメの中に写っている康太の姿を見て眉を顰める。


その体の背後から誰かの手が伸びているのだ。所謂心霊写真がとれてしまったことに文は眉間にしわを寄せながらそのデータを即刻削除する。


「あんた目瞑っちゃってたわ、もう一度とるわよ」


「あれ?俺そんな写真写り悪い方じゃないと思ったんだけどな」


「最悪よ。最悪だからもう一回撮るわ。ほら、なんかポーズとりなさい」


文が康太の写真を撮ろうとしていると、それを見たのか、他の生徒たちもさりげなく写真に写ろうとしてくる。


「お、写真撮るのか?俺も俺も」


「じゃあ一緒に入らせてもらうよ?鐘子さん、お願い」


いつの間にか青山と島村がやってきて康太と肩を組んで笑顔でブイサインする。人の気も知らないで勝手なことだと思いながらも、写真を撮る。


文はその写真を見てみると、今度は心霊写真などはできなかった。その代わりに、康太の背後がほんの少し光っているように見える、そんな写真がとれていた。


その光が、ほんの少し羽のように見えたが、きっと光の加減のせいだろうなと文は気にすることはなかった。


「はい撮れたわよ。康太、あんた光の加減で妙に神々しくなってるわよ?」


「マジでか、これは新たなる力に覚醒しているのかもしれんな」


「いつの間にお前覚醒したんだよ。見せて見せて」


「あ、ほんとだ。ちょっと待って同じ場所で写真撮ったら同じ感じに写るかな?みんなで覚醒しようよ」


みんなで覚醒などというわけのわからない状態ではあったが、康太は友人に囲まれている今の状況を楽しんでいた。


もう二度と一般人としては楽しめなくても、魔術師として、欺きながらでも楽しむことはできる。


一般人と魔術師の間。常識と非常識の間。康太はその場所から一歩踏み出す。魔術師の側へと、非常識の側へと。


誰に言われたわけでもなく、自分から。


「文、これからよろしくな」


「・・・これからも、でしょ?」


「そうだな。よろしく」


「はいはい。任せておきなさい」


きっとこれから先も、文は康太と一緒にいるのだろう。それは両者が望んでいることでもあるのだ。

それがかなうことになるかどうかは、また別の話となりそうである。



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