表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
二十四話「旅行で斬り捨てるもの」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1067/1515

魔術師の宿命

康太はひとまず購入した土産物をまとめて配送してもらうことにした。協会で世話になっている魔術師にも送ろうかと思ったのだが、魔術師である時点で好きなように行動できるために沖縄なども別に行こうと思えば行ける。


沖縄の修学旅行も折り返し、あと数日だなと思っていると文が康太のことを呼び出していた。


その隣には倉敷の姿もある。


人気のないところに呼び出された康太は、この二人が一緒にいる時点で何となく用件は察していた。


「一応聞いておくけど、どうした二人とも」


「いや・・・実は現地の魔術師に接触を持ち掛けられちゃってね・・・一応あんたにも話を通しておこうと思ったのよ」


「やっぱ来たか・・・魔力抜きしておけばよかったのに」


「だって修学旅行中に声かけられるとは思ってなかったのよ・・・向こうは向こうでノリノリだし」


「ふぅん・・・どんな奴?」


「現地の学生魔術師ね。修学旅行生の中に魔術師がいるってわかってテンションが上がったみたいよ?夜に交流目的で話さないかって言われたわ」


「・・・それって男?女?」


「男よ?結構ぐいぐい来たわね。私以外にも魔術師がいるって言ったら連れてきてくれって言われたし。複数同士で話がしたいんだってさ」


交流。学生魔術師ということもあって基本は修業しているため、他の魔術師と交流する機会もないのだろう。


こういう機会を逃さないようにしているのか、それとも文の外見に惹かれて話を持ち掛けたのか。


前者の意味もあるのだろうが後者の意味合いもかなり強いのだろう。康太は眉を顰め、同時に少しだけ苛立ちを覚えながら内心舌打ちをしていた。


「で?行くと?」


「ぶっちゃけいかなくてもいいんだけどね。私が行くならあんたも行くでしょ?」


「そりゃな。でも俺仮面も外套ももってきてないぞ?」


「大丈夫、あんたのは私が持ってきてるから。もう、忘れ物はないって言ってたじゃないのしょうがない子ね」


「しょうがないだろお母さん。まさか必要になるとは思わなかったんだよ」


「おい、俺を挟んで夫婦漫才するのはやめろ。で?会いに行くのか?」


倉敷の突っ込みに二人はどうしたものかと悩み始める。戦闘になることもないのであれば別に話をする程度ならいいのではないかと思ってしまう。


相手がどれくらいの人数で来るのかも分かっていないが、学生魔術師ということもあって戦闘能力もそこまでは高くないだろう。


康太たちとしたら近い世代の魔術師のつながりを作るいい機会なのではないかと思ってしまう。


なにせ今までまともに近い世代で、なおかつ身近ではない魔術師と付き合いがなかったのだ。他の地方、他の場所の魔術師がどのような生活をしているのか気になるのである。


「倉敷も来るだろ?精霊術師だけどお前の実力は平均の魔術師よりもずっと上だし」


「そういってくれるのはうれしいけどさ、お前絶対巻き込む気満々だろ」


「よくわかってるじゃないか。お前を連れていくといろいろ楽なんだよ。事前に合図とか決めなくてもある程度フォローしてくれるし」


文ほどではないにせよ、倉敷は康太たちとかなり一緒に行動している。ある程度互いの行動が読めてしまうためにある程度フォローすることができるのだ。


そういう人物が近くにいてくれるだけでだいぶありがたい。特に倉敷のように一点突破の実力を持っている人間は割といろんな場面で役に立つのだ。


「場所は?今はウィルがいないから遠くへの移動は難しいぞ?」


「そこまで遠くじゃないわよ。ホテルから歩いて三十分くらいかしらね。私たちが全力で移動すればそこまで時間はかからないでしょ」


ホテルから二~三キロ程度の場所が集合場所ということだろう。近くもないが遠くもない絶妙な場所だ。


「すでに行くって話になってるんだろ?」


「相手がほぼ一方的に話してきたからね。まぁいってやる義理もないけど、いいんじゃない?団体行動中に話しかけられても厄介でしょ?こういう面倒ごとはさっさと済ませるに限るわよ」


文の言うことももっともだなと康太は文が持ってきた仮面を受け取る。


いつもつけているブライトビーの仮面。魔術師としての活動はしないようにするといっても結局魔術師としての活動をしようとしている。


ままならないものだなと康太はため息をつく。どこまで言っても魔術師としての思考と行動が付きまとう。


「どうしたの?行くわよ」


「・・・あぁ、わかってる・・・もう戻るのは難しいのかね・・・」


「何が?どこに戻るんだよ」


「なんでもない。さっさと片づけるぞ」


「お前が片づけるっていうと戦いに行くみたいに聞こえるな」


「ほっとけ」


もう自分は一般人には戻れない。そんなことを考えて康太は自嘲気味に笑っていた。少しでも普通に戻ろうとしたが、それが意味のないことだと、できないことだとわかって残念だと思う反面、ある意味すっきりしていた。


小百合の言っていたことを少しだけ理解しながら、康太たちはホテルから外へと出る準備を始めていた。











教師や同級生たちの暗示を済ませると、康太たちは目的の場所にやってきていた。


服装は普段着の上に魔術師の外套と仮面をつけた状態だ。


あるビルの屋上、夜遅いということもあって人はもうこの場所にはやってこないうえに、そこまで大きな建物ではないために警備員なども雇ってはいないだろう。


康太たちがたどり着くとそこにはすでに数人の人影があった。


文がその人物たちを索敵で調べると、全員に魔力があり、彼らが魔術師であるということを証明していた。


「数は四、魔力は・・・全員そこそこ・・・ビーと同じくらいのが一人いるけど、それ以外は少し少ないくらいかしら」


康太の魔力貯蔵量は平均よりも大分多い。それを考えると貯蔵量に関してはなかなかの素質を持った魔術師がいるということだろう。


もっとも保有している魔力量だけでは魔術師の素質は測ることはできないが。


「全員男か?」


「全員男ね。同じ高校とかのチームじゃないの?私たちと同じで」


相手が男かどうかは康太としては少し気にするところだった。文に声をかけたという時点である意味ナンパに近い行動であるため、康太としてはそれを邪魔する準備はできていた。


今回修学旅行ということで武器は持ってきていないが、武器はなくとも康太はある程度の戦闘能力を有している。


もし力づくで来たらその時が相手の最後だと考えていると、倉敷は先ほどの文の言葉に気になることがあったのか首をかしげている。


「私たちと同じって・・・俺いつの間にお前らのチームに加えられてたわけ?」


「そういうなよトゥトゥ。助っ人外国人としてのお前の力は頼りにしてるんだぜ?」


「なに?俺助っ人外国人枠だったの?」


「日本食が合わなかったり、いきなり神様のお告げを聞いたとか言って帰国しない限りは頼りにしてるわよ?」


「いや俺日本人なんで。和食大好きなんで・・・そもそも俺の帰る国はここなんですがね」


そんなやり取りをしながらも、康太と文は倉敷のことを信頼しているということをあらわにして背中を叩く。


倉敷としては頼られることが嬉しい反面、こいつらに頼られるのは嫌だなと思ってしまっていた。


康太たちが純粋にただの魔術師だったら喜んで協力するし、喜んで一緒に行動するところなのだ。


だが康太たちは普通ではない。面倒ごとの渦の中心にいるような魔術師だ。そんな人間とは可能な限り距離を置きたいという気持ちもある。


無論今までの恩を考えればそれを踏まえても十分に一緒に行動するだけの理由はあると考えてはいるのだが、なかなか気持ちの整理がつかないのである。


康太たちが屋上にやってくると、四人の魔術師は康太たちに気付いて全員がこちらを向く。


「やぁ、来てくれたんだな。突然の申し出だったのに悪かったな」


「気にしなくていいわ。私たちとしても現地で同い年くらいの魔術師と交流できるのは珍しいから」


「ははは、修業ばっかりしていると交流とかできないもんな」


文としては現場に出ている魔術師に同世代がいないという意味だったのだが、どうやら妙な形で勘違いされてしまったようである。


いちいち訂正する必要もないなと文は目の前にいる四人の魔術師に視線を向けた後、すぐ近くにいる康太に視線を向ける。


隠そうとしているが警戒しているのを隠しきれていない。ただの魔術師程度ならば気づかないかもしれないが文からすれば一目瞭然だ。


「改めまして、初めまして。俺らはこの近くの高校に通ってる魔術師だ。君らはどこから来たんだ?」


「私らは関東から来た魔術師よ。修学旅行でね・・・いきなりそこの人に声かけられて、ナンパかと思ったわ」


「あ、あはは・・・いやそういうのじゃないって・・・あはは」


仮面をつけているというのに即座に昼間に声をかけた人物であると見抜かれたことに驚いているのか、それともナンパのような不純な動機が含まれていたのか、どちらにせよ文に指さされた魔術師はほんの少し動揺している。


「この三人のうち、こっちのが私の同盟相手、こっちのは精霊術師よ。高校で一緒で、比較的一緒に行動することが多いわ」


「へぇ・・・魔術師に・・・精霊術師か・・・なんで精霊術師まで一緒に?足手まといじゃないの?」


相手の言葉に康太と文は眉を顰めるが倉敷は全く動揺しているそぶりはなかった。


精霊術師がどのようなものであるのか、今まで多くの魔術師の対応を知っている倉敷からすれば別に驚くような発言でもなかったのだ。


だが倉敷を信用し、頼りにしている康太と文からすれば今の言葉は素直に容認できるようなものではなかった。


「こいつはなかなか頼りになる奴よ。そこいらの魔術師よりはずっと役に立つわ」


「精霊術師なのに?そんなのより役に立つ奴は山ほどいるでしょ。魔術師は魔術師同士と一緒にいたほうがいいって」


相手の魔術師の言葉に康太の気配が警戒から若干敵意に変わった瞬間、文は康太の方に視線を向ける。さすがに戦闘をするだけの理由がないのだからこれ以上康太の機嫌を悪くするのは良くないと判断し、諫めようとしたのだがその手は相手の方から出てきた。


「おい、よその事情に口出すなよ、失礼だろうが」


「でもさ」


「よく知りもしない奴に仲間をバカにされたら腹立つだろ。ごめんな、こいつも悪気はないんだ、許してやってくれ」


どうやら常識的な人間が一人はいるのか、それとも精霊術師を軽視したあの魔術師だけがデリカシーがないのか、どちらにせよ一触即発の状態は避けられたと文は小さくため息をついた。


「本当にごめんな、こいつ同世代で俺ら以外の魔術師に会うの初めてだからテンション上がっちゃってるんだよ」


「・・・謝るなら私じゃなくてこいつにね、馬鹿にされたのこいつなんだから」


文はそういって倉敷を指さす。倉敷はたいして気にした様子ではなさそうだったが、倉敷の近くにいる康太の不機嫌オーラが半端ではなことになっているため、早めに謝罪を促したほうがよさそうである。


「すまなかった。本当にごめん、うちの馬鹿にはしっかり後で言い聞かせておくから」


「俺は気にしてない。昔から精霊術師はそういう扱いをされてきたからな。こいつらが特殊なだけだ」


康太や文は倉敷が精霊術師だということを気にせずに接している、むしろ一般的な魔術師よりも上だという評価を下してくれている。


そしてそれは康太や文だけではない。文の師匠の春奈も、そして魔術協会の支部長も倉敷のことを評価してくれている。


倉敷からすればこの環境が恵まれすぎているだけで、先ほどのような態度が魔術師と精霊術師にとっての普通なのだ。


「別に良くね?だって精霊術師なんだろ?」


「いい加減にしろ。ちょっとお前らこいつ押さえててくれ」


「はいよー」


「おら、ちょっと黙ってろバカ」


「なんだよ!本当のことだろ!」


どうやら思ったことをすぐに口に出すのは一人だけのようだ。一人のためにチーム全体の印象を悪くするのは良くないと判断したのか、残った二人が即座に羽交い絞めにしていく。手慣れているあたり同じようなことが何度かあったのかもしれない。


「ところで君らは修学旅行って言ってたけど、ついでに何か頼まれごととかはしていないのか?」


「ないわね。少なくとも今回の旅行では魔術師であることは可能な限り忘れるつもりだったのよ?話しかけられた時はどうしようかと思ったけど」


「あ・・・それはごめん。そんな事情があったとは・・・」


文は別に魔術師であることを忘れる必要も、そんなつもりもなかった。だが相方の康太がそれをやろうとしているのにそれを邪魔したことに変わりない。


文の中で彼らの印象は最初からあまり良くなかったのである。


「それで、交流って言ってたけど何がしたいの?ただ話すだけ?そもそも何を知りたいの?」


「いや、あの・・・なんていうか・・・」


交渉役に徹している魔術師は文を見ながら康太と倉敷の方をちらちらとみている。向こう側からすればこの二人が文を守るための護衛のようにも見えてしまうのだろう。


何せ対応はすべて文が行っており、康太と倉敷は文のやや後ろに控えて直立不動を貫いているのだ。

まるで訓練された護衛のようなたたずまいに若干気が引けているのである。


「その二人は・・・君の仲間なんだよね?」


「そうよ?二人とも高校が始まったころからの付き合い。もうそれなりに長くなったかしらね」


「へぇ・・・その・・・私生活でも繋がりはあるの?俺らなんかは結構一緒に遊んだりするけど」


そんなことを話す必要はあるのかと文は疑問に思ったが、これはただの交流。別に他愛のない話をするのもその目的に含まれているのだろう。


この程度の雑談でわざわざ魔術師として行動する必要はないだろうにと文は内心ため息をつくが、邪険にする必要もない。


敵を作るのは簡単だ。だが敵を作ればその分厄介ごとが増える。なるべく相手を威圧しないように、なおかつ敵対心を作らないようにする必要がある。


「そうね、比較的一緒にいることが多いわ。一緒に修業したりもしてるし、師匠同士が知り合いだし」


もっともその仲は最悪だけどという言葉は口には出さず、文は目を細める。事実嘘はついていない。


康太と文はほぼ常に一緒にいるし、倉敷は春奈の修業場に入り浸っている。そういう意味では私生活でも比較的付き合いはあるほうなのだ。


「そうなんだ・・・あのさ・・・えっと・・・協会の門って知ってる?」


「知ってるわ。もう何度も使ってるし」


「そっか。それならどんな遠いところでもすぐに行けるだろ?こんな遠いところでもすぐに本土に行けるし」


「沖縄だものね、いろいろ遠いし大変でしょうけど、それがどうかしたの?」


「あー・・・もしなんか困ったことがあったら手伝えるかなって・・・思ってさ」


文はその言葉を聞いてようやく相手が望んでいることが、文と個人的なつながりを得たいということが分かった。


要するにナンパだったということである。魔術師というほかの人間にはないアドバンテージを持っているというのはかなり心強い。


話を展開するのにも有利だし、何より秘密の共有もできる。


こんなことに康太を巻き込んだのは失敗だったなと文は反省しながら仮面の下で眉間にしわを寄せた。


「ありがとう。何かあったら手伝いをお願いするかもしれないわね」


あからさまに営業的な言葉と猫を被ったような声音に、康太と倉敷は若干鳥肌を立てていた。その言葉の奥に、その声の底に文の不機嫌さがにじみ出ていたからである。


当然初対面の魔術師はそんなことには気づけない。話がうまくいっているという風にしか思っていない。


「そういえばさ、あんたらって普段何してるんだ?」


「普段?普通に学校通ってるけど?」


「そうじゃなくてさ、魔術師としての行動ってか活動。俺らの中でこいつは協会の方でちょくちょく手伝いとかしてるんだけどさ」


暴言が目立った魔術師が文と対応している魔術師を指さしてそういうと、康太たちは少し迷ってしまっていた。


やはり学生魔術師でも師匠の手伝いとして協会に出入りする者もそれなりにいるようだった。


どの程度協会の事情を知っているかはわからないが、少なくともほかの三人に比べて魔術師としての経験値が高いのは間違いないだろう。


交流という目的もあって本当のことを言うべきか迷うところだった。すでにいくつも依頼を受けていると伝えるべきか。


そもそも術師名を名乗ったらそれだけでばれかねない。特に康太の術師名は協会内でもかなり有名だ。


悪名という意味でもそうだが、実績も多く積んでいるために、日本支部の中でも評価は高いほうだ。

手伝いしかしていない魔術師でも知っている可能性は高い。


康太たちの後輩の佐々木も知っていたのだ、この魔術師が知っていても不思議はない。


どのようなことをいうべきか、文は迷っていた。


「基本的に師匠の拠点で修業がメインかしらね・・・時々協会で仕事の手伝いもするけど、大したことはしてないわ」


「あー・・・じゃあ俺と同じだ。もしかしたら協会で会ってたかな?その仮面は見たことないけど・・・」


文も康太も基本的に協会には依頼を受けるために行くくらいでそれ以外の目的で行くことはない。


そのためこの仮面を見ていなくても不思議はない。もっと協会に入り浸っている魔術師ならば気づけていたかもしれないが、この辺りは康太たちの過ごし方の問題である。


「手伝いって具体的には何してるの?もし手伝えることがあったら今度から俺らも協力するよ?」


「え?あー・・・うー・・・それは難しいかもしれないわね・・・うちの、師匠の・・・研究に関する書類作りとかだから。部外者に見せるのはちょっと」


手伝うなどと言われても文たちが基本的にやっているのは危険な依頼が多い。そんなものを手伝わせるわけにいかないし、そもそも依頼を受けていること自体をあまり知られたくはない。


文は喋りながら他人が関われないような文句を考え出してそれを言葉にしていく。とっさの嘘が上手くなったなと康太と倉敷は感心していた。


「そっか・・・それじゃあ難しいかな・・・なんかあったら、俺らでよければいくらでも相談に乗るよ」


「ありがとう、そういってくれるとありがたいわ」


相手はどうやっても文とのつながりを得たいようだった。良くも悪くもがっついているようにしか見えない。


それが魔術師としてのものなのか、それとも一人の男としてのものなのか、判断に困るところでもあった。


「ところでそっちの二人も大体同じようなことやってるのか?さっきからあんまり話してないけど」


「あぁ・・・えっと・・・喋ってもいいわよ?ここは交流の場なんだし」


「・・・わかった。といっても話すことは特にないぞ?」


まるで文が意図的に話すのを禁じていたかのように聞こえるやり取りである。文のほうが立場が上であるという印象付けというわけでなく、ただ単に康太がこの魔術師たちとあまりしゃべりたくなかったというのが正直なところなのだ。


文に色目を使っているという時点で康太の印象は最悪だ。何かあれば即座に攻撃するだけの準備は整っている。


文もそのあたりを理解しているのか、非常に対応に困っているようだった。


「そういわずに・・・当たり障りなくあんたの日常の生活を話してあげなさいよ。せっかく交流なんだから」


余計なことは言わないでよという副音声が聞こえてきそうな文の言葉に、康太は面倒くさそうにため息を隠そうともせずに何を言おうか考えていた。


「えっと・・・基本はこいつと一緒だ。修業やって師匠の手伝いとかやって・・・あとは師匠の兄弟弟子のところでも手伝いをやってる。あとは弟弟子の指導とかだな・・・大したことはできないけど」


「やっぱどこも似たようなものなんだな・・・魔術師になって二人はどれくらい?」


「私はもう十年以上」


「俺ももうそろそろ十年だな」


「俺はちょっと前に一年経ったところ」


「一年?ってことはずいぶんと最近魔術師になったんだな」


「あぁ・・・うちの師匠が適当な人間でな・・・魔術を使ってるところを俺に見られて・・・記憶操作が使えなかったから殺そうとしたけどちょうどよかったから俺を弟子に・・・って感じ」


「あぁ・・・それは・・・災難だったな・・・でも一年か、じゃあ結構新米なんだな」


気の毒そうにしているが、声音や雰囲気からあからさまに康太のことを軽視しているようなそぶりが見られる。


魔術師になって一年では大したことはできないと高をくくっているのだろう。実際間違ってはいない。康太はまだ索敵は自分の周囲三十メートルほどしかできないし、隠匿系の魔術もまだほとんど覚えていない。


そういう意味では半人前以下だ。もっとも戦闘能力という意味では一人前にほど近いわけだが。


「そういえばまだ自己紹介とかしてなかったな。俺はトマス・イワン。よろしく」


「俺はエド・ツーク、よろしくな」


「俺はヘンリーサードだ」


「俺はゴードン・スー・・・いい加減お前ら放せ」


文にしつこく言い寄っているのがトマス、そして言いたいことをズバズバいうのがゴードン、そして今ゴードンを止めているのがエドとヘンリーサードという魔術師であるらしい。


名乗られてしまったからにはこちらも名乗らなければいけないわけだが、どうしたものかと文は迷っていた。


この中でトマスは協会で何度か仕事を手伝ったことがあるという。その師匠が協会に入り浸るタイプの魔術師であっても不思議はない。


となれば康太の悪行を知っていてもおかしくないのだ。文がどうしたものかと悩んで康太に視線を送ると、康太は小さく首を横に振ってため息をつく。


面倒くさくなるけど隠す必要はないという意志表示に文は意を決して自分たちも名乗ることにした。


「私の名前はライリーベルよ。よろしくね」


ライリーベルという名前を聞いてトマスが一瞬「ん・・・?」という声を上げたが、他の三人はその名前を覚えておこうとするだけだった。


「俺はトゥトゥエル・バーツ。よろしく」


「・・・俺はブライトビーだ」


倉敷の術師名には反応を示さなかったトマスだが、康太の術師名を聞いた瞬間にいきなり後ずさる。


この反応は間違いないなと、文が眉をひそめてため息をつく中、トマスは震えながら康太のことを指さしてどんどんと距離を置いていく。


「え?え?ブライトビー・・・?え?お前が?」


「そうです。俺がブライトビーですが何か?」


堂々と名乗りを上げる康太に対して、トマスの反応は大げさすぎるほどだった。トマスの仲間たちもなぜここまで大げさな反応をしているのかわからなかったらしく『何やってんだこいつ』くらいにしか思っていないようである。


「いや、偽物だろ?だっておかしいじゃんか。あれだけ功績をあげてるのが一年程度の魔術師だなんて」


「・・・じゃあ試してみるか?」


康太はゆっくりと歩き出す。わずかに威圧感をだしながら、一歩ずつ、トマスとの距離を詰めていく。


その体からわずかに黒い瘴気が漏れ出すのを見て、トマスの体は震えが止まらなくなっていた。


「ストップよビー。私たちは交流に来たのであって戦いに来たわけじゃないのよ?あんたが気に食わないのはわかるけどここは自重しなさい」


「・・・わかったよ。失礼な物言いのやつが多いのはいつものことだからな」


四人かたまっている魔術師から視線を外しながら康太は先ほどと同じように文のやや後ろに待機する。

もうこれ以上言うことはないというかのように沈黙を守っていた。


「悪かったわね・・・名乗ると面倒なことになりそうだったからぎりぎりまで名乗らずにいられたらと思ってたんだけど」


「・・・いや・・・っていうか・・・本物?」


「正真正銘本物よ。今は修学旅行中だから武器の類はあんまり持ってきていないけど、私が保証するわ。あいつはデブリス・クラリスの二番弟子のブライトビーよ」


ブライトビーはライリーベルとともに行動する。その情報は協会内でも割と有名なほうだ。


そしてこの反応で康太はさらに自分の協会内での嫌われっぷりを自覚することになる。


「おいトマス、なんでそんなにビビってんだ?あいつそんなにすごい魔術師なのか?」


「すごいなんてもんじゃねえよ。やばい魔術師だ。絶対関わっちゃいけないタイプの魔術師だよ」


本人を目の前にひどいいいようだなと康太は眉間にしわを寄せてしまっていたが、文はその評価が正当なものだと知っている。


これが自業自得というものだなとため息すらついてしまっていた。


「ビーは確かに危険かもしれないけど、誰彼構わず噛みつくほど馬鹿じゃないわよ。喧嘩を売るような真似をしなければ危害は加えないわ」


「・・・いや・・・でも・・・」


「少なくともあなたたちは今無事でしょ?多少失礼なことを言ったくらいじゃこいつは攻撃仕掛けないから安心しなさいよ。それとも敵対した方がいい?」


文の言葉にトマスは勢い良く首を横に振る。決して敵対する意思はないということを表しているのだが、それでも先ほどまでの言動が消えるわけではないために彼はひどく後悔していた。


「へぇ・・・そんなすごい魔術師なのか・・・でも一年って言ってたじゃん?どうやってそこまですごくなったんだ?賄賂かなんかか?」


「馬鹿!ゴードン!お前ちょっと黙ってろ!」


思ったことを口に出してしまうタイプのゴードンにトマスはかなり必死になって止めようとする。


こういうタイプなのだとわかってしまえばそこまで気にすることでもない。むしろ康太はこのように思ったことを口に出すようなわかりやすい人種は嫌いではなかった。


「ただひたすらに訓練と実戦の繰り返しだ。努力しないと強くなれないし、実績を残さないと評価されない。経験年数だけじゃ実力は測れないってことだな」


「へぇ・・・俺もまだ五年目なんだけどさ、どうすれば強くなれるかな?」


「実戦に限りなく近い訓練をすればいい。自分の師匠相手に本気で戦うっていうのもいい経験になると思うぞ?俺はいつも師匠に殺されかけてる」


「いや、それはさすがに無理だろ・・・師匠に歯向かうとかいろいろまずいって。まず相手にならねえって」


「絶対に勝てないレベルの相手と命がけで戦うのが結構いい経験になるんだよ。必死になればなるほど見えてくるものがあるから」


トマスの心配をよそに、康太とゴードンは普通に会話を始めている。回りくどいやり取りをするよりはわかりやすくて康太は好ましかったのだろう。文もそのやり取りを見て少しだけ安心したようだった。


「言ったでしょ。あいつはあいつの師匠ほど無茶苦茶じゃないのよ」


「いや、あれはうちの馬鹿が怖いもの知らずなだけ・・・事情を知ってたら絶対腰抜かすから」


康太の評判がさらに悪くなっているように思えたが、ここで問いただすのも少し気の毒だった。


文からすれば先ほどまで自分の方が優位に立っていると考えていた少年が不憫で仕方がない。目の前にいるのは協会の中でも名を知らぬものがいなくなりつつあるほどの実力者になっているのだ。


「そういえばさ・・・君らと一緒にいるってことは・・・あの精霊術師も結構な実力者・・・ってこと?」


「そうね。真正面からぶつかったらビーが勝てるかどうかってところじゃない?相性の問題もあるけど・・・私はたぶん勝つのは難しいわね」


「・・・そう・・・なのか・・・」


康太は主に物理系、そして現象系では炎を扱う。文は主に現象系の電撃を、物理系では杭や鞭などを使う。


どれも水属性との相性はあまり良いとは言えない。倉敷は水属性のスペシャリストだ。本気で戦った時どうなるか、正直に言えば不明な点が多いが少なくとも勝つのは難しいだろうということは文でも理解できた。


倉敷はそれほどの実力者になりつつある。訓練と実戦、どれも高いレベルでこなしている。


大量に水をだし圧倒する。倉敷のベストの攻撃はこれに尽きる。だが彼の素質の問題からそれほどの大規模な術を連発することはできない。


水の触手や水の塊を顕現させて操るのが彼の基本的な攻撃スタイルだ。水の形を変幻自在に操り攻撃と防御を同時に行う。


文も彼の修業中に、何度か戦うことを想定したシミュレーションを行ってきた。だが何度やっても勝つビジョンが浮かばなかった。


水属性の魔術に対して取れる手段は案外少ない。炎で蒸発させるか、凍らせるか。その二つが主な対策となるだろう。


だが倉敷のように大質量の水を作り出せる人間にとって、少し蒸発させても、少し凍らせても意味がない。


同じように高出力の炎や冷気を作り出さなければ対策することはほぼ不可能だ。


文が使用する魔術は主に電撃、水に風といった属性も使えなくはない。だが倉敷の使う術を無力化できるほどではないのだ。


あともう一つ、文には切り札があるが、これも想定では何度か防がれてしまっている。決定打となるとは思えなかった。


「少なくともこの場の中で、あいつをバカにできるやつはいないわ・・・あいつはそれだけの努力を続けてきたんだもの」


「・・・そっか・・・そうか・・・そうだね」


努力。その一言で片づけられるほど、倉敷が重ねてきたものは軽くはない。魔術師からは馬鹿にされ、自分自身で術式を作り、周りから利用されながらも強くなってきたのだ。


康太と出会ったのが一つの転機で、それが良いことだったのかは文には分らない。だが今の倉敷は生き生きしているように見える。


「君らも努力してきたんでしょ?それなら君たちのほうがすごいんじゃ」


「・・・私は大したことはしてないわ。たぶん、努力っていう面ならあの二人よりも大分劣ると思う」


文は生まれながらにして魔術師として恵まれた素質と才能を有していた。そのためたいていの努力をすればそれなり以上の結果を持つことができた。


だが康太や倉敷はそうではない。魔術師として恵まれた素質を持たなかった二人がしてきた努力は、はっきり言って文のそれの比ではないのだ。


いつの間にか倉敷や、残りの二人も交えて強くなるにはどうしたらいいのか談義が始まっている。


男同士でどうやったら強くなるのかとか、武器を持ってるとかっこいいとかこういう武器のほうがいいだとか、いかにも男の子らしい話に花を咲かせている。


「この中で一番努力してきたのはビーよ。その次がトゥトゥね。毎日死にそうになってるくらいだもの」


「・・・それくらい努力しないと彼みたいにはなれないのか」


「素質にもよるけどね。あいつの場合は師匠がちょっとあれだったっていうのもあるけど・・・噂くらいは知ってるでしょ?」


「・・・とんでもないってことくらいは」


「それで十分すぎるわ。あの人はなんていうか・・・無茶苦茶というか・・・中国に行った時はまだ私たちが一緒にいたからよかったけど・・・たぶん一緒に行かなかったら大変なことに・・・」


「・・・中国・・・?」


「・・・あぁごめん、依頼の話よ。あんまり知らないほうがいいわ」


「まぁ・・・そうだろうね。デブリス・クラリスが出てる依頼なんて、俺らが知ったところでどうなるわけでもないし・・・」


小百合の危険性はまだ本格的に協会で活動していない魔術師でも知っている。そしてその二番弟子である康太の危険性も。


だからこそ関わりたくはなかった。だが仲間の三人があのように打ち解けているところを見ると、そこまで危険な人間ではないのではないかと思えてしまう。


文からしても、康太が同世代、ないし近い世代の魔術師とあのように話しているのは初めて見る。

交流に連れてきてよかったと、素直に思えていた。



誤字報告を25件分受けたので六回分投稿


ようやくカウントを一掃できた


これからもお楽しみいただければ幸いです

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ