体に刻まれた
「海!来たぞ海!」
翌日、康太たちは自由行動ということもあって近くの海に遊びに、もとい泳ぎにやってきていた。
多くの生徒たちが同じような目的でやってきている。康太たちもその団体の一つだった。
そして多くの生徒たちがやってきているということがわかっているからか、何人かの教師の姿も確認できる。
やはりというかなんというか、引率というのは大変なのだなと近くでくつろいでいながら周りに気を配っている教師たちを見て康太は内心頭を下げた。
「あ、いたいた、おーい、お待たせ!」
康太たちのグループを見つけたのか、文たちのグループが小走りでやってくる。全員が水着を身に着けており、いつでも泳ぐ準備万端という感じだった。
「おぉ、沖縄の海に女性の水着は映えるねぇ・・・うん、カメラ持ってくるべきだったわ」
「同感、携帯だけでも持ってくればよかったね。いい光景だったのに」
「目に焼き付けなさい、せっかくこうして遊びに来てるんだから」
「そうそう、写真撮ってばっかで遊べなかったら損じゃん?」
文たち女子の言葉に、康太たちはそれもそうだなと互いに頷いていた。
とりあえず早く泳ごうと、康太たち男子は上着を脱ぐと、女子たちが全員少しだけ目を丸くした。
「・・・やっぱ陸上部だと結構筋肉つくんだね・・・すごくない?」
「うん、特に八篠君すごいね、腹筋くっきり割れてるじゃん」
「うわぁ・・・ちょっと触っていい?」
男性の筋肉にあまり関わりがないためか、女子たちは興味津々のようだった。もとより陸上競技を行っているために脂肪は少なく、筋肉は多い。そのため服を脱げば鍛え上げられた肉体が露出されるのである。
「触ってもいいけどくすぐらないでくれよ?俺結構くすぐったがりなんだから」
「ほほう?それはいいことを聞いた」
「ちょっとまて、その手はなんだ?おいちょっとま・・・あははははっははははははははははははははははは!」
青山がさっそく犠牲になった中、康太と島村は何とかくすぐりから逃げようと反復横跳びのような動きをして女子たちから距離を取ろうとする。
女子たちもそれを追うべく奇妙な動きで追いかけようとするが、テニス部と陸上部、どちらも敏捷性に長けていなければできない種目に身を置いているものとして簡単に決着がつくはずもなかった。
「はいはいそこまで、さっさと泳ぎましょ?こんなきれいな海にいるのに泳がないなんてそれこそ損よ」
「それもそうだな。おら青山行くぞ!」
「はははは!ちょ、ちょっと待ってくれっての!息が整わない・・・!」
笑わされ続けていた青山は呼吸困難に陥っているが、そんなことは気にせずに康太はさっさと海の中へと走っていく。
泳ぐのはいったいいつぶりだろうかと思い出しながら、康太は海の中で自由自在に泳ぐ。
空中に出るのとはまた違う浮遊感、体にまとわりつく水の抵抗が心地よく、自分の体が水を押しのけながら進むのが楽しかった。
そんな中、康太は自分の背中に文が近づいていることに気付く。
そして先ほど、少し気になったことを聞いていた。
「ちょっと海に入るようにせかしてるように見えたけど、なんかあったか?」
「別に・・・ただ、あんたの肌はあんまり見せつけないほうがいいと思うわよ?小さくて目立たないけど結構傷があるから」
康太の体は全身傷だらけだ。いつも小百合に苛め抜かれるような形での訓練、そして実戦では直撃しない代わりに皮膚を掠るような形で回避し続けている。
大きな負傷こそ今までしていないものの、康太の体は傷だらけなのだ。それこそ陸上部で負うようなものではないものばかり。
それを気づかれないように、文は早めに海に入るように促したのである。
「まぁなんてことないけどね・・・怪我しやすいっていう言い訳を使わなくて済んだってだけの話よ・・・あんたのそれ、説明するの地味に面倒でしょ?」
「そうだな、自分じゃ気づかないけど、やっぱ気になるか?」
「まじまじと見てるとわかるくらいよ。それと、意識するとわかっちゃうくらい?あんたの裸なんてもう見慣れてるけど・・・みんなはそうじゃないからね」
先ほど康太の筋肉に驚いていたように、康太の体に興味を持っても不思議はない。そして観察しているうちにその傷に気付かないとも限らないのだ。
「あぁ、文さんが男の裸を見慣れてるだなんて・・・随分と染まってしまったんだなぁ・・・あの頃の清純な文さんはどこへ行ってしまったのか・・・」
「失礼なこと言わないで、私は今だって清純よ。ちょっと汚い手段でも取れるようになったってだけ」
清濁併せ吞むとはよく言ったもので、文は良い部分と悪い部分をうまく使い分けることができるようになってきているように思えた。
文の髪が康太に絡みつくように漂う中、康太は自分の体をまじまじと観察する。
腕、腹、足、康太の目に見える体には文の言うように傷がたくさんついている。
それらがすべて康太が戦ってきた証であり、康太が強くなってきた証拠だった。
普通の高校生ならこんな体ではないだろう。普通の学生ならばこんな風にはなっていないだろう。
「なんか世紀末っぽい体になっちゃったな・・・いっそのことモヒカンにして肩パットでもつけるか」
「せめて主人公の方にしてくれない?なんでモヒカンをチョイスするのよ」
少しだけ落ち込んでいる康太に文は突っ込みを入れながら泳ぎを再開していた。
康太も負けじと深く潜る。水の中には太陽の光が注ぎ込み康太の体を照らしていた。
光によって影が生まれ、康太の傷が浮き彫りになっていく。それが積み重ねた者の重みであるということを、康太は実感していた。




