少女の勢い
康太は文に言われた通り、一人で行動していた。
団体行動をしなければいけない時間であり、観光中であるということもあって同級生たちは大勢で行動しているが、康太はその枠から外れて一人、少し外れた場所にいた。
今どこに生徒たちがいるかということは康太も把握している。仮に移動時間になってもすぐに合流できる絶妙な位置である。
青山と島村には、とりあえず買いたいお土産が先ほどの店にあったから走って買ってすぐ戻ると伝えてある。
暗示を含めた伝言であるため、多少遅れても問題なく言い訳することができるだろう。
文に言われた通り一人で行動しているが、一人で行動し始めてから康太は視線をわずかにしか感じなくなっていた。
当然と言えば当然だろう。視線の主は同級生たちの中の誰かなのだ。団体行動から外れれば当然その視線もほとんど感じなくなるというものである。
だがなくなったわけではない。おそらく康太の後をついてきているのだ。時折見失いながらも、何とかついてきている。団体行動から外れるということもあって時折抜け出して康太の様子を見に来ているというべきだろうか。
康太はそうしてようやくその人物が誰なのかを把握できていた。
女子生徒なのだが、康太の知っている人物ではない。以前一緒にプールに行ったメンバーでもなければ、康太が今まで接触した覚えもない。
いったい誰だと康太はいぶかしみながら、とりあえずその人物の場所を特定してゆっくりと動き出していた。
急に動けば相手も驚くだろう。少し死角に入ってうまく相手を誘導するつもりだった。
康太が土産などを売っている店に入って待ち伏せすると、案の定その生徒もこちらにやってきていた。
そして店の入り口に近づくと同時に、康太は店を出て鉢合わせするように仕向ける。
「あ・・・!」
「・・・ん?誰?」
康太に見つかったからか、女子生徒はかなり驚いた表情で康太の方を見ていた。
実際に顔を見てもやはり康太はその人物に覚えがなかった。
一見すると、平凡な顔立ちだが、わずかにウェーブがかった髪と、きれいな肌をしている。文には劣るものの、綺麗と称するに値するだけの女子生徒だった。
「お前、なんでこんなところにいる?団体行動してなきゃダメなんじゃないのか?それとも俺に何か用か?」
康太に洗脳などの魔術が使えれば、強引にその質問で相手の真意を聞くこともできたのだろうが、あいにくと康太は暗示の魔術くらいしか対人用の精神干渉系魔術は使えない。
いろいろと聞くのも面倒なので、直接聞くことにした。
「えと・・・あの・・・や、八篠君・・・だよね?」
「あぁ、八篠康太だ。お前は?」
「・・・萩野・・・萩野京子・・・あの・・・いま、いいかな?」
「なんだ?」
団体行動している中で一人離れて行動しているのだから時間があるかと言われればないのだが、この先視線を気にしなくてもよくなるのであれば時間程度は惜しくはない。
移動するまでに戻ればいいのだと康太は意識を生徒たちの方に向け、まだそこまで距離がないことを確認すると目の前の女子生徒、萩野京子に話をさせるように促した。
「えっと・・・八篠君さ・・・最近・・・変わった?」
「俺か?そこまで変わってないと思うけど・・・なんで?」
「えっと・・・去年の冬あたりから・・・ちょっと雰囲気変わったなって・・・それで・・・あの・・・な、悩みとかあるなら・・・相談に、乗れるかなって・・・」
「・・・それを言うために俺のところに?わざわざ?」
「えと・・・あの・・・鐘子さんが・・・こっちに行ってるからって・・・教えてくれて・・・その・・・」
どうやらあまりしゃべるのが得意なタイプではないようで、自分で言おうとしていることを何度も頭の中で考えなおしながら何とか康太に言いたいことをまとめているようだった。
だがそれを口に出そうとしても、頭の中で再度新しい考えが浮かんでは消えてを繰り返し、まともに話すことができていない。
こういう時に精神に干渉できる魔術を覚えていないというのは不便である。覚えていれば直接干渉して強制的に落ち着かせることもできたのだが。
「一度深呼吸しておけ。考えがまとまってからでいいから・・・っていうか文のやつ・・・なんだって俺に・・・」
おそらく康太がいる場所を確認してこの女子生徒をけしかけたのだろう。間違いなくこの女子生徒が康太に視線を向けていた人物で間違いないのだろうが、一度もあったことがないような女子生徒に視線を向けられるだけの理由が康太には分らなかった。
女子生徒の話を聞く限り、おそらく去年の冬ごろから視線を向けられていたのだろう。その頃はまだ視線を感じ取る能力があまりなかったから気にしなかったのだろうか。
康太は頭を捻りながらも目の前にいる女子生徒に意識を戻す。
「別に悩みとかはないし、相談に乗る必要もないぞ?で?それが本題じゃないだろ?」
悩みがあるといえばあるのだが、康太の悩みは一般人に解決できるようなものでもないし、基本的に悩みがあったら文に相談している。
そういう意味では悩みを相談できる相手ではないのだから言っても仕方がない。今悩みがあるとすればこの視線に対する悩みくらいである。
「えと・・・あの・・・八篠君は、好きな人はいますか?」
覚悟が決まったのか、萩野はまっすぐに康太の方を見てそういう。そこまで言って康太はようやく理解した。
あぁ、これは告白なのだと。
どうしたものか。康太は割と真剣に悩んでいた。
康太は基本的に告白された経験が少ない。文に告白されたのがほぼ初めての告白なのである。
しかも康太は文のことが好きである。そしてすでに付き合っているということもあってこの告白を受けるつもりは毛頭なかった。
とはいえ、まだ明確には告白すらされていないのに話を切り捨てるのもどうかと思ってしまう。
すでに好きな人がいるというべきか、付き合っている人がいるというべきか。もしそれを言った際に『じゃあそれはだれか』などという話になったら面倒なことになるのは目に見えている。
女子同士のいざこざは面倒だという。そんな面倒ごとに文を巻き込むのはどうかと康太は思ってしまう反面、文ならばなんとかできるだろうという考えもあった。
「えっと・・・一応いる。好きな人」
「そう・・・ですか・・・あの・・・それって・・・うちの学校の人ですか?」
ここでそうだと言われればきっと『じゃあそれは誰だ』という質問に切り替わるだろう。ならばここは適当な人物を思い浮かべてその人物についてのことを話したほうが話を斬りやすいのではないかと康太は考えた。
「いや、この学校の人じゃないな」
「年上ですか?年下ですか?」
「年上だよ」
「あの、身長は高いほうですか?低い方ですか?」
「俺よりは低い」
「髪は?長いですか?短いですか?色は?」
「・・・セミロング、ちょっと茶髪」
康太が想定しているのは自分の兄弟子の真理だった。一応尊敬できる人物であるためにこういう場で引き合いに出すのは少し申し訳なく思ったが、文を守るためであれば真理も許してくれるだろうと康太は内心謝罪しながらその外見などを思い出していた。
先ほどまではしどろもどろだった口調がだんだんとはっきりしてきている。聞きたいことがはっきりしてきたことと、目の前にいる康太にテンションが上がっているのか、徐々に詰め寄ってきている。
これ以上近づいたら対処してやろうかと僅かに警戒態勢に移行するも、一般人の、それも女子に対してそれは必要ないのではないかという気にもなってしまう。
すぐ戦闘態勢に移行しようとしてしまうのは悪い癖だなと、康太は自分の警戒心の高さに辟易してしまっていた。
「っていうかなんでそんなこと聞くんだよ。お前に何か関係あるのか?」
「・・・え・・・?あ・・・!えっと・・・その・・・」
康太の発言に自分がどれだけ踏み込んだ質問をしてしまっているのか、そしてどれだけ康太に詰め寄ってしまっているのかを理解したのか、申し訳なさそうな表情をして一気に康太から距離を取る。
なかなかいいバックステップだなと感心しながらも、康太は目の前の少女が結構いっぱいいっぱいなのだなと理解する。
おそらく彼女は今自分でも自分がどのような状況なのか正確に理解できていないのだ。興奮しているというのと緊張しているのが相まって、冷静な判断ができていないように思えた。
恋する乙女はいろいろ暴走するということをかつての文を見て思い出す。告白してきたときの文もだいぶ暴走していた気がするなと懐かしく思いながら康太は内心ため息をついていた。
康太は団体行動している生徒たちの方に意識を向ける。もうすでに団体のほとんどが康太が認識できない場所に移動しつつある。そろそろ康太たちも移動しないとおいていかれてしまいかねない。
話を早く切り上げてこの場から離脱したいところだった。
「わ・・・私じゃ・・・ダメですか?」
「は?」
「私は、髪も黒いですし・・・髪短いですし・・・小さいですし・・・普通以下ですし・・・ですけど・・・!私じゃダメですか!?」
「・・・何が?」
言いたいことはわかるのだが、あまりにも主語やら述語やらが抜けすぎていて何がだめなのか、何がいいのかわからなかった。
彼女になりたいという考えはわかる。だがだいぶ混乱しているのか、言語が完全に支離滅裂になってしまっている。
無駄にテンションを上げてしまっているのがそれを加速させているようだった。
「毎日お弁当作ってきます!部活の時は応援します!一緒に勉強したり、遊びに行ったり!それと・・・それと・・・!」
「待て待て落ち着け・・・勝手に話を進めるな。一度深呼吸しろ、わけわからなくなってきてるぞ」
尽くすからこの想いにこたえてくれと言いたいのはわかるのだが、テンションが上がりすぎて自分が何を言いたいのかもまとまっていないのがよくわかる。
このまま暴走させるよりも一度落ち着かせたほうがいいなと、康太は萩野に深呼吸を促した。
萩野は自分がかなり暴走していたことに気が付いたのか、再び康太から距離を取りゆっくりと深呼吸して見せる。
とはいえこのまま彼女に話させていたのでは話が先に進まないなと、康太はどういえばあきらめてくれるかなと目の前の少女を見て困ってしまっていた。
土曜日なので二回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




