修学旅行の小さな悩み
「というわけで隣のクラスのやつから見られているのは確認した。相手はたぶん女子なんだ。何か情報ないか?」
「・・・なんか妙にピリピリしてると思ったらそういうことだったのね・・・さっさと相談すればもうちょっと早く対応できたのに」
康太はその日の夜、ホテルでの夕食を済ませた後文に先ほどまで感じてた視線のことを話していた。
文自身も康太が妙に集中力を高めていたことに勘付いていたため、その話を聞いて納得がいったという様子である。
「あんたの近くにいて、視線を送ってたってことは同級生でしょ?ならだれかあんたのことを気にしてるってことじゃないの?」
「そうそう。なんだけどさすがにあれだけ人がいてあれだけ動いてたらちょっと特定が難しくてさ・・・ちょっとだけ手を貸してほしいわけよ」
以前船越の視線を感じ取ったように、ある程度の規則性をもって動いている人間であれば特定は難しくはない。
だが今回のように不特定多数の人間が不規則に動いている状態でそれを確認し特定するのは簡単ではない。
時間も限られていたということもあって、康太の隣のクラスの人間であるということはわかっているが、それ以上のことはわからなかったのである。
「同級生如き放っておきなさいよ。別に私たちと同類とかってわけでもないんでしょ?」
「まぁな・・・俺らの世代は俺らだけだし、例外は倉敷だけだからな・・・それも違うのはさっき確認した」
すでに倉敷には話を聞いて康太を見ていないことは確認済みである。あとは一般人である同級生くらいしか該当しない。
「けどさ、ずっと見られてるってわかるのは嫌なもんだぞ?お前だって後ろからずっと誰かがついてくるとかなったら気になるだろ?」
「あぁ、あんた的にはそういう感覚なのね?ずっと見られてるっていうか、意識を向けられてるって・・・まぁ監視みたいな感じ?」
「似たようなもんだな。気持ち悪いうえにざわざわする。人の視線がわかるっていうのも嫌なもんだな・・・」
訓練によって得たこの察知能力だが、日常生活においては邪魔でしかなかった。戦闘中、あるいは戦闘態勢に入っているときには非常に役に立つのだが、研ぎ澄まされた康太の感覚は一般人の悪意ない視線すら感じ取れるようになってしまっている。
これでは日常生活もままならないかもしれないなと康太はため息をついていた。
「そうね・・・って言っても、私だって同類じゃないなら索敵を張っても限界があるわよ?あんたの索敵より範囲が広いってくらいなんだし」
「んー・・・どうしたもんかな・・・せっかく羽を伸ばせると思ったのに・・・」
「一応気にしないでおいたらいいんじゃないの?難しいかもしれないけど、気にしてたらそれこそ休めないわよ?」
「・・・歯の間になんかが挟まってる状態が続いて気が休まるか?気になってしょうがないだろ」
「・・・わかったわよ、ちょっと情報集めてみるわ。たぶんだけど・・・まぁ気にしなくてもいいようなことだと思うわよ?」
そういいながら文は意識を康太からそらして別の場所へとむけていた。康太もその先に視線を向けるが、その先には誰もいなかった。
「その根拠は?」
「・・・私の勘よ」
「・・・珍しいな、文が勘頼りとは」
「まぁたまにはね・・・どっちかっていうと女の勘よ・・・あんまりおもしろいものじゃないけどね」
「そうなのか・・・俺実は同級生から嫌われてたりするのかな?」
学校において康太のポジションは別にどの位置にも収まっていない。好かれているというわけでもなく嫌われているというわけでもない。
良くも悪くも普通の立ち位置だ。交友関係は多くもなく少なくもない。そのためこれといって好かれるということも嫌われるということも今まではなかった。
約一名、康太に好意に近い何かを向けていた女子生徒はいる。今も普通に会話程度はするがそれ以上踏み込んでこないので文も完全に静観の形をとっていた。
これだけ視線を向けているのだから、何かしら康太に用があるのだろう。問題はその要件がなんであるかということである。
「康太、あんた明日一人になれるタイミングってある?」
「明日?明日も団体行動だろ?難しくないか?」
「昼じゃなくてもいいわ。どこかのタイミングで、一時間くらい一人になれる時間を作って。そうすれば明日にでも問題は解決するから」
「なんだそりゃ。最悪暗示を使えってことか?」
「そうね。なんかしらの理由を作るなり、こじつけるなりしてうまく一人になりなさい。私が何とかするから」
「修学旅行に来てまでなんでボッチにならなきゃいけないんだ・・・ったく、その視線のやつめちゃくちゃ迷惑だな・・・」
「・・・そういわないであげなさい。向こうだってあんたに気付かれてるとは思っていないんだからさ・・・っていうか普通は気づかないわよ」
普通の人間は視線を向けられても気づかない。暗に普通の人間ではないと康太は言われていたが、康太は魔術師なのだからと無理矢理納得することにする。
良くも悪くも訓練の成果が出てしまっているのだと、康太は小さくため息をついていた。




