気になるのは
沖縄における観光はスムーズに進んでいた。バスに乗り、それぞれの説明を受け、昼食を食べまた移動する。
途中で買い物なども含めていくつかの場所を回ったが、どこもかしこも康太が今まで行った場所とは少し異なる場所ばかりだった。
何と言えばいいのか、日本ではないような印象を受ける場所もいくつかあったほどである。
雰囲気なのか匂いなのか、どうにも康太の知る日本とは異なる雰囲気を受ける。
そんな中、康太は少し気になることがあった。
誰かに見られているのである。
見られている気がするとかそういうレベルではない。間違いなく誰かに見られている。それがいったい誰なのか、移動し続けているうえに人の多いこの状況では判別できていないが、飛行機を降りて移動し始めたあたりから妙に視線が絡みついていた。
日々の訓練のたまものか、視線を感じる気がするとかそんなレベルではなく誰かに見られていると確信を持って言える。
敵意や殺意がないために今のところ放置しているのだが、さすがにこれがずっと続くというのは鬱陶しい。
せっかくの旅行だというのに誰かに見られながらというのは非常によろしくなかった。とはいえ、魔術から離れて羽を伸ばそうというのにこういった視線に気づいてしまっている時点でもはや羽を伸ばすことなど不可能なのではないかと思えてしまう。
「どうした八篠、目つき悪くなってるぞ」
「え?あぁ、明るくて目が開けてられないんだよ・・・妙にまぶしくないか?」
「そうかな?八篠って光ダメだったっけ?」
「ダメではないけど今はちょっとダメな感じだな。まぶしくて目を開けていられない。これが南国沖縄の太陽の力か」
「いや大して違いはないと思うけどな」
一瞬目つきが悪くなっていることに気付かずに焦ったが、すぐにそれらしい言い訳を作ることができていた。
鬱陶しいと思っただけでわずかに戦闘態勢に入ってしまっているあたり毒されてしまっているのがよくわかる。
見られているだけで警戒し戦闘態勢になるなんて普通ではありえない。というかそもそも戦闘態勢というものがある時点でおかしいのだ。
魔力がなくても康太はある程度戦えてしまう。そういう意味では羽を休めるのは非常に厄介である。
小百合が言っていたのはこういうことなのだろうかと、少しだけその言葉の意味を理解しながら康太はどうしたものかと迷っていた。
視線の方角は場所によって変わる。というか人の流れの中でちょくちょく自分に視線を向けているというべきか。
要所要所、康太が移動するたびに視線を感じることを考えると、どうにも康太の行き先を逐一確認しようとしているようにすら思える。
魔術師としてのことはすべて忘れようと思った康太だが、このような状態では羽を伸ばすどころではないと思い、仕方なく魔力を補充し始める。
康太の貧弱な供給口では魔力をためていくのも非常にゆっくりになってしまうが、それでも索敵の魔術を発動する程度のことはできる。
とりあえず視線の方角に何かがあるのではないかと索敵を発動するが、やはりというか当然というか、康太の索敵の魔術に魔術師らしき存在は確認できなかった。
単に視線の主が康太の近くにいないのか、それとも見ている人間は魔術師ではないのか。この状況では判断できなかった。
康太の索敵能力よりも、康太の視線に対する察知能力のほうが勝っているせいでどちらの可能性が高いのかも不明である。
自前の察知能力のほうが魔術よりも優秀では正直困る。
まともな索敵魔術を覚えないとなと、康太は反省していた。
とはいえ反省していても話は先に進まない。どうしたものかと康太は考えていたが、先ほどからバスで次から次へと移動し続けているのにもかかわらずこの視線はずっとついてきている。
つまり康太と一緒に移動している誰かのものではないかと考えたのだ。
視線の感じからして文や倉敷ではないのは間違いない。ではだれか。不明ではあるがおそらく学校関係者である可能性が高かった。
もっとも、地元魔術師が自前の車を使って康太のことを追跡している可能性もないわけではない。
いっそのこと文に協力を仰ごうかとも考えたのだが、文だって修学旅行を楽しみたいはずである。
康太の余計な一言で臨戦態勢にさせるわけにはいかない。同じ理由で倉敷への協力も却下される。
仕方がないと、康太はある種割り切って行動することにした。
視線の方角にどんな人間がいるのか、こちらから逐一把握することにしたのである。
誰がいて、どのような人物がいて、その共通点は何か。
少なくともずっと見てきているのだから何かしらの共通点があるはずなのである。
文や倉敷に協力を打診するのはそれが判明してからでも遅くはない。
攻撃を仕掛けてきたり生徒を人質にするような気配は今のところないのだから問題はないと康太は判断していた。
見られているというのはあまり良い気分ではないが、いちいち事を荒立てるよりはずっといい。
康太は旅行中にもかかわらず、戦闘中であるかのように集中力を高めていた。




