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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
五話「修業と連休のさなかに」
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魔術の限界

「ってことはさ、文は分身の術とか使えるのか?」


「何よ術って・・・分身ってよりは幻影に近いかな・・・例えば人がいて、その人を別人に見せるくらいなら」


「へぇ・・・それってどうやってるんだ?」


「光魔術をちょいちょいっと・・・でも扱いが難しくて・・・」


そう言うと文は集中しながら魔術を発動する。すると文の顔が徐々に変化していく。正確には変化していくように見えているだけだ。


恐らく顔から反射している光を変化させて顔を別人のそれに見えるようにしているのだろう。これがかなりの高等技術であることは容易に想像できた。


完成したのはどこか微妙に何かが違う康太の顔だった。


康太の顔を似せようとしているというのは理解できるのだが、何かが違うのだ。顔全体を見ればそれが康太のものであるというのがわかるのだが、パーツ一つ一つが若干違うために非常に惜しい出来栄えになっている。微妙に惜しいクオリティというべきか。どうやら変装の域には達していないようだ。


「あー・・・なるほど・・・こうやって別人を自分みたいに見せることができるってわけか」


「これ難しくて・・・これ使ってる対象が動いてるとまともに使えないのよ・・・だから動かない人形とかに使って的を絞らせないくらいしかできないのよね・・・」


マネキンなどを使って姿形を大雑把に似せることはできるようなのだが、どうにも動く対象に発動するには練度が圧倒的に足りないらしい。文は光属性の魔術を得意としているがそれでもこれだけの精度というあたり相当難易度が高いのだろう。


練度が上がればそれこそそこいら中に歩いている人全員を別人にすることもできるのだろうが、そのあたりは難しいらしい。


文が扱っている光属性の魔術は基本的に遮光などに用いられる。魔術師の行動時間が夜であることから身を隠すことには非常に重宝しているようなのだが、それ以外の使い道をしているところをあまり見たことがない。


光属性の魔術は基本的に難易度が高いものが多いのだろうかと思えてしまう。どの属性も使ったことがないためにその違いははっきり言って康太には理解できないのだが。


「じゃあさ、それこそ忍術みたいな分身はどうやればできるんだ?こう煙がボワンと出てくる感じで生まれる分身は」


「そうねぇ・・・体そのものを別物で代用して作らなきゃいけないでしょ?そうなると何がいいかしら・・・ゴーレムとかなら土でいいけどそれだと見た目が良くないし・・・土の上に金属膜を張れば・・・そこから光属性で色付けして・・・」


実際に分身を作るにあたりどのような工程を行えば一番効率よく行えるかというのを本格的に考えているようなのだが、そのどれも康太にはできそうになかった。


ゴーレムというのは一度魔術協会の日本支部で巨大なそれを見たことがあるが、あんなものを操ることが康太にできるとも考えにくい。


何よりあれは土属性の魔術だ。康太には恐らく手の届かない部類のものだろう。


「そう言うのでもいいんだけどさ・・・肉体を疑似的に再現するようなのは無いのか?影分身的な魔術」


「あのね・・・あんなのそう簡単にできるわけないでしょ・・・そもそもどういう理屈で分身してるのよあれは、物質的な干渉もできて術も発動できる本当の分身でしょ、そんなの精神を分離させない限り・・・ってそうか、精神を分離させればいいのか・・・それなら・・・」


もしかしたら精神を分離させる魔術に心当たりがあるのか、文は真剣なまなざしになりながら本気で悩み始める。ああでもないこうでもないと試行錯誤しながら自分の中で本当の分身を作り出すべく徹底的に考えを巡らせているようだった。


「精神を分離って・・・そんなことできるのか?」


「不可能じゃないわ、一応そう言う魔術もあるのよ。ただそれはかなり特殊な部類でね、二重人格者の魔術師が使ってた魔術で自分の中にいるもう一人の人格をゴーレムに一時的に宿らせて動かすっていうものなんだけど・・・」


「・・・それってつまり多重人格者じゃないとできないってことじゃないのか?」


「その人がそう使ってたってだけで使いようによっては別の使い方もできるはずよ。刃物だって一つのものしか切れないわけじゃないでしょ?別の切り方とかができればいろいろ応用ができるはずなのよ」


つまり一つの魔術は一つの使い道しかないわけではないという事を言いたいのだろうが例えが微妙にわかりにくいなと康太は眉をひそめる。


だが確かに精神を二つに分離するようなことができれば先程康太が挙げたような経験値を本体に転送できる分身も可能になるかもしれない。


もっともそれができたところで相当面倒なことになる。


ゼロから体を作り、その体を本体に似せ、精神を分離させて分身を動かす。これだけでも三工程以上の魔術が必要になる。


しかもどれもが練度の高い状態で発動しなければ恐らく全くと言っていいほどに似ていない分身が出来上がるだろう。


先程の残念な康太の顔ではないが、どれもこれもが中途半端になるとそれこそ分身というよりはただのキグルミもどきになりかねない。


「精神分離かぁ・・・失敗すると面倒なことになりそうだな。二つに分けるんじゃなくていっそのこと複製しちゃったほうがいいんじゃないのか?」


「簡単に言うわね、複製って結構難易度高いのよ?ただの物質の複製だって大変なのに精神の複製なんてできるわけないじゃないの」


魔力によって複製するというのも不可能ではないらしいのだが、複製としての完成度が高いものであればあるほど難易度は跳ね上がるらしい。


贋作にしてもオリジナルのレベルが高ければ必然的に難易度が高くなるのと同じ理屈らしい。魔術というのも実際案外不便なものだなと康太は残った弁当を口の中に放り込みながらどうにかできないものかなと悩んでいた。もっとも悩んだところでそれができるわけでもないのだが。


「俺なんかが使ってる再現とはまた別物なんだろ?複製と何が違うんだ?」


「あんたのあれはただ単に魔術を使って擬似的に再現してるだけじゃない、複製のそれとは全くの別ベクトルよ。フレンチトーストとショートケーキくらい違うわ」


その例えはどうなのだろうかと康太は眉をひそめるがとりあえずパン系統であることには変わりないのだなと自分の手を握りながらふぅんと呟く。


康太は基本的に再現の魔術を用いているが、あれは自分の動作を元にしたものだからこそ高い再現率を得られるのだ。


自分の体が記憶している、自らの行動によって得られた効果や物理的な干渉力を魔術によって再現しているのが康太の用いる『再現』の魔術である。


だが複製の魔術というのは基本的にそれらとは根本から異なる。文に言わせるとフレンチトーストとショートケーキくらい違う。その両者にどれほどの違いがあるのかは意見が分かれることになるだろうが、それについては今は置いておくことにする。


「複製って魔術はどうやってやるんだ?俺でもできるかな?」


「精度の低いものならできるかもね・・・でもすごく効率悪いわよ?難しいわりに得られるものは少ないって感じ・・・知らなきゃいけないこともたくさんあるしね」


文のいう通り、複製の魔術というのは実際効率が悪い。いや正確に言えばその難易度に対して得られるものが極端に限られた効果なのだ。


例えば一つの道具を複製しようとする。その場合まずその道具に使われている材質を理解しなければならない。何でできているか、どんなものを使って作られているかをすべて理解しなければ正確な複製はできない。


次にどのような技術を用いて作られているか。


これは構造さえ理解できるのなら最悪省いてもいい工程だが、これをすることによってより高い精度での複製が可能になる。構造だけを知っていれば問題ないだろうが、作成時の技術を理解することでその技術でしか付き得ない傷や特徴をより細かく模倣することが可能だからである。


更に言えばどのような用途、どのような思惑をもって作られたのかを理解しておくと精度は高まる。もっと言ってしまえば誰が使っていたのか、作られてからどれくらいの月日が経っているか、どのようなものを対象にして使用されていたか等々、把握しなければいけないことは山ほどある。


一つの道具を複製するにあたって、本気で精度を上げようとすればそれだけ知らなければならないことがある。


それらの知識を頭にいれたら次にその複製に入る。複製に当たって素材に用いられている物質の属性を正しく理解しその属性に適応している魔術を用いて複製していくのだ。


当然これも相当高い精度を要する。『完全なる複製』を作ろうとする場合、その作業は数キロ先の針の穴を射抜くのと同レベルだと言わざるを得ない。


「・・・そんなに難しいのか・・・」


文の一から十までの複製の説明に康太は口元に手を当ててしまう。知らなければいけないこと、そしてその知識を正しく反映させられるだけの技術がなければならない。


複製という魔術は簡単なように見えてその実非常に難易度の高い高等魔術なのである。そして難易度に対して得られるものは複製したものだけ。正直採算が合わないのだ。


「もっとも、今時真に迫るほどの複製をする人なんてほとんどいないけどね・・・中には本物を越えようとするもの好きもいるけど、そう言うのは本当に一握りよ」


文のいうように現代の魔術師がそこまで緻密な複製を行うような必要性はほぼないに等しい。


何故なら手に入れようとすれば大抵のものは手に入るし、わざわざ労力を割いて複製をする必要性が無くなっているからである。


複製が必要だとしても飽くまで代用品程度の役割しか持たず、代用品以上の価値を見いだせないレベルのものしか作らないのである。


つまりは複製する場合オリジナルに比べると何割も劣るような劣化物しか使わないという事である。


「でもさ、そう言うのだったら金塊とか複製した場合どうなるんだ?金儲けし放題じゃないか?」


「あんたね・・・魔術のことをなんだと思ってるのよ。どっかの漫画の錬金術じゃないんだから一度使った魔術は効果が無くなれば元に戻っちゃうわよ」


「え?未来永劫金塊になったりしないのか!?」


「なるわけないでしょ・・・魔術は基本的にその場しのぎの現象、それによって変化したものはそのままだけど魔術そのものは消えちゃうでしょ。あんたの魔術だってたいていそうでしょ?」


魔術というのは未来永劫発動し続けていられるというわけではない。魔術によって破壊されたものはそのままだが、魔術自体は発動を止めればその場で消滅してしまうのである。


先にあげた複製でも同じことが言える。複製というのは基本的にゼロから生み出すものだ。魔術を発動している間はこの世界に現界し続けるが、その効果が無くなれば自然とカスミのごとく消えていく。ただしその複製によって破壊されたものなど、複製によって引き起こされたものは魔術そのものではなく魔術による副産物であるのでそのまま残るのだ。


「なんだよ・・・クズ石を金塊にするとかできないのか・・・」


「まぁできないわけじゃないでしょうけど少なくともそういう魔術は知らないわね。それってつまり物質の構造そのものを変化させるってことでしょ?そこまでの影響力は魔術じゃまず無理よ・・・」


どこかの金髪で小さな錬金術師のように何でもない土や石を金塊に変えることができれば金儲けし放題だと思ったのだが、どうやらそんなに簡単な話でもないようだ。


魔術というのは可能不可能がある。そんなことは最初から分かっていたことではあるが夢がない話だなと康太は項垂れてしまう。


もっともそんなことができるなら今頃魔術師は大金持ちになっているだろう。それがないあたり魔術の限界を感じさせる。


土曜日なので二回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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