魔術師にとっての殺人
「というか・・・これから間違いなく緊張してるだけの余裕はなくなると思うぞ?」
「え?どうしてですか?」
「あと六時間、この間に可能な限り準備を進めなきゃいけないんだ。本部や中国支部がフォローしてくれてるとはいえ、拠点攻略のために行動するのは俺らなんだからな」
康太の言うように、これから一つの組織の一つの拠点を攻め落とさなければいけないのだ。構成員を殺すかどうかはその人物によって異なるかもわからないが、相手が魔術師を雇っている可能性もある上に、ただでさえ危険なマフィアが相手ということもあって油断はできない。
あと六時間の間にどれだけ準備をして万全の状態で挑めるかは康太たちの行動次第といえるだろう。
「資料はある程度読んできましたけど・・・今回の場合・・・どうするのが適切なんですか?銃は中国支部が用意してくれてるみたいですけど・・・」
今回の相手を殺す場合、方法は限られなければならない。行方不明にするにしても数が多すぎれば不信感を誘うため、ある程度は死んでいる必要がある。その死因は銃であることが好ましい。
爆発によって死ぬというのもある意味マフィアらしいかもしれないが、そのようなことをすれば当然派手に音や衝撃があたりに響くことになるだろう。
隠密行動を心掛けたい魔術師としてはそのような魔術を所有している者はかなり限られてしまう。
「まぁお前たちは基本的に予知と防御に集中してくれていればいいよ。トゥトゥはこいつらのフォロー頼む。なんかあったら手助けしてやってくれ」
「お、なんだ前線に出なくていいのか?」
「あぁ・・・まぁぶっちゃけ相手を無力化することだけを考えるとお前の術があったほうがすごく捗るんだろうけど・・・今回は防御とフォローを担当してくれ。屋外にいたほうがお前も活躍しやすいだろうからな」
水の術を操ることができる倉敷ならば、一般人相手であればほとんど苦労せずに無力化させることが可能だろう。何せ顔の周りに水を顕現、維持するだけで相手を窒息させられるのだから。
無力化だけを考えれば倉敷の術は今回の行動においてはかなり有用なのだろうが、そう簡単に話が進まないから面倒なのである。
水気もないのに不自然に体が濡れていれば当然怪しまれる。さらに言えば状況によっては死因が窒息死などと鑑定されてされてしまうかもしれない。そういうこともあって今回倉敷は土御門の双子のフォローに回ってもらうことにしたのだ。
「天候とかを変えたほうがいいのか?俺一人だとちょっと時間かかるぞ?」
「そのあたりは要相談だな・・・場合によってはこっちが不利になるかもしれないし・・・ただ霧くらいは出しておいてもいいかも・・・いや・・・中国じゃ霧はあんまりでないのか・・・?そのあたりも向こうの人と確認しておくべきだな」
湿気の多い日本ならば雨が降り、特定の条件が重なれば霧のような状態を作り出すことはよくあることであるため、霧を発生させてもそこまで不審がられることはない。
だが今回、これから康太たちが向かう場所は日本ではないのだ。すでに違う国での戦いになっているということを頭に入れておかなければ痛い目を見るのは目に見えている。
「んじゃ俺はこの二人のお守りと・・・この二人は強いのか?」
「・・・お前よりは弱いよ・・・ていうか経験が圧倒的に足りない。うまいことフォローしてやってくれ」
康太の中では倉敷の評価はかなり上位だ。少なくとも協会に所属している魔術師と比べても遜色ないレベルである。
経験と実力を兼ね備えているとはいえ、精霊術師の倉敷と比べられ土御門の双子は少し複雑な気分だったようだ。
魔術師の名家に生まれ、魔術師になるべく育てられ、精霊術師はいわば魔術師になれなかった出来損ない。そのように教わってきた彼らにとって、自分たちよりも強い精霊術師というものがイメージできないのだ。
だが、自分たち以上の実力を持つ康太が、誰よりもその実力を知り、信頼しているという事実。それだけで今までの先入観を拭い去るきっかけを与えるには十分すぎた。
「あの・・・よろしくお願いします」
「ご迷惑をかけるかもしれませんが・・・よろしくお願いします」
「おう、よろしく。俺もできることは限られるから、そのあたりはフォローしてくれると助かる」
土御門の二人は、倉敷からどこか康太や文と似た気配を感じ取っていた。実戦を知っている者の気配。戦い、経験を積み、実力と自信を有した人間の目と声音。康太たちと一緒に行動していたからこそ身についた、自然な立ち振る舞い。
目の前にいる人のようになるには、やはり康太たちについていくしかないのだと土御門の二人は心の中で自分たちの選択が間違っていなかったのだと確信していた。
『それでは各支部、作戦開始まで自由に行動してほしい。魔術の存在を露呈しないよう、十分に注意するように・・・解散』
本部の人間の号令とともに、その場に集まっていた魔術師たちが一斉に動き出す。一時的に門の周辺が込み合うことを予想してか、いくつかの支部はまずこの場所でこれからの行動方針をまとめるようだった。
日本支部もその中の一つである。
「じゃあ支部長、ありがたい訓示の一つでもお願いします」
そんなのないよと支部長は困ったような声を出してから全員の仮面に視線を動かしてから小さくため息をつく。
「それでは予定通り作戦を開始します。各員、一般人への隠匿行動はしっかりとお願いします。何かあれば報告、相談を、指揮命令系統の順守と、定期連絡を忘れないように」
支部長の指示に従って康太たちは行動を開始した。
今回の作戦において、日本支部は魔術師の配置を大まかに三つに分けた。
マフィアの構成員と直接戦闘を行う戦闘能力に長けた前衛。前衛を援護し、索敵や状況に応じて攻撃にも防御にも援護にも回る、対応能力に長けた中衛。周囲の一般人への対応、情報収集、後方支援と状況報告、作戦伝達などを一手に行うブレインである後衛。
康太と小百合は当然のように前衛に配置されていた。この二人が前衛でなかったらいったい誰が前衛なのかといわれるほどにスムーズに配置が決まった。
とにかく倒すということを目的にしている魔術師も多い。逆にこの機会に人を殺すことに慣れておいたほうがいいなと考える魔術師もいるようだった。
良くも悪くも非日常に身を置くものとして、こうして堂々と人を殺せる機会などない。貴重な経験であると同時に、経験したくないと思ってしまうのもまた事実だろう。
戦闘に直接関与する前衛の魔術師たちは、他の配置に比べると少々浮足立っているものが目立つ。
その中でも、小百合は堂々としたものだ。特に何も考えていないというのもあるだろう。状況が変わろうとやることは変わらない。いつも通りやりたいようにやるだけ。究極的なまでの自分勝手はもはや一種の覚悟にも匹敵するものになっているのだ。
対して小百合の隣に控えている康太も、小百合ほどではないがある種の開き直りを見せていた。
もうどうにでもなれという一種のやけくそ状態になっているために、周りの魔術師のようにどうしようかなどと迷ってはいない。
やるべきこともやりたいことも定まった。そしてそんな康太の気持ちを察してか、小百合も何も言うこともなくただ黙って弟子の動向を観察していた。
文とアマネは中衛に配置されていた。高い才能と能力を有している文が中衛に配置されるのは半ば必然だろう。他の配置と異なり、中衛の魔術師は実力が高いものが集められているように感じられる。
文はその能力と攻撃性能から。アマネはその防御能力からありとあらゆる場所を守ることができるようにと中衛に回されたようだった。
良くも悪くも役割分担がはっきりしているとはいえ、文のやるべきことは多い。特に文はこの状況でも康太をフォローする気満々だった。
他の魔術師全員をフォローしなければいけないのは理解している。だがそれでも自分は康太の相棒なのだという自覚が文にはあった。
どこにいても、何をしていても、どんな状況であっても康太の力になるのが自分の役目だと文は決めていた。
康太とは別の意味でやるべきこと、やりたいことが定まっているために文にも迷いは一切なかった。
周りの魔術師も高い実力を誇るものが多いためか、全体的に落ち着いているものが多かった。
そして後衛、倉敷、晴と明、そしてアリスはここに配属されていた。
もとより戦闘に参加することが許されていない土御門の双子、そして二人をフォローするために行動する倉敷は自動的に後衛へと移された。
そして全員の通訳を依頼され、今回の件に直接関与するつもりのないアリスもまた後衛に回っていた。
全体を見渡しやすいという意味でも、あまり目立ちたくないという意味でも、後衛にいたほうがアリスのためになるらしい。
後衛の魔術師は忙しそうに情報の収集と整理を行っている。事前準備の忙しさとしては後衛が最も多く、中衛はそのフォローに加え自分たちも情報を頭に入れるために協力し、前衛は戦うことに必要な情報だけを頭に入れるというわかりやすい構図だった。
実際に戦うものは危険が伴う反面、頭脳労働は控えているといえばいいだろうか、後衛が作戦を考え前衛が実行し、中衛がそのフォローをする。わかりやすい三つのチームが出来上がる。基本的にやることが定まっているために活動方針もそれぞれ定まっていた。
そして同じようなタイプの魔術師が多いからか、話も進みやすい。そういう意味もあって支部長はこの構成にしたのだろう。
もっとも小百合のいる前衛チームはほかの配置と比べかなりギスギスしてるのは言うまでもない。
爆弾を抱えながら花火をしろと言っているようなものである。いつ手元の爆弾に火がつくか分かったものではない状況であるため異様な緊張感を持っているのは間違いない。
「ブライトビー、少しいいだろうか?」
「はい、なんでしょう?」
話しかけてきたのは協会支部の専属魔術師だった。幸彦と一緒に何度か行動していたのを見たことがある。
幸彦には劣るものの戦闘能力の高い魔術師であることは康太も記憶していた。とはいえ自己紹介もしたことがないし、そもそも話したこともないためにどのような人物なのかは全く知らないのだが。
「その・・・君の師匠はどのような行動に出るか・・・わかるだろうか?今回は戦闘そのものが隠匿作業だ・・・場合によっては君の師匠には後方に下がってもらうことも視野に・・・」
「・・・あー・・・それに関してはごめんなさいとしか言いようがないですね・・・あの人はたぶんやりたいようにやるでしょうから・・・俺はその尻拭いに回りましょうか?」
「・・・いや、すまん・・・無理を言ったのはこちらだ・・・そうだな・・・そういわれればあれが周りの意見を聞くとも思えない・・・苦労しているな」
簡単に尻拭いなどという言葉を出した康太に、幸彦の面影を重ねているのか、専属の魔術師は同情を隠さずにため息をつく。
とはいえ小百合に好き勝手暴れられるのはまずい。そのくらいのことは康太でもわかるためとりあえず康太は小百合を説得するところから始めることにした。
「師匠、今回はなるべく銃での戦いを見せてくれませんか?」
「なんだ藪から棒に・・・あぁそういうことか・・・もう少し交渉事はわかりにくくしたほうがいいぞ」
「師匠相手に回りくどいことを言う必要もないでしょう?今回は銃で戦ってください」
「・・・銃の戦いを見たいからという理由ではなくなっていそうだが・・・まぁいい・・・銃か・・・銃か・・・」
小百合は銃を思い浮かべているのか悩むような声を出していた。何やら銃に良くない思い出でもあるのだろうかと康太は首をかしげる。
「師匠なら銃でも立ち回ることは可能ですよね?」
「当たり前だ。銃火器に関しても師匠や姉さんに仕込まれたからな・・・いずれお前にも教えるつもりではあるが・・・あれはなぁ・・・」
小百合としては銃の使用はあまり好ましくないのか、腕を組んだ状態で低く唸り始めてしまう。
小百合はあまり武器には執着はないと思っていただけに意外だった。刀を得意としているということは知っているが、逆に嫌いな武器があるということは知らなかったのだ。
「師匠は銃は嫌いですか?」
「嫌いというか・・・使用回数に制限のある武器は武器とは言えないというのが私の考えでな・・・確かに銃は優秀な道具だ。だが訓練がなくとも高い威力を発揮できる代わりに使用回数に限りがある・・・それも含めて銃の特性なんだが・・・」
「あぁ・・・師匠は攻撃回数が多いですもんね・・・残弾気にしながら戦うとかはしたくありませんか」
「それもあるし、魔術の行使が難しくなる。体を動かしている感覚で魔術を発動できる通常の武器と違い、銃と魔術を完全に分けた使い方で発動しなければならん・・・これは私の感覚なんだが、銃はどうやっても銃でしかない。刀や槍と違い銃以外のものにならんのだ」
銃が銃以外にならないというのはなんとも不思議な言葉だった。
聞いていれば当たり前だと思ってしまうようなことなのだが、康太はその意味を何となく理解していた。
小百合の覚えている魔術は康太もいくつか覚えている。それらはどれも自らの体を基盤として発動するものだ。
もちろん小百合のことだ、銃にも応用できる破壊の魔術を覚えているのだろうが、それでも刀や槍といった自らの技術を活かせる形の道具でなければ武器とは認めたくないらしい。
「魔術を発動しなくても倒せるなら楽じゃないですか。いやなんですか?」
「私の場合銃で一人一人倒すよりも魔術でまとめて倒したほうが早いんだが?」
「・・・あぁそうでした・・・そうでしたね」
一般的に、銃の攻撃性能は魔術のそれを大きく上回る。たいていの魔術よりは銃のほうが高い威力を出せるし、その攻撃速度、速射能力も銃のほうが圧倒的に上だ。攻撃範囲だけが少々狭いかもしれないが、それを補って余りあるほどの攻撃性能を誇る。
魔術師ならばほとんどのものが魔術と銃、どちらのほうが敵を倒せるかという問いに対し『銃』と回答することだろう。
だが小百合は違う。
相手が大群であろうと単体であろうと、銃で倒すよりも魔術で倒したほうが早く済む。
ただその場合手段は選ばないという注釈をつけなければいけないが。
「今回は支部長どころか、本部の人間もにらみを利かせてるんですから、多少不便なのは我慢してください」
「とはいうがな・・・中国の銃だぞ?粗末なものでなければいいんだが・・・」
「銃に関してはよく知りませんけど・・・とどめだけ使えばいいんじゃないんですか?っていうか師匠は基本的に皆殺しにするつもりなんですか?」
さりげなく聞いたが、これは康太が小百合に対して聞きたいことだった。
小百合が今回、人を殺すのか否か。
康太は小百合が人を殺したとしても、別に軽蔑することはない。というか魔術師という特殊な職業(?)になっている時点で人を殺す可能性があるというのは割と早い段階で理解していた。
しかもその中で小百合は攻撃的、なおかつ傍若無人ということもあって人を殺していても何の不思議もないと考えていた。だから小百合が殺すのであれば、それはそういうことなのだろうと思うだけの話だ。
「ん・・・まぁ必要とあればそうする・・・今回の場合情報が漏れないようにすればいいんだ、方法はいくらでもあるだろう」
「・・・へぇ・・・」
「・・・なんだその間の抜けた声は」
「いえ、ちょっと意外でした。師匠ならものの一言で『皆殺しだ』っていうかと思ってたもので」
「お前は私を快楽殺人者か何かと勘違いしていないか?殺人はあくまで手段だ。それを目的にするようでは魔術師とは言えん」
殺人が手段。その言葉に康太は強い違和感を覚えたものの、妙に納得してしまった。
本来、殺人とは目的なのだ。強盗殺人など、ある意味手段として殺人を利用したものもあるが一般人にとって殺人とは目的だ。
あの人を殺したいほどに憎い、殺してやりたいほどに妬ましい、そういったマイナスの感情が殺人を手段ではなく目的へと昇華させてしまう。
だが魔術師は違う。魔術師はあくまで殺人を一つの手段として用いる。無論殺さなくて済むのであればそうするし、殺しはしなくても一生ベッドから起きられなくするという方法も用いる。
違和感を覚えながらも妙に納得してしまった康太は、自分が徐々に魔術師に染まりつつあるのだなと実感し、うれしくなりながらも少し寂しいような複雑な気分になってしまっていた。
誤字報告を十件分受けたので三回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




