決戦前
魔術協会本部、作戦決行日、決行時間の六時間ほど前に作戦に参加するすべての魔術師が結集していた。
いや、正確には魔術師だけではない。何人か各支部の中から精霊術師も参加するようだった。倉敷は自分以外にも精霊術師がいるという事実に若干驚きつつも、本部の片隅に座していた。
場所は本部の一角、大ホールとでもいうべきだろうか、多くの人間を収容することだけを目的にされた本当にただの大きな部屋。
その部屋の一角には演壇が作り出されており、誰かがそこに立って何かを話すことができるような空間ができていた。
「こうして集まると壮観だね・・・中国支部の人間はかなり少ないけど」
「もうすでに準備に奔走してるってことですかね?」
「いわば今回の作戦の肝とでもいうべき部分だからね・・・いろんな意味で中国支部は苦労してるよ」
各国で問題を起こした魔術師が所属しているだけでなく、その魔術師が根城としていたマフィアも中国に存在するものだった。
不運といえば不運なのだろう。だがその苦労は仕方のないものだろうと康太は考えていた。
魔術師の管理と魔術の隠匿が魔術協会の仕事だ。無所属の魔術師の管理ができていなかったのならまだ同情しようもあったのだが、魔術協会に所属している魔術師の動向やその犯行を防げなかったことに関しては擁護のしようがない。
さらに言えば犯行を未然に防げなかったのはまだ仕方がない。問題なのは犯行を何度も繰り返していながらもそれを察知すらできなかったことだ。
中国という国が広く、人口も多い国であることは理解している。だが管理できない管理体制などあってないようなものだ。
「これを機に中国支部はいろいろと荒れますかね?」
「だろうね・・・中国に追加で支部を作らされるかもしれないね・・・管理体制が甘かったのは事実だけれど・・・僕からすれば他人事じゃないなぁ・・・」
普段苦労している支部長だが、日本支部も完璧に管理ができているとはいいがたい。小さな小競り合いや面倒ごとは絶えないのだ。
人間という生き物は個人個人でそれぞれ考えを持つ。何をしでかすかわからないような人間も多くいる。
そんな中で個人が必要以上の力を持てばどのようになるか。それが今の現状なのだろう。
本当に世間一般に魔術が普及していなくてよかったと思える瞬間でもある。これで全世界全人類に魔術が広がれば、おそらく世界は荒廃した姿になるだろう。
限られた数の魔術師でこのざまなのだ。際限なく増えたら一体どうなるか分かったものではない。
「・・・静かに、本部のお出ましよ」
その場に集められていた他支部の魔術師たちの視線が一斉に壇上へと向かう。そこには数人の本部所属の魔術師の姿があった。
「アリス、通訳頼むぞ」
「わかっている・・・というかお前も英語を話せるようになれ。そうすれば少しは私の負担も減る」
「英語の成績は悪くてな・・・日本語が世界共通語になればいいと思うよ」
「・・・はぁ・・・日本語のような難解な言語が共通語になったら面倒なことこの上ないぞ・・・」
そんなことを言いながらアリスは周りから聞こえる声を翻訳し始める。とたんに康太たちに聞こえる音声はすべて日本語になっていた。
「さすがアリスパイセン、いつもキレッキレの翻訳ありがとうございます」
「何その変な後輩キャラ・・・まぁいつも助かってるのは本当だけどね・・・アリス、あんたこういうことのほうが向いてるんじゃないの?封印指定なんてやめてこういう仕事につきなさいよ」
「私だって好きで封印指定をやっているわけではないんだが・・・というか通訳というものは良くも悪くも人の癖が出る。リップサービスなんて技術があるように、人によって意味合いが大きく変わるのだ。私なんかは本来通訳に向いていない」
文章における表現の違いがあるように、言語の違いにおける表現の方法も多岐にわたる。英語での意味が日本語における直接的な表現につながらないように、言葉もまた同様に意味合いの変化は如実に表れる。
英語には敬語という文化がないが、翻訳者、通訳をする人間は時折その人物の性格などを見て意図的に日本語にする際に敬語にしていることもある。
英語で乱暴な言葉を使っていても、日本語にすると丁寧語になったり敬語になったりしている。それがアリスの言うところのリップサービスという奴だ。
良くも悪くも翻訳をする人間はその場の状況に合わせた言語を使わなければならない。空気をあまり読まないアリスからすれば自分自身の性格は通訳にあまりにも向いていないという自覚があった。
「ニュアンスが伝わればいいのであれば雑な翻訳をするがな・・・そうするとエキサイトな翻訳になるぞ。明らかにバグった日本語を堪能できる」
「アリス独自の意訳でもいいからスマートな日本語を頼む。時々ネタを含めてくれると俺としてはうれしかったりするぞ」
「なんだ、ネタを入れてもいいのか。ならばもう少しウィットにとんだ翻訳にしてやろうか」
「やめなさい。まじめな話をしてる時にそんなことされたらすごく面倒だわ」
アリスがその気になれば翻訳の内容を変えることなど造作もないだろう。彼女の能力をこんな変な使い方にする必要もないと文は考えていた。
通訳をさせている時点である意味お察しかもわからないが。
『あー・・・各支部の諸君、集まってくれてまずは礼を言おう。すでに諸君もご存知の通り、今回は多くの支部、そして本部での合同の作戦となる。この作戦の重要度はかなり高い。皆が確実な作戦の遂行をしてくれることを祈る』
本部の人間のスピーチが終わると同時に、各支部、各拠点への攻撃や段取りなどのタイムスケジュールの最終確認が行われる。
プロジェクターなどを用いて各拠点とそれに応じた支部、そしてそれらの各スケジュールが表示されていく。
あらかじめ資料などで確認しているものがほとんどであるが、全員が同じ情報を共有するということが目的であるようだった。
「さすがのアリスも前に出てる光を操って文字を変えるのは無理か?」
「無理ではないが非常に面倒くさいな。あんなものはビーでもできるぞ。光に対して障害物を作るか、光の角度を変えるだけだ」
「虫眼鏡でも持ってくればできるのか?話聞いただけじゃ全然できる気がしないんだけど」
ほとんどが英語で表示されるスケジュールを見ながら康太とアリスはそんなことを話している。光属性の魔術を扱ったことのない康太からすると、光の向きを変えるなどと言われても疑問符を浮かべるしかない。
理屈そのものを理解できていないために貧相な想像力を用いてどんな感じなのかを思い浮かべるほかなかった。
「ていうかさすがにあれくらいの英語は読めなさいよ。すごく単純なことしか書いてないわよ?」
「・・・ベルさんや、俺は日本人なんだよ。生粋のイエローモンキーなんだ」
「自らサルを名乗るあたり自分がどれだけ情けないかは理解しているようだの・・・ベルよ、今後のことを考えてこやつの勉強を見てやった方がいいのではないのか?」
「・・・これでもこいつそれなりに成績はいいのよ・・・少なくとも赤点は今まで一度も見たことがないわね」
康太はもともと今通っている三鳥高校の推薦をもらえる程度には勉強ができるタイプの人間だ。
無論魔術師になってから勉強する時間そのものは極端に減ったため、多少成績が落ちていることは否めないが、それでも赤点を取るようなことは一度もない。
「あんなの正解があるってわかってるんだからどうにかすれば解けるだろ?たださ、あぁいう風に誰かが誰かに伝えるために作ったのって人によって個性があるじゃん?わかりにくいんだよ」
「まぁ気持ちはわからなくないけど・・・こんなのがテストでいい点とれるんだから嫌なもんね」
普段からして正解がなかったり、正解に限りなく近くともベストではなかったりといろいろと経験している康太からすれば、学校が提示する『答えのある問題』というのは非常にわかりやすいのだろう。
無論文もその気持ちがわからないでもない。もとより勉強が嫌いではなかったが、魔術師として本格的に活動するうちにその気持ちはさらに強くなっていた。
パズルのようにあらかじめ答えがあるものを提示され、それを解いたときは不思議な達成感があるものだ。
もっとも魔術師としての行動によって得られるそれとは比べ物にならないほど些細なものだが、今はそのことは置いておくことにする。
「先輩ら落ち着いてますね・・・あと六時間くらいで作戦始まるっていうのに・・・」
「なんか・・・ドキドキしてきました」
大規模な作戦に参加するのが初めての土御門の二人は周囲にいる大量の魔術師を前に動揺を隠せないのか、視線を右往左往させている。
「俺だってそこまで落ち着いてるわけじゃないぞ?これだけ大々的な作戦に参加するのは初めてだしな」
「・・・にしては堂々としてません?なんかここにいるのが当たり前みたいな・・・」
「・・・んー・・・なんか俺の場合はどこに行っても面倒ごととか、厄介ごとに巻き込まれるからあんまりどこにいても変わらないというか・・・どこでもあんまり周りの反応が変わらないというか・・・」
小百合の影響か、そして小百合に育てられたという事実からか、康太は周りから危険人物だと思われることが多い。
事実その通りなのかもしれないが本人からすれば非常に不本意なことだった。
これほど平々凡々な高校生がほかにいるだろうかと胸を張りたいくらいなのに、周りはそれを見て一種の冗談だと受け取ることだろう。
「いい傾向だ。それでこそ私の弟子だ」
「・・・絶対に見習いたくないところだったんですけどね」
「ジョアのように立ち回れればそれもあり得たのだろうがな・・・あいにくお前はそういうのには向いていない」
「・・・はぁ・・・今更ながら姉さんのすごさを実感しますよ」
小百合の弟子でありながら、真理は康太のように危険視されていない。この差は大きい。康太のようにただ戦うだけではなく、真理はしっかりと後処理をしてきたのだ。
隠匿作業とでもいえばいいだろうか、魔術師にとって最も必要な能力を真理は高いレベルで有している。
だからこそ多くのものにその危険性を知られていないのだ。
「トゥトゥはどうだ?緊張してるか?」
「お前らと一緒にいたら緊張してる余裕はねえよ・・・っていうかそういうのも今更だっての」
昨年度ほぼ丸まる康太に連れまわされた経験は伊達ではないらしい。多くの魔術師に囲まれ数少ない精霊術師だというのに倉敷は全く動じていなかった。
良くも悪くもこの場になじんでいる一人となっている。
日曜日なので二回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




