そこに向かう理由
真理の言葉に康太は眉をひそめていた。
小百合がどのような事情でその場所に向かおうとしているのかは知らないが、なんとなく状況は理解できつつあった。
つまり小百合の仕事に同行するという形で別荘に宿泊するという事である。小百合と一緒に行動する時点で康太は嫌な予感しかしなかった。
「えっと・・・俺は・・・その・・・ついていかなきゃダメな感じですか?」
「もう向こうには伝えてある。それにライリーベルも行くそうだ。拒否したらまぁいろいろ面倒なことになるかもしれんな」
せっかく文と同盟を結べているのに今回いきなりキャンセルでもしようものならその同盟関係にひびが入りかねないなと遠回しに言われるが、文だって可能なら休みたいはずだ。これは後日呼び出して話をしなければと思いながら康太は頭を抱える。
別荘に行けるというのは正直嬉しくもある。この連休をゲームや遊びだけで終わらせるのは正直惜しくもある。それなら普段行けないような場所に行って見聞を広めるのも良い経験であると思う。
だがそれ以上に問題なのは小百合と行動を共にするという点だ。面倒事の中心地と言っても過言ではない場所に飛び込んでいくなど自殺行為も甚だしい。それが場所ならまだいいが仕事をするという小百合と一緒にいるなどという事であれば間違いなく面倒に巻き込まれるだろう。
「ちなみに師匠・・・仕事っていったい何するんですか?」
「先も言ったが大した用じゃない。商品をいくつか届けるというだけだ。その手伝いくらいはしてもらうかもしれんがそれが終わったら好きに過ごして構わんぞ」
商品、その言葉に若干の疑いを覚えてしまうがどうやらこの店が関係している話のようだった。
「あ、それってもしかしてこの前の受注の話ですか?」
「そうだ、正直納品だけなら郵送でもよかったんだが実際に手に取って確認したいと言ってきてな・・・向こうが来てくれれば話が早かったんだがそうもいかなくてな。旅行ついでに行こうということになったんだ」
どうやらこの店はちゃんと店として機能しているらしく、きちんと商品を収めるという考えが小百合の中にもあるようだった。
というか一体何を扱っているのだろうかと少し疑問を抱いてしまう。魔術的な道具、つまりはマジックアイテムを取り扱っていることは知っているし、表にある適当な物品などを取り扱っているのも知っているが今回扱っているのは一体なんなのだろうか。
もし前者であるなら取引相手は間違いなく魔術師ということになる。
面倒が起きなければいいのだがと願うが、恐らくその願いはかなわないだろう。
「ちなみに何を持ってくんですか?やっぱマジックアイテムですか?」
「一応な。今回の商品は方陣術に用いられる特殊な紙といくつかの薬品だな。どれもそれなりに高価なものだ」
方陣術に用いられる紙などは文も使っていたが、薬品と言われるとあまりいい印象はない。もしや麻薬の類ではないだろうかと心配していると小百合は小さくため息をついて康太の考えを否定してくれる。
「言っておくが、魔術師にとって毒にはならんぞ。以前お前が飲んだことがあるのと同じ種類のものだ」
「え?俺が飲んだ・・・?」
康太は自分の記憶を探りながらそんな薬物を飲んだことがあるだろうかと思い返す。
そもそもそんなもの飲んだ記憶がないのだがと昔の記憶を掘り起こしていくと一つだけ心当たりがあった。
それは魔術師としての適性を調べる時にゲヘルの釜にいれられたときのことだ。あの時魔力を放出しすぎて危険な状態になっていた康太に小百合が何やら薬のようなものを飲ませてくれた。恐らくはあれと同じようなものだろう。
「あー・・・あの時の・・・そう言えばあの薬っていったいどんな効果があるんですか?」
「簡単に言えば魔力補給の手助けをするためのものだ。魔力の補給がおぼつかない魔術師に処方するものでな、それほど高い効果は得られないが気休め程度にはなる」
「へぇ・・・あの薬そんな効果があったんですか」
恐らくはそう言った薬物を使って本来は魔力の補給や放出の修業を行うのだろうが、その薬品だって消耗品だ。そんなものを使うよりはゲヘルの釜を使ったほうが安上がりだと思ったのだろう。
確かに経済的ではあるがそれをやらされた康太からすればたまったものではない。もし自分が弟子を持つようになったらちゃんと薬を使って修業させてあげようと康太は心に誓ったのである。
「でも紙とかならサンプルを送ればよかったんじゃないですか?一枚だけとかそんな感じで」
「それなりに安価な紙ならそれでもよかったんだがな・・・今回のはそれなりに高価なもので一枚だって結構な値段になる。これが売れればかなりありがたいが売れなかったら大損だ。出向いた方がいいだろう」
交通費は向こうがもってくれるしなと小百合は笑いながら完成させたプラモの細部を眺めている。
商売をするのと同時に弟子を休ませることができて万々歳という気持ちなのだろうが、康太と真理からすればあまり良い印象はない。
むしろこの旅行、というか出張の間にもきっと何かあるのだろうという気がしてならなかった。
真理からごめんなさいという意図の視線が送られる中、康太はしょうがないですよと諦めの視線を返していた。
こういう師匠を持ってしまった自分たちが悪いのだともう諦めるほかなかった。