今後の目標
「なぁベル、お前方陣術を一回解体してたし・・・禁術の術式とかひょっとして理解した感じか?」
支部長のいる部屋から出てから少しして周囲に誰もいないことを確認した康太は小さな声で文にそう告げた。
あの時、一日目の夜に禁術を解体したのは文だ。その構造や術式を理解していても不思議はない。そうなると魔術協会の禁止している術式を理解してしまっている可能性がある。それはどうなのだろうかと思ってしまったのだ。
「しょうがないでしょ、あの場で放置しておくこともできなかったんだから。それにあんなもの覚えてても使わないわよ」
「・・・まぁそれならいいんだけどさ・・・報告しなくてもよかったのか?」
「面倒になるでしょうからね。とりあえず知識として放り込んでおくわ。こういうのはばれなきゃいいのよ」
知識というのはあって損はない。もしまた似たようなことが起きた時に迅速に対応できるようになるためにはより多くの知識が必要になるだろう。
そう言う意味では文がこうして術式を記憶したのは決して無駄ではない。
もちろんあまり褒められた行為ではないかもしれないが文の性格上あの術式を私的に利用するとも思えなかった。
「姉さん、禁術って基本的に知ることも禁止されてるんですよね?」
「まぁ基本的にはそうですね。ですが魔術師の中には禁術を知っている者もいますよ。もちろん内緒ですけどね」
どうやら規則があると同時にそれをこっそり破るものも多くいるようだった。もちろん声高にそれを主張するようなものはいないようだが、魔術師もやはり人間という事なのだろう。
魔術師の人間的な一面を見て安心するような不安になるような複雑な気分ではあったが、康太はふと小百合のことを思い出す。
きっとあの人も禁術をいくつも知っているのだろうなと思いながら小さくため息を吐いた。
これから自分の評価を上げるためにそれなりに実績をあげなければいけないだろう。どうしたものかと思いながら康太は真理の方を見る。
「ちなみに評価を上げるために一番手っ取り早いのは何だと思います?参考までに」
「そうですね・・・まぁ手っ取り早いのは事件の解決ですね。この辺りは多分師匠と一緒にいれば困ることはありませんよ」
それはつまり小百合と一緒にいると大抵面倒事に巻き込まれるよという事なのだろうが、まったくありがたくない。むしろ非常に迷惑だった。
事件解決が高い評価を受けるきっかけになるのは事実なのだろうが毎回毎回面倒に巻き込まれていては身がもたない。そのあたりどうにかできないものかと思いながらも康太は文の方を見る。
「ベルはどうする?評価が上がればうれしいだろうけど・・・一緒に来てくれるか?」
「え・・・?いやまぁ基本はあんたと組んでるわけだし一緒に行くけど・・・でも毎度一緒に行動できるわけじゃないわよ?そのあたりは自分で何とかしなさい」
今のところ味方は真理と文しかいないために助け舟を求めたのだが、やはり彼女としても可能なら面倒事は遠慮したいようだった。
確かに小百合と一緒に行動することによって面倒事に巻き込まれるなら自分は安全圏から眺めていたいというのが本音なのだろう。
康太と同盟を組んでいるとはいえ文だって魔術師で一人の人間だ。可能なら面倒事は回避したいという考えを持っていて然るべきなのである。
「大丈夫ですよビー。可能な限りフォローしますから。しっかりとがんばればなんとかなります」
「・・・なりますかね・・・まぁあんまり悩んでても仕方ないか・・・」
小百合がどんな面倒事を引き込むかはさておいて、それを越えなければ自分に平穏などというものは訪れないのだ。
どんな苦労が待っていようとそれを乗り越えなければ何も得ることはできないのである。
一つの事件を解決したという事もあって康太は少しだけ自信を持って魔術師であるという事を自覚できるようになっていた。
もちろん面倒であることに変わりはないし、可能なら中学の時のような平平凡凡な生活に戻りたいとも思っていたが、それはもはや今さらというものである。
ものは考えようだ。評価が上がればそれだけ自分の味方になってくれる人物も増えていくだろう。
そうやって少しずつ味方を増やしていけば必然的に平穏な日常を掴むことができるようになるだろう。
高校一年生にして平穏な日常を願うというのもどうかと思ってしまうが、康太からすれば切実な願いだった。
「とりあえずは店に戻りましょう、師匠にいろいろ報告しなければいけません。あとビーはしっかり修業ですね」
「そうですね・・・早くいろいろ覚えないと」
「あんたかなりポンコツだものね・・・魔術師としてもうちょっと基礎的なことから覚えていきなさいよ」
今回の事件で康太がかなり魔術師として欠落している部分が多いというのがわかったために、文の意見は非常に正しいものだろう。
まずは一人の魔術師として自立できるだけの実力をつける事。そして魔術協会の評価を上げていくこと。
この二つが今後の康太の目標になりそうだった。
魔術師として一つの事件を解決した康太、今後どのような事件に巻き込まれていくことになるのか。不安も焦りもあるが、康太はとりあえずひとつ評価をあげて経験を身につけることになる。
今回で四話終了
ちょっと長すぎたな・・・前の調子で書いてると今のペースだとこんなに時間かかるのか・・・ちょっと反省
これからもお楽しみいただければ幸いです