二次元と鶴と数学。
まあ、平和って素晴らしいですよね。
「人間を微分する方法?」
「うん。理論上、人間を微分すると二次元に行けるらしいんだよ。でもさ?どうやれば人間を微分できるのか考えてた」
「微分すること自体が方法なんじゃないの?」
「そうなのか?……ところでさ」
「ん?」
「なんで俺ら、さっきからずっと鶴折ってんの?」
「暇だから?」
二人の間にある机の上には、ルーズリーフの切れ端で作られた折鶴が積み上がっていた。
「亀も折ったら?」
「折り方知らない。晴翔、知ってるなら折って」
「俺も知らない」
「じゃ鶴で」
佐久間 遥と佐倉 晴翔。
この二人、とある私立高校の一年生である。
二人の通う高校は大学進学率は五割。残り三割が短大と専門学校、残り二割が就職やフリーター等……という、それなりに進学校と言えなくもないけれど、特別、難関高校というわけでもない、ありふれた普通高校。
そんなありふれた「普通」が充満する高校において、この二人は最大の問題児扱いされつつも圧倒的な存在感を放つ異質な存在であった。
実はこの二人。小学校に上がる前に別々の場所で、IQテストを受け、天才レベルの数値を叩き出した。
周囲は大騒ぎになったが、当の本人達の両親は「それが如何した」と英才教育を勧める周囲をまるっきり無視した。
曰く
「子供は、必要なことは自然と学ぶ」
わざわざ英才教育なんてしなくても、本人がその気にさえなれば勝手に才能は開花するだろうし、仮に親の依怗で英才教育を押し付けた挙句、才能が潰れてしまったのでは目も当てられない。
ということで、二人共にそれぞれ自宅から一番近いごく普通の公立の小学校へ入学した。
他の子供より多少利発である、という点以外は他の子供達と大差ない日常を過ごす中で、それぞれの周囲もまた、天才児と騒いだことなど忘れていた。
二人が出会うのは、中学の入学式だ。
佐久間と佐倉。
似た名前の二人が同じクラスになれば、席が隣合っても不思議はない。
隣あった二人は同じく天才と呼ばれた過去を持ちながら、それを知ることもなく、ただ隣人だったというだけで、驚く程意気投合した。
それも周りが迷惑ん被る程に。
以後、図らずも出会った二人の潜在的天才は、互いに刺激し合うこととなり、周囲が望まない方向にその才能を開花させる。
二人は同じ高校へ進学し、またもや同じクラスとなった。
そんな学校の各教室は、現在休み時間でもなければ放課後でもない。絶賛授業中だ。
「佐久間。佐倉。俺の授業はそんなに退屈か?」
二人の横で、こめかみに青筋を浮かべ、ドスの利いた低い声で唸るように呟いたのは、この時間の担当科目の教師ーー数学担当の芳村公平。通称よっしー。因みに『。』まで付けて正式な通称である。
「あ、よっしー。だ。おはよ」
「晴翔、微分積分についての専門家が目の前にいるじゃない」
「よっしー。に聞けばわかる?」
「よっしー。の数学的知識がどこまでなのかは知らないけど、私達よりはずっと上の筈だ」
……そこで話が戻るの?
会話を耳にしていた生徒全員が心の中でつっこんだ。
「おはよ、じゃないっ!だいたい佐倉。お前は隣のクラスだろうっ‼︎」
よっしー。がとうとう声を荒げた。
「怒っちゃいやん。はる君こわーい」
戯けた晴翔が両拳を顎に押し当てて裏声で言えば、よっしー。のこめかみの青筋が更に深くなった。
「晴翔。よっしー。で遊ぶな」
「えー?だってよっしー。面白いし」
「黙って鶴折ってればいいんじゃない?授業妨害はダメ」
「鶴飽きた」
飽きたとか、そういう問題⁉︎
再びクラス生徒がツッコミを入れた。
「お前ら…っ‼︎」
「ねぇねぇ、よっしー。?人間って微分できるの?」
「……はっ?」
怒鳴ろうとした所を晴翔に挫かれ、よっしー。の目が瞬く。
「よっしー。数学教師でしょ?人間を微分したら二次元に行けるって本当?」
「……理論上はそうなる……か?」
「じゃ、どうやって人間を微分すんの?」
「へ?あー……」
晴翔に上手く話を逸らされたことに気付かず、よっしー。はあーだこーだと一人で検証を始め、授業が見事に中断した。
あっさりと誘導されてしまう人の良さが、生徒から人気を集める理由であることを、本人だけは知らない。
この時間、クラス生徒全員が微分積分の計算を訳も分からず見つめていた。
他は知らないが、この高校のカリキュラムで、微分積分が出てくるのは二年生半ばからだ。
佐倉晴翔くんは佐久間遥ちゃんが大好きなんです。