真相を聞き出します
その日の夜、わたしは久々に黒装束に身を包み、屋敷から抜け出しました。
こんな真夜中に外出をするため、お父様たちに止められるような気もしたのですが、その心配はいりませんでした。もしかしたら、何かを悟っていたのかもしれません。
そんなことを考えつつ部屋の窓から外に出て、屋敷の屋根へと飛び乗ります。
屋敷から近い位置にある別の屋根は、わたしの身長ほどの幅がありました。これくらいならば、余裕で飛び越えられます。
そしてわたしは、星空が輝く夜闇へ身を投じたのです。
民間宅にまでくれば、後は速度を上げるだけです。久々に感じる冷たい空気が全身を駆け抜け、わたしのことを押してきました。
目的地は、とあるバーです。あの人はいつも、任務がないときはあそこにいました。ならば今も、あそこにいるはずです。
目的地付近の路地裏を見つけたわたしは、屋根の淵にある金属片が引っ掛けやすそうな場所に、針がJの字に曲がったものに縄がついた道具を取り出しました。
先端がかかったのを確認してから、家の壁を支えにしつつ降りていきます。地面に足を落としてから、縄を軽く振って針を外しました。
「よお。アルメリア。こんなとこでなにしてんだ、お前」
そこでびくりと、体が萎縮します。
おそるおそる振り返ればそこには、わたしが会おうと思っていた人がいました。
「……頭領。ご無沙汰しています」
「おう。お前も、元気そうで何よりだ」
頭領はそう言い、わたしのことを目で誘いました。
「そろそろ来る頃だとは思ってたわ。ついてきな」
「……はい」
そのとき見えた空には、頼りなさげな三日月が浮かんでいました。
「よっし。マスターからてきとーな場所借りたし、これでいいだろ」
「……はい、ありがとうございます」
頭領はからからと笑い、赤い髪を揺らしました。その目は悪戯っ子のような金色を宿しています。
これがわたしの師匠であり、現裏社会で最も有名な暗殺者、フェリミータ・アーメリックです。見た目はあれですが、技術は保証できます。
頭領が借りたという部屋は、物置のような部屋でした。その部屋の木箱の上に、頭領はどかりと座って胡座をかきます。
「うっし。まず、何から話しとくか。勘の良いお前のこったし、ファラントの正体とかも分かってんだろ?」
「……まぁ、なんとなくは」
頭領がこういう言い方をするということはやはり、頭領は全てを知っていたわけです。どうして教えてくれなかったのかなど、わたしが聞ける質問ではありません。ただおそらく、口止めされていたのでしょう。
すると頭領は「そうかそうか」と頷き、勝手に話を始めました。
「お前の察したとーり、ファラントはお前と七年くらい前まで会ってた、あのにーちゃんだよ。お前を庇って死んだようにみせたな」
「……お兄さんはどうして、あの日以降姿を見せようとしなかったのでしょう」
「簡単さ。ファラントが、公爵の人間だからだよ」
そう。ファラント様は、わたしが十歳のときまで何かと構ってくれた、お兄さんだったのです。
しかしお兄さんは、今のファラント様とは似ても似つかない顔立ちと声をしていました。おそらくは、魔術で細工をしていたのでしょう。
しかしそもそも、公爵家であるファラント様が、暗殺者としてあそこにいたこと自体、おかしいのです。
わずかに目をすがめていると、頭領は頭をかきむしりながら言います。
「そもそもあいつは、お前がいたからこそちょくちょくあそこに来てたんだ」
「……なぜですか。なんの関係もないでしょうに」
「あいつからしてみたら、懺悔だったんだろ。お前の母親への」
……懺悔?
ゾッとしない言葉が出てきましたね。
すると頭領は、遠いところに目をやりながら言います。
「あいつは未だに、お前の母親の家を没落させたのは自分だと、そう感じちまってんだよ」
頭領はそれから、またつらつらと話を始めました。
その話を要約するに、こういうことだそうです。
ファラント様は幼少の頃、もともとの私の家でお世話になっていたそうです。その当時、アビシリア公爵家はとある組織に狙われていたのだと言います。
そしてその組織が、ファラント様の居場所を突き止めてしまった。
そこからは、石が転がり落ちるように進みました。侯爵家に賊が入り込んだのです。
当時五歳だったわたしを連れて、ファラント様は母に逃げるように言われました。逃げた先こそ、頭領のところです。
後日、侯爵家に戻ったファラント様は愕然となさったそうです。そこには、無惨にも斬り殺された侯爵の人たちが死んでいたからです。
今となっては沈静化したその組織を壊滅させたのも、ファラント様が二十歳のときだったと、頭領は最後に締めくくりました。その討伐は、私も記憶にあるあの事件だと思います。それを境に、ファラント様は騎士団長として名を連ねることになったのだとか。
懺悔。
まさしく、その言葉に相応しい行いを、ファラント様はしているように思います。
「そしてお前だ。お前のことを気にしたファラントは、まだ身を隠している必要があった十七歳まで、お前と一緒にいたわけだ」
「……そしてわたしを庇って怪我を負ったのも、ファラント様にとってわたしは、母に任された生き残りだからですか?」
「さあな。あたしにはそんなもん分からん。ただ……」
……ただ?
ただ、どうしたというのでしょうか。
頭領は木箱から立ち上がり、わたしの肩を叩きます。
「お前もファラントも、あの事件を機に人として必要なもんを喪った。……だからファラントは、お前と一緒にいたがるんだろうよ。お前だけは、ファラントに対してキャーキャー言わねーしな」
「……左様、ですか」
家族を亡くしたわたしと、自分のせいで家族を壊したファラント様。
ただわたしが言えることは、ひとつです。
わなわなと湧き上がるこの感情を、人は怒りと呼ぶのでしょう。
頭領はそれを見て、にやりと唇を持ち上げました。
「どーした。アルメリア。なんだ、今までにないくらいイラっときたろ? ファラントの顔面、殴りたくなったろ?」
「……ええ、そうですね」
「うん、なら一発、殴ってこい。あたしが許してやる」
そう言い、頭領はわたしの背中を押してくれました。
それに励まされ、わたしは一歩前へと踏み出します。
家族を壊した自分が許せない?
だからこそ、わたしのことを庇って傷を負った?
「……ふざけるな」
思わず口をついて出た言葉は、わたしの声とは思えないくらい沈んでいました。