膝枕をする羽目になりました
「…………ファラント様、お疲れなようならばわたし、ここから避けますので、どうぞ横になって寝てください」
「それでは意味がないでしょう? アルメリア。君の膝枕があるからこそ、安心して寝れるというのに」
わたしは番犬か何かでしょうか。そんなものに成り下がった覚えはないのですが。
しかし避ける気などさらさらないファラント様に、とうとうわたしは折れました。もう勝手にしてください。
はぁ、とため息を零せば、直ぐに寝息が聞こえてきました。
そちらを一瞥すれば、どうやらかなり疲れていたようです。少しやつれた寝顔が見えました。
そうですよね。戦争をするのですから、ファラント様が忙しいのは当たり前です。彼はそこで、最前線に立つことでしょう。もしかしたらわたしも、その場に行くかもしれません。しかし彼より、負担はないと断言できます。
せめて眠りの番くらいはして差し上げようと思い、わたしは一応辺りを警戒しておくことにしました。
と言っても、ここはあくまで王城です。警備は厳重に敷かれていることでしょう。わたしが気にするべきことと言えば、この部屋に来るであろう来客くらいです。
耳を澄ませていれば、こちらに近づいてくる足音が聞こえました。
そしてそれはちょうど、この部屋の前で止まります。
こんこんこん、とノックが聞こえ、こちらを伺うような言が聞こえます。
「失礼します。団長、報告書を持ってきました」
……どうするべきでしょうか。一応、中に入れて報告書を置いていってもらうべきだったりしますかね。
そのまま無言で待たせておくのもどうかと思ったので、わたしはファラント様が起きないかどうかを気にしつつ声をあげます。
「どうぞ、お入りください」
「……はい、失礼します」
疑問は最もですが、今はそこにツッコまないでください。
諸悪の根源は今、とても疲れて眠っているのですよ。
扉を開かれた部下であろう男性は、この光景を見て目を見開かれました。
「…………あの」
「申し訳ありません。今、ファラント様はお疲れで眠っていらっしゃいます。できれば報告書を置いて行っていただけないでしょうか」
「……承りました」
部下の人に説明をしてやるほど、わたしに余裕はありません。彼はおそるおそる部屋に入り、執務机に報告書を置いて立ち去りました。教育の行き届いた、とても良い人です。扉をゆっくりと閉めていく辺りに、彼の配慮が見えますね。
しかし、やれやれです。どうしてわたしが、ここまで気を使わねばならないのでしょう。
恨みを込めてファラント様を見下ろしましたが、無垢なまでの寝顔に毒気が抜かれます。というより、この人の人間らしい部分を初めて見た気がしました。
それと同時にまた、よく分からない既視感を覚えます。
「……あなたと会ってから、わたしの調子は散々です」
口では悪態を吐きましたが、不思議と笑みが零れます。どうしてでしょうか。今のファラント様には不思議と、嫌悪感を感じません。予想するに、これが彼の素だからでしょう。
いつも取り繕ってばかりいると、疲れますよ?
くすりと微笑み、わたしはファラント様の襟元を緩めてあげました。
……ただ一つ言いたいのは、膝枕を続けるというのは、なかなか足がしびれる、ということです。
***
「どうかしましたか?」
ふと顔をあげれば、そこには幼少期に良く会っていたお兄さんがいました。周りを見れば、頭領たちもいます。
それを見て気付きました。わたしは今、夢を見ているのだと。
まだ幼い日のわたしは、お兄さんに笑顔を向けていました。仕事が終わった後で、気を抜いていたときのことです。わたしはお兄さんの腕を引いて、森へ薬草を採りに行っていました。
ダメです。そちらに行ったら、いけません。
頭の中ではそう感じるのに、小さなわたしの足は止まりません。
ダメ、ダメ、ダメです。
ダメ。
「い、やぁぁあああ!!!」
瞬間、脳裏に幼い少女の悲鳴が響きました。
***
「……リア?」
その声にハッとして、目を開けました。
見れば仰向けに寝ているファラント様が、頭を垂れるわたしの顔に触れています。
「……申し訳ありません。ファラント様の眠りの邪魔をしてしまいました」
「いや、わたしは十分休めたからいいのだが……」
剣を持つが故にタコができた指が、わたしの顔をなぞっていきました。
その動作に、今までブレていた既視感がカチリと当てはまった気がしました。
目をつむり、添えられていた手に触れます。
そしてわたしはそれを、そっと引き離しました。
「……アルメリア?」
「……ご心配には及びません、ファラント様。わたしよりもファラント様は、お加減いかがですか?」
困惑気味のファラント様に気づかない振りをして、わたしは問いかけました。するとファラント様は、困ったような笑みを見せて頷きます。
「ありがとう、アルメリア。助かったよ」
「……いえ」
そしてわたしは、ファラント様から逃げるようにその場を後にしようとしました。しかし痺れていた足とヒールの高い靴のせいで、かくんと膝から力が抜けます。
「リア!」
『リア、危ないですよ』
ファラント様はそう叫び、わたしのことを支えました。その拍子に、わたしはファラント様の胸に飛び込んでしまいます。
声も、見目も、まるで違うのに。
やはりその動作は、わたしの知るお兄さんと同じものでした。
疑惑が確信に変わります。
……何故。何故でしょう。
何故お兄さんが、また、わたしの前にいるのでしょう。
その瞬間、ファラント様がわたしを手元に置きたがる理由を理解したような気がしました。
ならばわたしは、彼を拒絶し続けるべきでしょう。
「……大丈夫です。ご迷惑をおかけいたしました」
そうぼやき、わたしは一礼をしてその場から立ち去りました。
何を悟ったのか分からない、ファラント様を置いて。




