王城に向かうことになりました
「……ところでわたしは、何故、このような場所に連れて来られたのでしょうか」
「婚約者と逢瀬を果たしたいの言うのは、男なら誰もが持つ心理だろう?」
あなたがそんな、穏やかかつ分かりやすい心理を持つわけないじゃないですか。そしてさりげなく、婚約者と断定するのはやめてください。まだ決まってません。
半ば無理矢理連れて来られた騎士団長室のソファに座り込み、わたしはもはや隠そうともせずにため息を零しました。
***
ことの発端は、お父様に王城に連れられてきたことです。
連れられてきた理由は言わずもがな、国王陛下ととその正妃に挨拶をするためです。フランディール家のことを知っているのは、この二人を含め城でも少ないのだそうです。
一応頭領の弟子だと言うことで有望視されていたわたしに、お二方は興味を示されたようでして。
さすが頭領、有名ですね、と感じたわたしは、決して間違っていなかったと思います。
初めて通された玉座の間には、二人の男女が座っていました。
赤髪に碧眼をしたこの人こそ、今代国王陛下であられる獅子王でしょう。なるほど、確かに見目が獅子のようです。
そしてその隣りにいる薄金に紫眼の女性が、王妃様です。あのキラキラな美形集団の一員なだけあり、この方もキラキラしています。公爵夫人が強気な美女なら、王妃様は癒し系美女ですね。そう考えると、国王陛下と公爵閣下の趣味は、真逆だと言うことが理解できます。おそらく、意見もそこそこ合わないでしょう。
お父様に習い礼をしたわたしに、国王陛下は言います。
「なるほど。伯爵。お前が嫁に出したがらぬ理由も分かるな。じつに美しく、それでいて暗殺者らしい珍妙な娘だ」
「……陛下、側室にするといったことを言うのだけはやめていただきたいのですが」
「……安心せい。わたしには怖い正妃がおる」
「ええ、ええ。そうでしてよ、陛下?」
……この国の夫婦と言うのはどうして、旦那より妻の方が勇ましいのですかね。我が家の母もしかり、こちらの王妃殿下もしかり。そして公爵家の夫人もしかり。あ、忘れてました。頭領もその一人ですね。しかし夫が押され気味なのは、我が父とこちらの国王陛下だけですね。女傑とでも言うべきでしょうか。
「ところであなた。我が弟であるファラントに、たいそう好かれてしまったと聞いたのですが」
「……恐れながら申し上げさせていただきますと、物珍しいものとして見られているだけなような気がいたします」
……そしてここへ来てもなお、ファラント様の名が出ますか。そうですか。
そうですよ。どーせ物珍しさ故に婚約なんぞ交してきたんですよ。あの腹黒は。もしくは妻にして、自分の仕事の手伝いでもさせる気だったのではありませんか。
やさぐれ気味にそう言いますと、王妃様はふふふ、と微笑まれます。
「なるほど、ファラントも相変わらず、分かりにくい人なのですね」
すると王妃様は、椅子から立ち上がりわたしに近づいてきました。
つっ、と王妃様の長い指がわたしの顎を掬います。そして唇を耳元に添え、そっと話し始めました。
「アルメリア・フランディール。よくお聞きなさい。あの子は利益のためならば、人の精神を魔術で操っても、構わないとしている極悪非道の人です。しかし今回、あの子はそれをしなかった。その意味は理解できますか?」
「……左様でしたか」
確かに今思えば、随分とぬるい対応をされているような気もします。そもそも利用するだけの夫婦関係ならば、ファラント様が無理矢理、そう、王妃様が言ったように、精神を操る魔術を使い、わたしに承諾させればよかったことです。利用したいだけの場合も同じことです。
そんな利己主義なファラント様が、わたしを嫁に欲しがる理由ななんでしょう。少なくとも、恋愛感情などという甘ったるいものでないことは確かなのですが。
思わず黙り込んだわたしを見て、王妃様はさらに仰いました。
「そこにあるのが恋愛感情でないのだとしましても……ファラントのこと、頼んでもいいかしら?」
目を合わせながら、王妃様は言います。その目には何やら、ファラント様に対する想いが込められていました。
改めてこの方が、ファラント様の姉なのだと認識します。
すると王妃様は、ぽんっと手を叩いて言いました。
「さて、アルメリア。ファラントが迎えに来たみたいですよ?」
え。
王妃様の視線の先には確かに、あの似非臭い笑顔で微笑むファラント様がいました。
***
つまり、謀られたということです。さすが公爵家の人間であっただけのことはあります。王妃様は見た目とは裏腹に、実に扱いにくい人間でした。いや、正妃である以上、あれくらいでなければやっていけないのでしょうが。
そして唯一の頼みであるお父様も、王妃様の手にかかればちょろいものです。そのため、わたしはファラント様に連れて行かれることになったわけです。
だからと言って、弟のためにか弱くもないわたしを売るとは、なかなかにいい度胸をしています。公爵家の方々は、わたしをどこまで苛立たせれば気が済むのでしょうか。
そして諸悪の根源は、今は執務机に向かいペンを走らせていました。どうやら机仕事をする際には、眼鏡をかけるようです。他のご令嬢方からすれば、さぞかし目の保養になる姿なことでしょう。わたしにはその辺りの感情はさっぱりですが。
手持ち無沙汰になりきょろきょろと視線を彷徨わせていますと、なんだかとても心踊るものを見つけてしまいました。
いや、ダメですよ、アルメリア。今は任務中です。私情を挟んではいけないのです。だから、我慢、我慢。
しかし視線は、その一点にのみ集中してしまいます。
あれは……かの刀匠であられるスケイネルの作品ですね。鞘に収まっていても分かる刃の反り具合が、なんとも言えず上品です。柄も無駄な装飾はなく、使いやすさを重視した作りですね。いやはや、興味深い。
そうなのです。わたし、刃物に目がないのです。一番好きなものは、武器屋に行って刃物を見繕うことにありました。そうですよ、ファラント様に没収されたあれも、わたしとしてはそこそこのお気に入り品だったのですが。
特にこの部屋に飾られていた品は、どれもこれも心踊るものばかり。ファラント様の愛刀であろうそれも、いく度となく研磨された磨き上がった長剣です。
本当ならば触りたいものなのですが、ここはぐっと堪えます。そのため、目で見て楽しむことだけにしました。
というか、何故仕事を再開するにも関わらず、わたしはここに残されているんですか。帰して欲しいのですが。
そんな視線を半眼で向けていると、ファラント様が眼鏡を外しました。
そしてこちらを見て、くつりくつりと喉を鳴らします。
「不服そうだね、アルメリア」
「不服以外の何物でもありませんが」
「そんなふうに怒る君を見ていると、わたしは楽しいよ」
「性悪の極みですね。残念なことです」
最近わたしも、なんだか吹っ切れて毒舌を吐くようになってきた気がします。
しかしこの発言はおそらく、ファラント様を楽しませる材料にしかなっていないのでしょう。
我ながら、子供っぽいと反省します。流せるようになりたいものです。
そう、はぁ、とため息を吐いたときでした。
ぎしりと、ソファが軋みます。見れば、右隣りにファラント様が座っていました。そしてわたしが口を開くより先に、身を左に倒します。
…………
…………
…………何がどうして、こんなことになったのでしょうかね。
初めての体験に、わたしは戸惑う以外の方法が思いつきませんでした。
なんせ今わたしはファラント様に、俗に言う膝枕というものをしているからです。