再会することになりました
それから一週間が経過しました。いよいよ、全く楽しみではなかった再会のときです。
「よく来たね、アルメリア。さ、入ってくれ」
「……御機嫌よう、ファラント様。お邪魔します」
一週間と少しという月日を経てこの腹黒さんの笑顔は、さらにキラキラとした輝きを放っていました。数名のメイドさんが、顔を真っ赤に染めて即死しています。厄介極まりない殺し屋です。職業転職したらどうでしょうか、騎士団長サマ。
そもそも、騎士団長自らがお迎えしなくとも良いでしょう。その辺りも腹黒で、なんだかげんなりしました。逃げられないように見張ってるんでしょうか。
一応逃げ場を確保するために周りを見渡していましたが、公爵家とは思えないほどさっぱりとした作りになっています。無駄な装飾品がありません。どうやら実用性重視のお家柄なようです。その上逃げ道もほとんどないです。廊下に窓くらい用意しましょうよ。
確かに現当主は、領民にも優しい人だと聞きますし、夫人は国で最も有名な剣と魔術の名手だったそうです。長男は次期当主としての器をしっかりと持っているとききますし、三男は若いながらも竜騎士として名を馳せています。長女は正妃ですし、次女は女官長をしています。三女は天才肌の魔術師だそうです。いかにもな具合の公爵家ですね。輝かしい経歴ばかりを持っていて、元暗殺者のわたしには目に痛い話です。
案内された部屋は、全体的に緑で統一された客間でした。緑は疲れを癒すのに最適な色なんだそうです。無駄なところで配慮が行き届いていて、少しイラッとしました。
互いに向かい合わせに座ったところで、会話が始まります。
「……ファラント様、この度はこのような場を設けてくださり、どうもありがとうございます」
「いいや、構わないよ。わたしが君に惚れてしまっただけだからね」
きっと惚れたのは、容姿ではなくナイフの腕にでしょう。中身を深く割いてないだけあり、そのままの意味で捉えれば惚れた腫れたの話になりそうです。いや、わざとそれを隠しているのでしょうが。
わたしはジッと彼を観察しました。
隙はありません。
無駄な部分もまるでありません。
見目はたいそうお綺麗です。
ただ、それだけです。
自分の中身を隠しすぎて、人間味の薄い変人。
わたしが抱いた第二印象はそれです。ぜひともお近づきにはなりたくないです。
無表情のままで頷けば、彼はくつくつと喉の奥を鳴らしました。
「そう硬くならなくていい。この場にはわたしと君しかいないからね」
「……はい。ご配慮いただき、ありがとうございます」
「そうだな……まず、互いのことを知っていくことから始めようか。君もそれを望んでいるのだろう?」
「……はい」
言い方一つ一つが癪に障る人です。なまじ賢く聡いだけあり、人の心の変化をよく見抜けるのでしょう。
情報収集のために設けてもらった場なので、遠慮なく使わせていただきます。
メイドさんが運んできた紅茶とスコーンを一瞥し、わたしは前を向きました。
視界の端に入ってきたものに興味をそそられましたが、ぐっと我慢です。こらえましょう。ダメです、わたし。落ち着いて。
「わたしは前にも言ったとおり、王国騎士団で団長をしている。歳は二十八だ」
「……左様でしたか。お若いのに立派ですね」
団長をしていながらもその歳とは、本当に若いと思います。そもそも魔力が高ければ高いほど、寿命は長くなります。見目も麗しいままです。ファラント様は、その辺りがとても優れているのでしょう。
それに男性の場合、女性と違って行き遅れはないですからね。
わたしは仕方なく、相手が伝えてきた分だけの情報を渡すことにしました。ギブアンドテイクです。
「わたしは、伯爵家に養子をさせていただきました。以前は孤児です。歳は今年で十七になりました」
「そうか。苦労をしてきたんじゃないかい?」
「……どうでしょう。然程窮屈に思ったことはありませんが」
食事だってちゃんと与えられましたし、寝床もありました。訓練は辛かったですが、今考えればタメになっています。
……いや、今考えれば、アダにしかなってませんね。そのせいで、この人につきまとわれているんですから。
そこでぴーんと思いついたのが、この男から嫌われるようなことをする、と言うことです。
早速わたしは、彼に聞いてみることにしました。
「ところでファラント様。お好きなものはなんですか?」
「好きなものかい? そうだね……君、かな」
…………
…………
…………いや、そんな甘々な回答を求めたわけではないのですが。
たとえるなら、好きな食べ物とか動物とか。わたしとしてはそう言うものを求めたのです。
しかし今考えればこの人、好きな食べ物も動物もなさそうです。というか、そんなものどうでもいい、みたいな。むしろ食べられるなら、味なんてどうでもいいでしょ? みたいな概念を抱いてそうです。面倒臭い人です。
返答として「お世辞をありがとうございます、わたしは甘いものが好きです」と無難なものをあげつつ、わたしは本題に移ることにしました。
……一番好きなものは、甘いものではないのですがね。
「ならば、嫌いなものはありますか?」
その言葉に一瞬、ファラント様の顔が喜色を示したように見えました。何やら、とても楽しそうです。
それを冷静に分析していると、ファラント様はしとやかな笑みを浮かべて言います。
「そうですね……わたしの役に立たないもの全て、かな?」
瞬間、背筋に冷たいものが下ります。
それは遠回しに、「君はわたしにとって、使える人間だよね?」と言っていますよね?
なるほど、確かにお母様やお兄様がおっしゃられたように、人をもののようにしか見ていない方なようです。……面倒臭さのレベルが上がりましたね。
やれやれと肩を落としつつ、わたしも対等な答えを出します。
「そうですか。わたしの嫌いなものは、」
そこでなんとなく、一呼吸置きました。
顔をあげれば、頬杖をついて笑むファラント様がいます。わたしの回答を、楽しみに待っているような雰囲気がありました。
つまり、遠回しな挑戦状です。
ならば、遠慮することもないでしょう。わたしは本音をぶつけることにしました。
「わたしの嫌いなものは、上っ面だけで生きる空っぽな人間です」
ええ、あなたのことですよ、ファラント様。
この言葉に、彼は何かしらを悟ったでしょうか。
おずおずとカップを手にし、ぬるくなった紅茶を流し込みます。少し乾いていた喉に、その温度はとてもちょうど良く感じました。
全てを飲み終え、カップを戻した頃、ぎしりとソファーの軋む音がします。
何事かと思い顔をあげれば、そこにはファラント様がいました。
逃げる間もなく、彼はわたしの座るソファーに片膝を立て、覆いかぶさってきます。
彼の顔は直ぐ目の前にありました。細長い指で顎を軽く持ち上げられ、視線が合います。
それをじっと見つめ返していると、ファラント様が悪魔のような微笑みを浮かべたのです。
「いやはや、これでも動揺すらしない、と」
「……はあ。まぁ、そうですね」
顔が良いのはよく分かりますが、ただそれだけです。そもそも恋愛感情すら分からないわたしには、胸が高鳴るという現象さえ体感したことがないのです。
唇は一応、キス魔である頭領に奪われてますしね。ファーストキスではないでしょう。
性根の腐り切ったオジサマたちから、体をまさぐられたこともあります。頭領がドスの効いた声で、それを一喝していましたが。
そんな嫌なことを思い出していると、唇に何やら、生温かい感触が広がりました。
少しだけ瞠目すれば、ファラント様の笑みが輝きます。
「流石に口付けをすれば、顔色は変わるのか」
「……何がしたいのか、さっぱり分からないのですが」
わたしをからかって遊んでいるだけなら、是非とも早急に解放していただきたいものです。
ため息を吐きたい衝動をぐっとこらえつつ、ファラント様の目を見て喋ります。
「あなたのような高貴な人が、わたしのような女に惚れるとは思いませんし。遊ぶなら、他を当たっていただけないでしょうか」
「おやおや。存外、酷いことを言う」
いや、これくらい言ったって、許されると思うのですがね。
今まで散々、色々言われてきたわけですし。多少の仕返しは許してもらいたいものです。
しかしそれでもなお、ファラント様はここから離れようとはしません。最終手段とかは使いたくないのです。おとなしく離れてもらえはしないんですかね。
「そういえば、先ほど君がした問いに続きがあった」
「……はい、どちらの問いでしょうか」
「うん、そうだね。好きなもの、の方の問いかな?」
突然何を言い出すかと思えば、ファラント様はそうぼやきます。そしてわたしの唇を親指でなぞり、楽しそうに笑うのです。
「聞きたいかい?」
「……是非、お聞かせ願えると嬉しいです」
さっさと終わらせたい一心で、わたしは彼の言葉を急かします。
瞬間、彼の顔から、表情と言うものが消えました。
それが素だと言うことに気付き、一人でなるほど、と納得します。彼の顔には、全てを見下すほどの冷たさしかなかったのです。
その本性は、わたしが描いた通りの素でした。なんとなく安堵します。
しかし次いで吐かれた言葉に、わたしの表情が凍りつきました。
「わたしの好きなものは、わたしの行動全てに嫌悪を見せてくれる君だよ」
そう言い残し、ファラント様は引いて行きます。
……つまり、それはなんでしょう。わたしがわたしである限り、わたしはファラント様から好奇の目で見られる、と言うことですよね?
そう考えると、嫌われるためには彼を好きにならなければなりません。それは無理です。いや、絶対に無理です。不可能です。
……そう考えますと。
胸の内側に、嫌な感じが広がりました。
「……つまり、わたしがあなたを好きになれば、あなたは嫌ってくれると言うわけですね」
「残念。逆にそれはそれで良いと思うよ、わたしは。どちらにしろ、君は面白い」
本当に残念なことに、四面楚歌でした。
……お父様、お母様、お兄様。申し訳ありません。わたし、早々に折れてしまうかもしれません。
彼をゴミを見るような目で見つつ、わたしは口を開きました。
「……分かりました。それならば仕方ありませんので、前向きに検討させていただきます」
……だからと言って、婚約したいとは思いませんけど。