白熱した家族会議です
「確かに腹黒だとは思いましたが……家柄的に言えば、問題などないのでは?」
貴族社会で重要になるのは所詮、家柄と容姿だけです。教養や性格など、後からついてくるものです。そう見ると、ファラント様は完璧という他ないでしょう。……性格は最悪ですが。
じと目で騎士団長のことを聞けば、お母様がわなわなと腕を震わせます。
「ダメ、ダメ、絶対にダメです! メリアちゃんのこと、もののようにしか思っていないような人なのよ!?」
「母上の言う通りです、アルメリア。彼は君を、役に立ちそうな女としか見ていません。それでは君が報われません」
「はあ……」
もののように、ですか。ある意味、貴族らしい思考回路をしているように思えますが。
そもそも、武器を出してしまったわたしも悪いですしね。お互い様と言うやつです。
その上、逃げたら逃げたで伯爵家全体に迷惑がかかります。駆け落ちとか、そんな夢見がちなことができる性分ではありませんし、そもそも相手がいません。不信感バリバリです。
されど承諾しようにも断ろうにも、反感を買いそうなことは目に見えています。どっちを選べば良いんでしょうか。教えて欲しいものですよ腹黒さん。
わたしは爽やかな笑顔を浮かべているファラント様の顔を思い出し、再度ため息を零しました。
「よし、ならば断ろう。向こうとしても、断られたら何も言えるまい」
「わたし、思うんです。あの人、断った後もかなりしつこそうだな、と」
「メリアちゃん……」
「否定できませんね……」
見事な一致です。我ながら、家族の一員になってきた気がしますよ。
だって、考えてもみてください。むしろ断ったことに対して興味関心を持ち、さらに突っ込んできそうではありませんか。そもそもあの人に見つかってしまったことが、わたしの人生の汚点です。無理です。逃げられません。むしろそんな体力ありません。以上。
ただいきなり婚約して、はい結婚、と言うのは無理なので、しばらくの間定期的に会う、と言うことで合意をしてもらいたいなと思っています。
……向こうの方が上なので、承諾してもらえるかは分かりませんが。
「でも、でもだなぁっ………アルメリアがやっときたんだぞ? なのに何故……何故あの性根の腐った小僧に、うちの可愛いアルメリアを渡さねばならんのだっ!」
「そうですよ、メリアちゃん。せっかく、せっかくメリアちゃんと暮らせると思ったのに……」
「そうです、アルメリア。僕たちは君がここに来るのを、ずっと楽しみにしていたのですよ」
「左様ですか」
確かに、かなり前から養子先に決まっていたとは聞いていました。しかし、それほどまでとは。
聞いて驚きましたね。どうしたものか。
ならばどちらにせよ、さっさと承諾して興味をなくしていただき、婚約破棄をしていただくことをお願いしましょう。わたしとしても、もののような扱いを受けるのはこりごりです。
「とりあえず、再度お会いしてみようと思います」
「……仕方あるまい。我らとしても、アビシリア公爵を敵に回すのはごめんこうむりたい。あそこは誰も彼も、骨の折れる輩ばかりなのだ。殺しにくい」
「……もうこれは、公爵家まるごと、暗殺を謀るしか……でも、一人ずつでないとわたくしたちとしては押し負けてしまいますわね……」
「母上、落ち着いてください。それは最終手段です。その前に公爵家を恨んでいそうな輩をそそのかし、数を減らしましょう」
「あら、ウィルちゃん。それ、良いアイディアだわ!」
ウィルとは、お兄様の本名です。
……ところでこの発言には、何かしらのツッコミを入れたほうが良いのでしょうか。
そこで思い出したのは、ファラント様が「『あの』フランディール家」とおっしゃっていたあの場面です。
公爵家を暗殺しようと目論む辺り、確かに『あの』フランディール家だと言われるだけのことはありそうです。
まぁもとから、何かありそうだとは思っていましたが……そこは、暗殺者特有の「見ざる言わざる聞かざる」です。暗殺者は、依頼主の内情に口を出すことはダメなのです。
と言うわけで、わたしは置物よろしく、口を閉ざすことにしました。するといつの間にかいらしていた執事さんが、わたしの目の前に紅茶のカップを置いてくれます。あ、ありがとうございます。
紅茶を一口すすれば、ホッとした温かさが胸に染みます。良いですねぇ、紅茶。安心します。
「ならば会うのはいつが良いかしら……」
「できる限り引き延ばしましょう。……あの腹黒が」
「そうだな。アルメリアの体調が優れないとかなんだとかという言い訳をつけて、引き延ばそう。あの小童……何でもかんでも、自分の思い通りになると思うなよ……?」
……お父様。わたしの体調は、生まれてこの方一度も悪くなったことはありませんが。
内心でぼやきましたが、まぁあくまで口実です。ならば喜んで体調不良になりましょう。睡眠も食事も、できるときにできるだけするというのが暗殺業の基本です。惰眠を貪れるのなど、最高ではありませんか。役得ですね。
わたしがクッキーをもぐもぐと食している間にも、物騒な気もする話は進んでいきます。
「場所は……やはり、向こうの屋敷になりそうだな」
「そうね。ならば、メリアちゃんに催眠薬を持たせましょう。毒薬でも良いくらいですけどね」
「母上、毒針にしましょう。アルメリアなら使いこなせます」
「だが毒針は、証拠が残るな……」
「それは薬もおなじですよ、あなた」
「それもそうか……」
紅茶をすすりつつ思ったことは、一つでした。
はい、この家族も、大概です。
ファラント様を腹黒と呼ぶなら、フランディール家は物騒と言うべきでしょう。
ああ、だから、なんだか違和感を感じなかったのですね。
暗殺仲間たちと同じような会話と雰囲気でしたからね。なるほど、納得しました。
長い長い家族会議(わたしはほとんど口を出してません)の末、会うのは無難なところの一週間後、ということになりました。
その間に、刃を研ぐお父様の姿や完全装備で毒草を煮込むお兄様の姿、ドレスの内側にナイフを仕込みやすいよう仕掛けを作るお母様の姿を見かけました。どれも職人がかった腕をしていて、わたしもびっくりです。
……この家族、色々と大丈夫なんでしょうか。
思わず思ってしまったことは、胸の内側にだけとどめておきます。