番外編① とある騎士団員の証言
俺が配属する騎士団には、ファラント・アビシリア騎士団長とアルメリア・フランディール騎士団長補佐という、二強がいる。
そもそも俺が団長に会ったのは、騎士団に入った四年前だった。
もともと素晴らしい武勇で知られていた団長は、確かにすごかった。しかしそのせいか、人間というものに興味を示していない感じがあった。なんて言うんだろうな。駒としてしか見てない、みたいな。
そんな人間味の薄い団長を、俺は尊敬していながらももったいなと思ったものだ。
だってさ、あんな綺麗な顔をしてるのに、女の影すら見えないんだぞ? むしろ恐ろしいと思ったわ。
そんな、人としてちょっとずれている団長。
そんな団長の運命の人とも言うべき人は、今から一年前に来た。
それは、俺が団長に報告書を出しに行ったある日のことだ。
「失礼します。団長、報告書を持ってきました」
いつも通りノックをしてからかけたのだが、返事がなかったのだ。団長は留守であるはずもないし、それは珍しい。あの人が居眠りをするとは、到底も思えなかった。なんせあの人は、警戒心が人一倍強い。家で以外、まともに寝た試しがないそうだ。戦争のために野外で眠ることになっても、ちょっとした音で直ぐに起きてしまうらしい。
だからこそ首を傾げる他なかった。もう一度、ノックをした方が良いのだろうか。
報告書を片手に、逡巡していたときだ。
「どうぞ、お入りください」
俺の思考は止まった。
中から聞こえてきたのは団長のものではない、というか、最早男の声ではない、酷く可憐な声が聞こえてきたからだ。
少し間を置いてから「失礼します」と声をかけ、中に入る。するとそこにはなんと。
膝枕をされて眠っている、団長がいるではないか。
しかも、膝枕をしているのはなかなかの美貌を持った女だ。少女と言ったほうが良い見目の、可愛らしい女の人。思わず言いあぐねていると、彼女は少し困った顔をして団長を一瞥する。
「申し訳ありません。今、ファラント様はお疲れで眠っていらっしゃいます。できれば報告書を置いて行っていただけないでしょうか」
「……承りました」
それからのことはぶっちゃけ、ほとんど覚えていない。というか、あの団長がすやすや寝ていることにも驚いたし、その相手があんな、可愛らしい少女だとも思わなかった。
思わず団員全員に話したとき、全員から「それは幻覚だ」と言われた後、あまりにうるさかったせいか、副団長に小突かれたのを覚えている。
しかしその少女との再会は、思っていたより早くやってきた。
それは、俺が初めて体験する戦争前のこと。
「はじめまして、アルメリア・フランディールと申します。本日付けで、この騎士団にて働きます。どうぞ、よろしくお願いしますね」
どうやら団長の麗しの君は、アルメリアさんというらしい。
初めのうちはただの令嬢だと思っていた彼女は、そんなにぬるく甘ったるいものではなかった。
それは戦争中、野外でテントを張り敵襲を警戒していたときのことだ。俺は彼女と一緒に、夜の見回りをしていた。そんな中彼女は、どこからともなく取り出したナイフで、敵の隠密を迷いなく突き刺したのだ。
そのナイフの腕を見て、思わず寒気がしたことは今でも思い出せる。
あれは、人を殺すためだけに磨き上げたものだ。つまりこの人は、敵だろうがなんだろうが、その気になれば殺せる人種だということになる。
しかしそんな彼女は、それを自らの手柄にするわけではなく、団長の名を使って他の団員に通達した。
「全員にファラント様から通達があります。北東から敵兵確認。直ちに殲滅せよ、とのことです」
この人はそう言っていたけれど、俺は彼女が、敵の隠密を一発で潰したところを見ている。ならば、気付いたのはこの人だ。
その時点でだいぶ見方が変わっていた彼女と言う人は、さらに度肝を抜くことをしてくれた。
ナイフを華麗に用い、首筋や頭といった急所だけを狙って、敵方を絶命させて行くのだ。
この人は「わたしの剣技など、まだまだです。なんせファラント様に、剣技で勝てることはありませんから」とか抜かしてたけど、俺たちからして見たら怪物も同然だ。実力者である団長、副団長、そして数名の剣技で知られる団員と、同じくらいなのではないだろうか。どちらにせよ、すごかった。
この人のお陰で、戦争はここまで早く終結したんではないだろうか。
さらに驚くべきことと言えば、あの団長に対して物怖じすらせず、言いたいことをズケズケと言ってのけるその精神だ。
命知らず、とか、そう言う意味ではない。
団長はそもそも、公爵家の人である上に武勇で知られる名手なのだ。気後れするのが普通だ。しかしそれを彼女は、当たり前のようにぶち壊す。そしてそれを団長も、楽しんでいるように見えるから厄介だ。マジ怖い。
そして最近は特に、あの二人の話題で持ちきりだ。
「なー団長とアルメリアさんいるじゃん? あの二人、恋人だよな?」
「知らねーよ。ただ前に聞いたときは、付き合ってねーって言ってた」
「マジか。あの団長を飼い慣らせることができる、唯一の人なのに」
なーんて会話を、騎士団の団員たちはしているわけだ。もちろん俺は、そっちのほうの噂はしない。理由? なんかさ、背筋に悪寒が走るんだよ。よくないことはするなの言うお達しだと、俺は信じている。
そもそも、この二人の間に恋愛感情はない。
団長が騎士団長補佐を信頼しているのは、騎士団長補佐が団長に揺らがないからだ。そしてアルメリアさんも、団長の力になりたいと思っている。
ある意味では相思相愛だけど、それが恋とか言う曖昧で儚いものだとは、俺には思えない。恋人なんていう曖昧で消えやすいものとこの人たちを、一緒にしないで欲しいとも思うわけだ。その関係を言葉に表すなら、まさしく『夫婦』と言うべきだろうが、騎士団長補佐にその気はないらしい。
でもまぁ、俺としてはさ、この二人の関係はなかなか良いな、とか思ってるわけだ。理由?
そんなもん、簡単簡単。だってこの人たちは、恋とか愛とかあやふやなものでなく、しっかりとした絆で結ばれてるから。見ていると、あーこんな夫婦になりてーとか思う。まぁ、難しそうだけどな。
どちらにしても、俺的には二人がこのままでいてくれれば嬉しいわけ。
おっと。そうこうしている間に、訓練の時間だ。今日はあの二強がビシバシ指導する日だから、急がなくては。
そうして今日も俺は、あの仲の良いようで曖昧な二人を見て、思わず笑みを浮かべたのだ。
(その二人、まさしく『夫婦』)




