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ことの次第を説明します

「……アルメリア、逃げなさい」


 真面目な上にいかつい顔をした、茶髪を刈り込んだ碧眼の男性、ことお父様が、わたしに向かってそう言いました。その横に座る金髪を三つ編みにした碧眼のお母様も、深刻な顔をしています。


「そうよ、メリアちゃん。この家のことなんて気にしないで、隣国辺りまで行ってしまいなさい」

「ミリーの言う通りだ。地の果てまで逃げなさい。後のことはわたしが何とかしよう」


 メリアとは、わたしの愛称です。とは言いましても、お母様くらいしか呼ばないのですがね?

 ミリーとは、お母様の愛称です。本名はミリアリアというそうです。

 お父様の言に、後ろで佇むさらさらの茶髪と碧眼を持つお兄様も頷かれました。

 ただわたしはそれを聞き、思います。


「……騎士団長は、どれだけ嫌われているのですか」


 たかが婚約程度の話で、そこまで言われるなど。

 わたし、ことアルメリア・フランディールは、養子にしていただいた伯爵家の方々に、少し冷めた声で言いました。

 因みにわたしの容姿は、茶色混じりの金髪に碧眼です。



 ***



 経緯を簡単に説明するなら、伯爵家の養子になって、社交界デビューをして、求婚されました。え? 説明不足?

 仕方ないですね。一から話しましょう。

 ことの次第は、わたしがフランディール伯爵家に養子にしていただいたことから始まります。

 わたしは幼少期、暗殺者を生業としていました。

 ただ暗殺業と言っても、うちの頭領は義理と人情に厚い人間味溢れる女の人です。それもあり、わたしの周りにはとても仲間思いな人たちがたくさんいました。

 そして頭領はというと、裏社会でなら知らない人はいないほどの優れた腕を持つ暗殺者です。ただし、旦那さんが副頭領をやってます。夫婦揃って暗殺業です。なかなかすごいと思いましたね。

 それもあり、頭領は女のわたしに口うるさく言っていたのです。


『メリア、良いかい? 女の幸せっつーのはなぁ、好きな男と結ばれて余生を過ごすことなんだよ』


 ……頭領。残念なことに、わたしが異性に恋愛感情を抱くことは、ほとんどなさそうです。

 とよく思いましたが、言ったら言ったで機嫌が悪くなるので、口に出したことはありません。

 そんな経緯もあり、頭領は自身の弟子が女だった場合、必ずまっとうな道に戻すということをやってきたようです。

 そしてわたしもどうやら、随分前から養子先が決まっていたらしく。

 十七歳の誕生日という成人の日を経て、暗殺業を辞めることになりました。

 ただし、転職先は伯爵家です。

 ……なんと言ったら良いのですかね、複雑です。

 なんせ、今まで命令されていた身分の人たちに、自分がなるのですよ? 複雑と言わずしてなんと言うべきでしょうか。貴族社会のドロドロさ加減を十分理解しているわたしとしては、ご遠慮願いたい養子先です。

 しかし夫人であるお母様も、当主であるお父様も、次期当主であるお兄様も、皆とても優しくわたしに接してくれました。暗殺業をやっていた頃と、何も変わらない日々の始まりです。

 ただ、そこはやはり貴族。成人したら行われる社交界デビューというものが、待ち受けていました。

 頭領から潜入のために、礼儀作法を完璧に教わっていたのでその点においては苦ではありませんでしたが、暗殺者をやっていたわたしからしてみたら、凄まじく嫌な時間です。

 なんせ、人が多い中でたくさんの人に話しかけられるのですよ? 苦痛以外の何物でもありませんでした。

 仕方ないので、一通りの挨拶を済ませてから気配を殺します。すると影が薄くなり、周りの人たちからの視線もなくなりました。いやはや、やはり見られていない方が楽ですね。

 これを機に、わたしはそそくさと庭園に出ることにしたのです。

 夜風が未だ冷たい中庭は、静けさで溢れていました。肌寒いその感覚は、わたしとしては慣れ親しんだものです。そこでふと、頭領のことを思い出しました。

 ……暗殺業、案外嫌いではなかったのですが。

 幼少から過ごしてきた場所です。人並みの愛着もありましたし、仲間たちは皆とても優しくわたしに接してくれました。頭領も大雑把ながらも強い人で、わたしの目標であり憧れです。そんな頭領を支える副頭領は、料理が上手いフォロー上手な人でした。頭領と副頭領、合わせて二で割ったら良い感じになるんではないでしょうか。


「……やれやれです」


 夜風に吹かれながら、はぁ、とため息をこぼしたときです。

 ぞわりと、背筋に殺気を感じました。

 わたしは右足を軸にして回りました。

 袖口に忍ばせておいたナイフを握り締め、足に力を込めます。すると、凄まじい力が腕にかかりました。その力は強く、今すぐにでも押し負けてしまいそうです。

 このまま行けば殺されてしまう。

 瞬時にそう判断したわたしは、力を抜くと同時に後ろへと飛びました。

 相手の姿勢が僅かに前のめりになります。

 夜目に慣れた目でそう判断したわたしは、手にしたナイフを投擲しました。

 後ろに下がりつつもまた投擲用のナイフを抜き出し、二本を飛ばします。頭部と首を狙ってはなったそれを、しかし相手はいとも容易く弾き飛ばしてしまいました。

 速度は十分ありましたし、闇の中でなら判断が付き辛いものです。

 しかしそれを相手は、長剣一本でいなしたのです。

 強敵だと判断しました。しかしそれと同時に、見たことのある見目がわたしの目に飛び込んできます。

 それに騎士服が合わされば、もはや確定です。わたしの予感は見事に当たることになりました。

 ……全く嬉しくないですが。

 彼はこの国一番の剣の使い手である、騎士団長です。

 公爵家の次男で、見目も麗しいと評判なんだそう。しかしその歳にしてもなお女の影すら見えないということもあり、社交界としては騒然としていたそうです。全て頭領からの情報です。……至極どうでも良いですが。

 見目はともかく、わたしは初見ですが、佇まいからして無駄がないことが読み取れました。

 正直に言います。無理です。敵いません。そもそも暗殺者と言うのは、影から狙うからこその暗殺者です。頭領ほどの腕があれば話は別ですが、獲物のリーチが圧倒的に長い彼と戦うなど、無謀極まりないです。

 一応牽制のためにナイフは構えていましたが、逃げる他なさそうです。

 どうしようかと思案していると、彼が長剣をしまうのが見えました。


「……ふむ。予想通り、いや、予想以上に素晴らしい」

「……はい?」


 しかし聞こえてきたのは、なんとも反応に困る発言です。

 相手が相手なだけあり、わたしは未だに構えたままでいました。

 すると彼は、優雅に腰を折って礼をします。


「いきなり剣を向けて申し訳ない、可愛らしいお嬢さん。わたしは王国騎士団長のファラント・アビシリアと言う者だ。宜しければ、君のお名前を聞かせていただいても良いかな?」


 見せつけるように片手を上げるファラント様の手には、わたしが投擲したナイフが握られていました。いつの間に持っていたのでしょう。

 そして今更ながらに気付きます。

 ……わたしはもう暗殺者ではないのだから、こんなことしてたらダメですよね。

 しかしそれはもう、過ぎ去って行ったことです。わたしにはどうにもできません。反射的に動いてしまったのです。むしろわたしが動かなかったら、彼はどうしたのでしょう。そのまま殺していたような気もしますが。

 名前を言おうか迷っていましたが、そこでお母様のお言葉が浮かびます。


『良いこと、メリアちゃん。知らない人から名前を聞かれても、答えてはダメよ!』


 ……しかしお母様。これはあれな気がします。色々と詰んでいる気がします。

 敵の手には証拠品が握られており、しかも国一番の強さを持つ人です。今の装備で、逃げられる気がしません。ドレスとヒールが動きを阻害するのです。脱いで逃げたとしても、証拠品が増えるだけでしょう。この男はそれを使って、わたしを徹底的に探し出すに違いありません。

 いや、そもそも逃がす気などないのでしょう。逃げた時点でおそらく、わたしの首はポーンと飛んでしまいます。それだけのことができる相手です。女であろうと、容赦しようなどとは思わないことでしょう。

 爽やか系公爵家次男は、とんだ腹黒でした。

 逃げ場を完全に封じる様は、まさしく策士です。ため息を吐く他ありません。

 袖口にナイフを隠しつつ、わたしは事務的に答えます。


「……お初にお目にかかります。アルメリア・フランディールと申します」

「ほう。あの・・フランディール家の娘でしたか」


 ファラント様は、闇の中でも分かるほどの笑みを浮かべて頷きます。

 と言うか、『あの』フランディール家とはどう言った意味でしょう。含みがあって嫌なのですが。

 すると颯爽と距離を詰めた彼が、わたしに手を差し伸べます。


「宜しかったら一曲、踊りませんか?」


 わたしの耳にはそれが、「ナイフのことは黙っているから、一緒に踊ろうか?」という声に聞こえました。腹黒確定です。とんだ厄介者に捕まりました。

 渋々ながらも手を取ると、彼は笑顔を浮かべて中へと進んでいきました。

 光を浴びると、今まで見えていなかった相貌が露わになります。

 なるほど、これは確かに、ご令嬢方が騒ぐ容姿をしています。

 緑色の瞳は切れ長で、色気がだだ漏れしています。長めの金髪を首辺りでくくり、笑顔を振りまく様は確信犯です。長身な上、鍛えているだけあり、無駄な部分を感じさせない美しい人です。

 ただし、腹黒が全てを台無しにしています。

 既にこの時点で視線が痛いというのに、この腹黒さんはなんと、会場の真ん中に陣取ったではありませんか。

 ああ、目立つ。視線が痛い。

 無表情でそう語りかけてやれば、彼の笑みがさらに輝いた気がしました。

 曲が始まり、ワルツを踊り始めます。

 その際に足を踏もうと思ったのですが、この腹黒はさらりとそれをかわしました。それが無性に苛立たしかったのは、今でもよく覚えています。

 そして去り際に吐き出された言葉も。


「おとなしく待っていなさい。必ず、迎えに行くから……」


 そしてその数日後、アビシリア公爵家から求婚の手紙が送られてきました。

 ……以上、経緯説明です。

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