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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
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in my shoes

作者: 小林 小鳩
掲載日:2014/08/01

 人間の身体ってのはみんな違うように出来てるから、ちょうどいいサイズに重なり合うのは、結構難しいな。靴のサイズとか履き心地とか、体温だとか癖だとか。

 車の通りはほとんどないけど、信号が赤から青へ変わるのを待つ間、コンビニの袋と履き心地の悪いコンバースの白が暗闇の中でぼんやりと浮き上がっているのに視線を落とす。

 8月31日なんてもう過ぎたけど、熱帯夜が続く夜の空気はまだ温く、早歩きしたせいかTシャツの袖口から二の腕を伝って汗が垂れる。

 夏休みはまだ終わらない。


 アパートのドアを開けると、まるで冷蔵庫を開けたようにひんやりとした空気が流れてくる。

「ただいま」

「おかえりー。あれ、俺の靴履いてったの? ゆるくない?」

「あー……うん、人の靴は履きにくいわ」

「そりゃそうだよ。俺の物は俺の身体に合うようになってんだから」

 そういうもんなのか?

 凍えるくらい冷房をかけておきながらタオルケットをかぶって、人の家の麦茶を飲んでゲームをやっている。胡座をかく諒太の足元に転がった生乾きのタオルを拾い上げて顔の前に差し出すと、罰の悪そうな顔をした。

 大学進学でそれぞれが一人暮らしを始める時も、諒太の家族だけじゃなくウチの親までもが「ショウちゃんが監督してくれるから安心」と言い合ったものだが。

諒太がいい加減でだらしないのは子供の頃からで、しょっちゅう俺の部屋のものを勝手に使う。

シャツもスニーカーもボールペンも、ないと思ったらいつも諒太の部屋にある。

中学も高校も、教科書や辞書を忘れたって俺のものをほとんど共有で使っていたような物だった。

あんまり諒太が俺の物を勝手に使うから、俺もあいつのものを勝手に持って行くようになったけど、当の本人は全然気にしてない様子だ。

そもそも俺に使われているのにどれだけ気付いているんだろうか?

自分の物を使われて苛々してるのは自分だけのようで、その内馬鹿らしくなった。

俺の物は全部自分の物って気でいるんだもんな。

いくら幼なじみだからって。

「ショウちゃん、これ地下入るの?」

「君は昨日の夜からここでごろごろしてゲームしてごろごろして、俺がバイトから帰ってきてもまだゲームをやってますが、一体いつになったらレポートを書くのかね」

「すみません、ゾンビをぶっ殺すのに夢中になってました……。だってマックでレポートやってたら追い出されちゃってさー。それにショウちゃん家にいればクーラー代節約出来るじゃん。世の中節電ブームだし。俺のレポートの課題、環境問題についてだし」

「電気代払えよ。今すぐ冷房消せよ。つーか、消す」

「あとでなんか奢るよー」

 あ、俺のTシャツ、また勝手に着てるな。別にいいけど。

紺とグレーの細いボーダー柄は、俺より似合ってるのを良く知ってて、たまに大学にも着ていってる。

誰かに指摘されたらなんて言うんだろう、あいつ。たまたま同じのを持ってるって言うのかな。

幼なじみで仲が良いからって、ハタチすぎてそれが何処まで通るんだろう。

いつか色んな誤摩化しがきかなくなる日がくるんだろうなって思う。



 俺がシャワーを浴びて部屋に戻っても、諒太はまだゲームの中のゾンビを倒すのに夢中だ。

明日の朝になって大騒ぎして、結局レポート手伝わされるんだろうなあ。

毎年夏休みの終わりはそうだったけど。

大学生の夏休みって不思議だな。8月が終わってもまだ続いてる。

このまま永遠に終わりかけの夏を過ごしていける、そんな場所へ向かってるような。

本当の夏休みの終わりから逃げているような、悪いことをしている気分。

誰にも内緒の悪いこと。

「ねえ、もし街中ゾンビだらけになったら、一緒に逃げようよ」

「何言ってんだ」

「ショウちゃん免許持ってんじゃん? その辺の車奪ってさ、2人で逃げんの。ショッピングモールに逃げ込んで食料と武器調達して」

「なんでゾンビ映画ってみんなショッピングモールに逃げるんだろうな。都会にはあんまりショッピングモールないけど、どうすんだ」

「俺、真っ先にショウちゃん迎えに行くよ」

「そんなことより、もしかして冷凍庫に入ってた俺のアイス食べた?」

「……食べた。食べました」

「今日バイトから帰ったら食べようと思って取っておいた! 俺のアイス!」

「箱の中に残りあと1本だったから、俺の為に残しておいてくれてんのかと思ってしまいました」

「どうしてそう思った」

「ごめんなさい。あとで同じアイス奢ります……あんま怒るとショウちゃんがゾンビに襲われても助けないからね……」

「うん、ゾンビ出ないから大丈夫」

 仕方ないので代わりにバイト帰りに買ったアイスモナカを食べてると、それを見た諒太は、この世のすべてが信じられないとでも言うような大げさなリアクションをとる。

「アイスあるじゃん!」

「諒太がウチにいるってことは、勝手にアイス食べられてるなんて想定済みだよ」

「ずるい! ショウちゃんそういうとこずるい!」

 くだらないやり取りに夢中になっている間に、ゾンビの群れに襲われてゲームオーバーになってる。

「ショウちゃんのせいでやられた……」

「君が人のアイス食べたせいじゃないのかね。あとレポートやろうね。手伝わないからね」

「きびしすぎる……」

「俺だって諒太のことちゃんと監督しろっておばちゃんに言われてんだから」

 口を少し尖らせて、子供の頃から変わらない表情でむくれてる。コントローラーを放って床にごろんと仰向けになって、冷房ですっかり冷えた足の先を、俺のふとももに押し付けてくる。

「人の家のコントローラーってなんとなく使いにくくない? 手にしっくりこないっていうかさ」

「じゃあ、自分のを家から持ってくればいいだろ」

「うーん……だったらこの家用のコントローラー買おうかなあ。靴と一緒でさ、使ってる内に持ち主に馴染むのかな」

 ショウちゃんもやる? とコントローラーを向けられる。ゾンビのいる迷路みたいな地下道を探索していると、諒太が俺の足の指を1本ずつゆっくり撫でてくる。

「……何」

「いや、足の指の長さとか、俺とどんだけ違うのかなって思ってさ」

「……は?」

「骨格がやっぱ違うなー。足首に指、回るかなー」

足の甲、足首、すねからひざへ登って。ふとももの内側へ這って回る。

「あ、くすぐったい?」

「……ちょっと」

「じゃあ、ここは?」

 冷たかったはずの指先が、じっとりと熱くなって。コントローラーを持つ手が震える。ゾンビが追っかけてくるから、銃ぶっ放して倒さなきゃいけない、のに。ざわっと体中から頭の内側に何かが駆け抜けるような感じがして、息を漏らさないよう、下唇を噛み締める。

 テレビ画面には、ゲームオーバーの文字。

「あ……」

「やられちゃった……」

 このバカ、絶対自分が勝ったとか思ってんだろうな。コントローラーを諒太に軽く投げつけて、ベッドに寝転がると。覆いかぶさるように諒太が上に乗っかってきた。

「ゲーム、もういいの?」

「むかつくからもういい。おまえもいい加減レポートやれよ。どうせ書いてないやつ1つや2つじゃないんだろ」

「書きかけのがあと1つ。今年はショウちゃんが思ってるより頑張ってるよ。ショウちゃんなんで俺と違う学部にいったの……」

「もし同じ学部で同じ講義とっても、ノートもレポートも見せねえよ」

 俺の夏休みの宿題を丸写しに毎日遊びに来てた、あの8月の終わりは過ぎてしまったから。もう何をやっても子供の戯れじゃ済まされない。

 俺が見張ってれば悪いことしないだろうだなんて、みんな馬鹿だ。2人でどれだけ隠れて悪いことしてたかなんて、微塵も想像してないんだ。

 髪の中に指つっこんで頭撫でられるのとか、寄りかかられる身体の重みや体温とか、なんでこういうのって気持ちいいんだろう。靴のサイズは合わないのに、触れられんのが気持ちいいのはなんでだろう。

 ああ、そうか。『俺の物は俺の身体に合うようになってる』からか。ずっとそうしてるから、襟足のカーブと唇のふくらみがぴったりと合うようになってしまったかもしれない。

「おまえ、俺のTシャツ汚すなよ」

「脱いじゃえば大丈夫。ショウちゃんだって今着てるTシャツ、俺のだよね……」

 皮膚と皮膚が吸い付くような感触と嗅ぎ馴れた汗の匂いが絡み合う。背面からゆっくりと差し込まれる鈍い感覚に、思わず声が漏れる。頭の中も身体の中も全部暑くて溶けそうだ。

 最初から上手く組み合うように作られたものじゃないけど、一緒に使ううちにゆっくりと形を変えて、まるで元からその為に作られたようにぴったりと合う。そういう物のことを考えようとするんだけど、脳が溶けたから、これ以上はもう無理。

 ねえショウちゃん、と耳元に息を漏らすような声。

「暑いから、また冷房入れていい?」



 アイスもうないの、なんて諒太は勝手にうちの冷蔵庫のドアを開け閉めして忙しない。バカは元気だな。

 氷でも喰ってろ、と返すと拗ねた顔して、これ貰うよってコーラのペットボトルの栓を開けた。クーラーで冷やされて溶けた脳がだんだん元に戻って。なんかゾンビみたいだな、俺は。

「そういえばマックでショウちゃんのゼミの安城に会ってさあ」

「コーラ、俺にもちょうだい」

「2人っきりでどっか行きたいんだけど、俺に協力してくれないかって」

「……は? 誰が誰と」

「だから、安城がショウちゃんと、2人っきりで」

 諒太から渡されたコーラを飲みかけて、一瞬止まった。一呼吸入れて、乾いた喉にコーラを流し込む。

「それで、俺、ショウちゃんには付き合ってる人がいるって言っちゃった。ずっと付き合ってる人がいるから無駄だよって」

 手の中のペットボトルから冷たい水滴が手首に伝う。今コーラを飲んだばかりなのに、なんだか喉が渇く。俺が押し黙ったままでいると、諒太は擦れそうな小さな声でごめんなさい、と言った。

「勝手なことしてごめんなさい……」

「……別にいいよ、気にすんな。いつまでも期待させるのって心苦しいし。一旦どっかではっきりさせた方がいい」

 俺の欠けていた部分を埋め合わせるように。やろうと思って躊躇して出来なかったことを、代わりに実行してくれる。ずっと一緒にいるうちに互いの形が馴染んでいって、ふたつでひとつになっていく。俺がいないと諒太は駄目なんじゃなくて、本当はその逆もあって。俺がいつも諒太に助けられてるってこと。諒太がいないと俺も駄目だってこと。

 君のものは俺のもので、俺は君のもの。こんな感じ、諒太は気付いているんだろうか。


 アイス買ってきてやろうか? と腰を上げると、子供みたいに大喜びしてる。バカは本当に元気だな。

 財布、と諒太の前に手を出すと、きょとんとした顔をした。

「おまえの財布。さっきアイス奢ってくれるって言ったじゃん。あと朝までにレポートなんとかしろよ」

「あー……! 鬼だ、鬼がいる」

「ゾンビじゃないのか。一緒に起きててやるからさ」

「がんばります……」

「よろしい。あ、レポート書き上がるまでアイスは食べれません」

 諒太の白のコンバースを履いて、足の裏とスニーカーの中底が噛み合ない違和感を感じながら、また温い空気の中を行く。


 思うんだけどさ、どうせなら一緒にゾンビになっちゃった方が幸せじゃないか?

ゾンビになって一緒に襲ってくる人間から逃げんの。

誰にも内緒の悪いことして一緒に逃げようよ。ずっと終わりかけの夏の場所まで。

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