ブラックホール
「長かった私たちの旅も、この星を最後に終了する。今夜は無礼講だ!」
はるばる地球から来ていた調査団の団長はそう言って、乾杯の音頭をあげた。皆へとへとに疲れ切っていたが無理もない。この調査団は三年に渡り、太陽系外の惑星調査に出ていたのだ。その数、約三十。それだけの星を休むことなく次々と回り調査をしていった。たったの三年で終わったのは、一重に彼らの優秀さと勤勉さゆえにだろう。心なしか宇宙船の動きにも拍車がかかり、いつもより速く進んでいるようであった。
「あそこに見えるのが最後の調査対象、『オニキス星』だ。あと十時間程度で目の前にまで近づくだろう。今までの望遠鏡では見えなかったが、最近開発された最新型の望遠鏡によって確認されたとても新しい星なんだ。なんだか不気味な色をしているが、表面や地下に多くの資源が眠っていると予想されている。最後の星として申し分ない」
多くの団員が喜びに湧く中、二人の団員は端の方で静かに会話をしていた。一人は色白な西洋系の男、一人はアジア系の男だ。西洋系の男は右目の下にホクロがあり、左手に高価そうな懐中時計を持っている。アジア系の男は頭に野球帽を被りここが地上であったならば、すぐにでもスポーツを始めそうな勢いだ。
「君とこの調査で一緒になれたことを光栄に思うよ。君にはいろいろなことを教えてもらった。そうだ、僕の妻の作る料理は絶品なんだ。帰ったら僕の家に招待しよう」
「それは俺もだ。お前さんには面白い話をたくさんしてくれるから、三年間飽きずにすんだ。いい店を知ってるんだ、一緒に飲みに行こう」
「それはうれしいな」
「そいつはうれしい」
お互いに酒の入ったグラスを持ち上げ、カチャンと乾杯を交わす。
「今日は飲もう。きっと明日はいい日だ」
「今日と同じようにな」
顔を向い合わせ、ふふふと笑う。机の上のつまみをポリポリと咀嚼しながら、二人の会話は続いた。飲み潰れていく他の団員を尻目に最後の二人になったところで呟く。
「もう今日は寝るとしよう。明日に響いたらいけない。この様子だと明日まともに働けるのは僕らだけのようだしね」
はははと笑い答える。
「違いない。最後の調査が最も大変になりそうだな。特に仲間の面倒まで見るとなると、これは一筋縄にはいかない」
「部屋に戻ろう。後片付けは明日の朝、早くに起きてするとしよう。団員も起こさなければ」
二人は部屋に向かって歩き出す。船の速度は通常時の倍は出ていたが、宇宙船がバランスをコントロールしているため、体感はいつも通りであった。船は未だに真っ黒な惑星に向かって進んでいる。
「便利になったものだな。こうやって船長が酔っていても、対象を入力するだけで、コンピュータが自動で星に向かってくれるんだから。俺が子供のころじゃあ、さすがにここまではコンピュータを信用していなかった」
「時代は変わるものだよ。世界は回っているんだから。常に新しい方へ新しい方へと動いているのさ。おっとここでお別れだ。それではgoodnight.いい夢を」
「おやすみ」
漆黒の『オニキス星』の近くに同じく真っ黒なブラックホールがあると報告があったのは彼ら二人が眠りについたころだった。