初めての笑顔
私に家族が出来た。
私しかいない世界で見つけた初めての『人』。
やっと見つけたそれを私は抱きしめた。
* * *
私は今までの空虚な時間を埋めるように話し続けた。
好きなアニメの話。好きな漫画の話。
好きな小説の話。好きなゲームの話。
私が話す事に耳を傾けてくれる『人』。
嬉しくて嬉しくて言葉が止めどなく溢れだす。
「ま、まってまって!」
暫くして『人』が慌てだす。
何か気に障ることでもしてしまったのだろうか?
『人』と接するのが初めてだから何か間違ったことをしてしまったのかもしれない。
「ご、ごめんなさい…」
「あ、違う違う!怒ってるんじゃないから!」
謝ると焦ったように手と首を横に振る『人』。
ならどうしたのだろうか?
私が困惑しているのを感じ取った『人』は意識を後ろに傾けつつも理由を教えてくれた。
「お話を聞くのは全然構わないんだけど、ほら…、お肉が、さ…。あとここに長居するのもちょっと…」
「え…?」
後半の一言に私は絶望する。
初めて出会えた『人』を、このままだと失ってしまう。
「傍に居て…」
私は『人』の袖を掴んで懇願する。
その『人』は首を傾げてハッとする。
「大丈夫!キミを置いて行くわけじゃないから。ちゃんと一緒に行こう」
その一言で安心できた。よかった、また一人になってしまうのかと思ってしまった。
私が安堵したことが分かった『人』は私の頭を撫でてから倒れ伏す異形の元へと移動した。
私もそれについていき、両親だったであろう気持ち悪い肉の塊を見つめる。
「ごめんね、キミのお父さんお母さん殺しちゃったね」
「ううん、いいの。『これ』をお父さんともお母さんとも思ってないから」
勿論、感謝の気持ちを忘れているわけではない。
食事を、住む場所を、着る物を。
衣食住の全てを用意してくれたのは『肉の塊』だ。
自分とは異なる化物、愛を感じぬ行動、理解なき世界による孤独は決して『これ』を家族として認めはしなかった。
書類上は血の繋がりがあるのだろう。だが、心の繋がりは皆無。
言葉の違う動物と心を通わせる事が出来るのはその見た目と一緒に過ごすことで感じ取ることが出来るようになる心の機微。それは相手に関心を持ち、相手に好意を向けることで可能となる。
自分と言語も姿も異なる生理的嫌悪を感じる化物に好意を抱くことは可能か?
自分の事を惰性で育てる化物に愛情を持つことは出来るか否か?
少なくとも、自分以外の人間を『人』として認識できなかった者は出来なかった。
「そう…」
「そうなの、だから気にしないで」
私は初めて出来た『家族』にそう言って笑いかけた。
これから始まる同じ『人』と暮らせる幸せに想いを馳せて。
その笑顔は天使の浮かべる微笑みのように輝いていて。
喉を裂かれた死体が転がる血まみれのリビングには似つかわしくないものだった。
他の者がこの場面を見れば間違いなくこう思うだろう。
―――こいつらは『狂っている』と。




