初めての事
人を人として認識できない状況を経験したことはあるだろうか?
周りに居るのは自分と同じ形をした食物。
それが自分と同じ生き物だということに気付いていながら、食事としてしか認識できない状況。
鏡を見ても自分には食欲が湧きあがる事は無い。
ただ、他人にのみ、自分の奥底から食欲が湧きあがる。
両親はそんな私を恐れた。
生れながらにして可笑しい自分達の子供。
人を食べる人など、獣と同じ。
否、理性を持ち合わせ、倫理観を共有している以上、獣以上の存在。
人を食う鬼である。
彼らは堪え切れなくなった恐怖心から、自らの子供に手を上げようとした。
しかし、それは子供も一緒だった。
堪え切れなくなった食欲から、自らの両親の血で両手を、口を汚した。
世界に自分と同類は存在しない。
何処までも孤独。何処までも無理解。
この世界に一人きりであることへの寂しさを、食欲で誤魔化す日々。
そしていつしか、人しか喉を通らなくなった。
そんな日々が続いた時、転機が訪れた。
極限まで我慢した食欲が溢れ出る。
人の生きる世の中で、人しか食べれないと言うのは辛いことだ。
人は愚かではない。同じ事を繰り返せばいずれ自分へと辿りつくだろう。
そして人は自分を認めることは無い。自分は人を食べる鬼だから。人は人ではない者に、特に人に害なす存在に対しては容赦しない。
それでも、抑えきれぬ三大欲求に突き上げられた。
視界に入った窓に人がいた。
頭よりも先に身体が動きだす。ガラスを突き破る。
驚きに硬直させている時間を無駄にはせずに、手に馴染んだナイフを奔らせる。
若干の抵抗があったものの、淀みなく凶刃は喉を切り裂き血飛沫を撒き散らす。
叫び声。室内に居たもう一匹の食物が上げた悲鳴。
それすらも返す刃で黙らせる。
ゴトン、と思い頭から床へと身体が崩れ落ちた。
「あちゃあ」
頭から勢いよく落ちる際にテーブルに頭をぶつけてしまったようだ。
傷がつくと調理の時にむらが出来やすい。食事の回数が限られている以上、一度の食事で満足できるように最高の調理をしたかったのだが。
「でも、しょうがないね」
そうして血抜きを始めようと思った矢先だ。
背にした扉が開くのを感じとった。振り向けば子供が居た。
その子供は静かに涙を流した。
心の中で悪い事をしたなと思う反面、それ以上の喜びがあった。
子供の肉は柔らかくて美味しい。
滅多に食べることのできない高級食材と言えばいいだろうか?
防犯意識の高い今、子供に手を出すのは自分の首を絞める行為につながる。
だが、こんなチャンスは滅多にない。
「あれ?まだ居たんだ」
出来るだけ怖がらせないようと思い声を掛ける。泣き喚いて自傷されては困るし、人が来ると折角の食材が手に入らなくなる。
普通であればこの声のかけ方は怖がらせる崖で間違っていることには気付かないまま笑みを浮かべる。
その瞬間、子供の眼から涙が零れ始めた。
内心慌てる。なんとか泣きやませなければ。
「お父さんお母さんが死んじゃって悲しいの?大丈夫、すぐに一緒になれるから」
それはお前を殺すぞ、と言っているようなものなのだがずれた感性では気付けない。
だか子供は首を横に振った。恐怖に混乱しているようには見えない。
そんな風に思っていると子供はたどたどしくも、こう告げたのだ。
「…嬉しくて」
「んっんー?そんな反応は初めてかな?」
思わずそんなことを言ってしまう。
え?嬉しいの?どういうこと?
目撃されれば化物と呼ばれ、悲鳴をあげられる。
そんな経験しかないのに、嬉しいと言われるなんて初めてだ。
困惑していると子供は懸命に目元をぬぐって此方へと歩いてくる。
そして唐突に抱きしめられた。
小さな体から感じる温もり、柔らかい感触。
普段なら食欲が刺激されるはずの行為に、何故か安心感が湧きあがる。
さらにはそこに初めて湧き上がる感情もあったがそれがなんなのか、わからなかった。
戸惑いつつも嫌じゃない感情。それを噛みしめていると子供はこちらを抱きしめた後にこういったのだ。
「私の家族になってください」
「ほえっ!?」
やっと理解した。
初めて、自分が人を食物以外に認識したのだと言うことに。