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怪盗毎毎奇譚  作者: 子音
1/1

プロローグ

東京都。

ここに日本の首都機能が置かれていることは国民周知の事実であるが、小笠原諸島を管轄しているため、日本最南端・最東端の都道府県であることを知っている国民は多くはないだろう。

それはさりとて、やはり一番の特徴と言えば、その人口の多さである。のべ約千三百万人。現在における日本の人口は一億二千万人。四十七都道府県の一つでありながらおよそ十分の一という驚異の数である。

そんな東京都の一角原宿。初めて訪れた人間は、今日は縁日か何かか? と思わんばかりの人の群れが駅前竹下通りを占めている街。そんな竹下通りを抜けて、少し人がまばらになった表参道への道を一人の少女が歩いていた。

大きな深い茶色の目。長く垂らした明るい栗色の髪。肌はきめ細やか、手足はすらりと長く、白い。少し高めの身長と色合いで小鹿を連想させるような美少女だった。

そんな美少女が足取り緩やかに肩から大きなボストンバッグをかけて、少女の足には少し不似合いなヒールの靴をかつかつと鳴らしていた。

俺は、彼女を一目見るなり、馬鹿か、と思った。

別に彼女が不審な行動を取っていたわけでも、俺にとっての彼女の見た目がうんぬん、という話でもなかった。


 

全開だったのだ。


こういう言い方をすると、思わす下の方に目を向けてしまいそうになると思うが、彼女はフレアのベージュのミニスカートを履いていた。では何が、というと、ボストンバッグである。

ボストンバッグのファスナーが全開だったのだ。可愛らしい小物の幾つかが見え隠れしている。人通りは大通りより少ないにせよ、あまりに無警戒ではなかろうか。そんな後ろを歩きながら眺める俺をよそに、彼女は気にする風でもなく歩を進めていく。

少ししてから、俺は、思わず口の中で、あ、と小さく声をあげた。

長身の薄黒い肌の、大きな紙製の画板を持った男が彼女の隣をすれ違う瞬間だった。最初に彼女をちらり、と横目で見て、体の軸が彼女を少し通り過ぎたタイミング。そこで男の手が動いた。肘から下だけが素早く蛇のように動き、鞄の中に潜り込む。おそらく画板の死角となっていて、真後ろに居る俺以外の周囲には見えていないだろう。俺の位置も少女と男からは大分遠い。男は、俺にも分かるまいと踏んだのだろう。

ところがどっこい。視力二.0の検査値を未だかつて脱却したことのない俺には男の指が深爪なところまでばっちり見えていた。

男が肩を少し持ち上げると、その手にはピンクのチェック柄の二つ折り財布がしっかりと握られていた。そのまま彼は、画板の隙間へと流れるように潜り込ませる。口端がにやりと吊り上るが、それは一瞬で、素知らぬ顔は悠然とこちらへ向かってくる。

ここまで確認して、俺はさてどうするか、と考えた。と言っても、大声を張り上げて男がスリであることを宣言する気は毛頭なかった。逃げようとした場合、男の体格は俺が取り押さえられるものではなかったし、第一面倒くさかった。

断っておくが、俺は元来お人よしでも、正義感が強いわけでもない。視力が良すぎて、こんな場面に遭遇したことは何度も、とはいかないまでも、何度かある。

しかし俺はその度、事態をなかったことと決め込み、あくびをしながら盗賊達の横を通り過ぎてきた。


そう。だから俺がその時動いたのは本当に偶然の産物だったのだ。

俺の前でスリが行われたこと。

男が盗みに画板を用いたこと。

俺の鞄に定規が入っていたこと。


それらの条件が揃って、俺は衝動に駆られてしまったのだ。

この後激しく後悔する日が来ようとは、夢にも思わず。




「あ、スミマセン」


俺は、まず偶然を装って男にぶつかった。蔑むような上から目線で、ちっと舌打ちをされるが、まぁしょうがない。男は気分上々の所に無遠慮にぶつかり機嫌を害した人間を一目見ようと、俺の顔に視線を合わせる。その隙に俺は腕に隠してあった定規を画板に差し込んだ。とりあえずはこれでいいだろう。

次にそのまますれ違おうとする男が俺の肩を通り過ぎる瞬間を見計らって、俺はちらりと横目で後ろを確認する。差し込んだ定規で財布は目視出来るくらい画板の後ろまで来ていた。

――よし。

ここまでくれば、あとは画板から財布を引き抜くだけだ。しかしこれは難関の門である。男に気付かれては、俺が奮ったなけなしの善意も水の泡と化してしまう。

そうならないためには、画板の揺れを最小限に取り出さなくてはならない。緊張による手の震えなど、もってのほかだ。

ふ、と軽く息を吐いた。

呼吸と後ろにした手の動きを合わせる。


――今!


俺の右手が目にもとまらぬ速さで弧を描き、瞬く間に財布は画板を離れた。そのまま手は、俺の前でぴたりと制止する。この時光速には届かないまでも、音速ぐらいは超えただろうと俺は考える。

手の中に納まった財布を確認してから、ようやく俺は後ろを振り返った。

男はみるみるうちに俺の居る場所から遠のいていく。俺のことなど、気にも留めずに。


どうやら、上手くいったようだ。


緊張と、ばれなかったことへの安堵両方の意味を持つ溜息を俺はふーっと吐き出した。しかしまだ、やることが残っている。

この財布の持ち主を追いかけて、手渡さねばならない。男がもう米粒のように小さくなっているのを見るに、少女も大分行ってしまっただろう、と考えて俺は慌てて捻っていた前身を戻した。

が。

少女は財布を取られた位置から微動だにせず、大きな目を更に大きく見開いて俺を眺めていた。


そして一言。


「……し、シック……!」


俺は思わず眉根を寄せた。

気付いてたんなら、大声でもあげろよ、だとかその変な言葉は何すか、流行ってんですか、とか色々言いたい、もとい思うことが山のように脳内を駆け巡った。

が、財布を取り返して事態に飽き始めていた俺は、早く渡してこの場から去ろうといった結論に辿り着く。俺は彼女に近づいた。


「落としましたよ」


本当は、盗られましたよ、と言いたいところであったが気力を大分削られていた俺は、少女の「よかったら一緒にお茶でも……」といったお礼に応えられる気分ではなかったし、少女の眼から発せられる羨慕のような興奮のような光から一刻も早く逃げ出したい気持ちに駆られていた。

少女が、俺の顔に焦点を合わせたまま両手で財布を受け取る。


よし、帰ろう。


「じゃ、俺はこれで……」


そのまま俺は呆然とする彼女の横を通り過ぎる。――はずだった。

しかし足が思うように動かない。

――何故、と俺は腕の違和感を覚えて、おそるおそる首を後ろに回した。


少女が、がっちりと俺の腕を掴んでいた。


……おい。


彼女の手は、皺がくっきり浮かび上がるくらい俺の服を鷲掴んでいた。その時の目は、最初に見た小鹿のそれではなく、飢えた獅子に見えるほどの迫力だった。


そして、言ったのだ。


「わ、私、怪盗保護機構推奨委員会のものです。

――お兄さん、『怪盗』しませんか⁉」


――……は?


何か違うものを書きたくて始めてみました。別に小説を更新している方がメインなので、こっちはかなりの亀更新になると思いますがご了承ください……。

あ、後少女はヒロインではありません。おいおい出します。

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