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消える存在

作者: 辻端耕太郎

 学校からの帰り道、奇妙な男に会った。

 「もしもし、そこの人」

 人通りの少ない裏道で唐突に声をかけられたので、始めは少し身構えたが、男に害意のある様子は無かったので、俺は立ち止まった。

 「はい、何か……?」

 俺は十中八九、道を尋ねられるのだろうと思っていた。この辺りは区画が整備されていないせいで道が曲がりくねっているために、よそ者がうっかり横道に逸れて、方角がわからなくなるなんてことがよくあるからだ。だが、そうではなかった。

 「つかぬことをお聞きしますが、貴方は今、私がここに存在していると思いますか?」

 「……はい?」

 言ってる意味がわからなかった。聞き違いかとも思った。それとも何かの冗談なのか?だが、男は到って真面目な様子だった。

 「私のことを頭のおかしい奴だと思っているでしょう。無理もないことだ。でもどうか、とにかく話を聞いてください」

 男の鬼気迫る様子に押しきられて、俺はしばしの間、彼の話を聞くことにしたのだった。

 「私はさっきまで、そう、つい20分ほど前までは、確かに自分の実在に対する確信がありました。……いや、確信していたに違いないのです」

 「はあ……」

 俺はもう既に、男が正気ではないことを確信していた。だが、だからといって、彼が話すのを無理やり止めることもできず、適当に相づちをうったのだった。

  男は話を続けた。

 「しかし私は、“あの出来事”を目の当たりにしてしまったんだ!」

 語調が興奮ぎみになった男をなだめるために、俺は平静を装いながら、

  「何を見たんです?」

と言うしかなかった。

 すると男は、ためらいがちに、こう口にした。

  「……消えたのです」

  「……なんですって?」

 始めは、男が急に小声になったのと、主語が不明瞭だったのとで、聞き返さなければならなかった。

 「消えたのです。人が」

 「……なんですって?」

 今度はハッキリと、男の言いたいことがわかったのだが、俺は尚も、そう聞き返さなければならなかった。

 人が消えたって?

 「そうです。私はつい30分程前に、この小路に迷いこんだのですが、そうしてこの辺りをうろうろとしている間に、一人の男に会ったのです」

 俺は観念して、しばし、この狂人のインタヴュアーに甘んじることにした。

 「……どんな男でしたか?」

 「……年代は私と同じか、少し上くらいに見えました。だが、様子が少し普通じゃなかった」

 俺は思わず『あんたが言うな』と言いかけたが、彼は話を続け、そのタイミングは失われた。

 「……そう、ちょうど今の私のような様子だった……。まるで何かに怯えるかのような……。彼は通りすがりの私と目が合うや否や、必死の形相でいきなり私の腕をつかむと、何かをいいかけた……。そして……」

 「そして……?」

 「消えたのです……!唐突に……。跡形もなく……!」

「……」

 俺はもはや、どう応答するべきかがわからなかった。それでも男は話し続けた。

 「私はしばらくその場で立ち尽くしたあと、また歩きだした……。そして考えた。……今見たことは現実か?……いや、確かに現実だった。少なくとも、私の腕を掴んだ男は、跡形もなく消えた瞬間の、その直前までは確かに存在した!なのに、忽然と消えたのだ!!」

 「お、落ち着いてください」

 男の言っていることは、さっぱりわからなかったが、それでいながら、妙に真に迫って感じられた。

 「これで落ち着いていられるか!男が消えたんだぞ!?そして私は気がついたのだ!人間は、自分で存在していると思っていても、次の瞬間に突如として消えることがあるのだと!そんなことは当たり前だったのに!!」

 最後にそうわめき散らすと、男は急に俺に背を向け、フラフラと歩き去っていった。俺はしばし呆然とそれを見送っていたが、やがて我に帰ると、『やれやれ、とんだ与太話を聞かされたものだ』といった気持ちになった。それで、さっさとその場を去ろうとしたのだが……。

 その時、俺は見てしまったのである。

 まだ遠目に、その背中を見せて歩いていた先程の男が、突如として消え去ったのを――。

 見間違い等では決してない。

 それはまるで、ろうそくの灯が消えるように、あっけなかった。




 俺は今になってやっと、さっきの男の言っていたことが、わかった気がした。

 なるほど、人はある時、突如として消えることがあり得るのだ。


 恐ろしいことに、この一点だけは紛れもなく事実なのだ。



 で、俺はこれを読んでるあなたに聞かずにはいられない。


 俺は今、存在してると思いますか?


 ……あなたは今、存在していますか?
















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― 新着の感想 ―
[良い点] 文体がしっかりしていて安定感がある。ショートショートっぽい雰囲気も心地いい。 [気になる点] 改行時にスペースを挿入しないので、若干読みにくい。文章もストーリーもきちんとまとまっているだけ…
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