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銀河最弱物語  作者: 柿衛門
アナタと再び
6/48

6

やっと……

今度こそ、やっと、家に帰れる。


興奮状態でいつもより早く目が覚めたハナはベッドから飛び降りた。


ここで借りていた着替えをリネンの籠に入れて、高校の小豆色ジャージに着替える。

ハナが地球から持って来た――着ていた物だ。


いつでもジャージだけは何があっても離さず、帰るときはコレと決めていた。


ジャージに着替えると怒涛の様に流れた2年が頭を過ぎる。


あの2年に比べれば、ここでの数日なんて……。

宇宙船に乗ったなんて、寧ろ良い思い出だよ。


「やっと、帰れる……」



こうして、ジャージで皇帝に謁見しようとしているハナの長い一日が始まった。



***


「そう言えば陛下ってどんな人なんですか?」


「どんな……そうですね。陛下の内面は我々臣がうかがい知る事など出来ませんから何とも……」


「ええ、と……アナタの感想で良いのですけど」


「ああ! 失礼しました。そうですね。陛下は大変慈悲深い御方であらせられます。それは美しい御方で、目にも鮮やかな美しい長い髪。深窓の令嬢のような肌」


なるほど、ロン毛の美人だな?


ハナの脳内に優しげな微笑を浮かべる、たおやかな金髪の美形の顔が浮かび上がった。


「その瞳は見る人を神秘の深淵へ誘い」


神秘的な黒髪黒目の可能性も捨て難い……


「聞く者の耳を悦ばせ、魂を震わせる御声」


黒髪黒目のハスキーボイス?


「御体はしなやかな獣のようであり、堕ちた天使も斯く在りきと言う背徳的な美を醸し出しております」


黒髪黒目、ハスキーボイス、ダイナマイトボディの妖艶に微笑む美女?


「最早私如きでは陛下を語る言葉も術も持ち合わせておりません」


ハナの脳内でチグハグなイメージの皇帝像が出来上がった。


*


待ちに待った皇帝陛下と一緒に夕食のはずが、先に食事をしているようにとの連絡が入ったのは、到着予定時刻を2時間も過ぎた頃だ。


ハナは白い人といつものようにラボの食堂に向っている。

ジャージについても何も言われないし、本当にいつも通りで良いようだ。


「少々遅れているとのことです。間もなくお出でになりますから」


「え。でも、少しだったら待ってますけど」


「構わずに先に食事をしているようにと言われましたので。ハナさんもお腹が空いたでしょう?」


確かにいつもより2時間ほど遅い上に、朝食と昼食も興奮のあまり喉を通らなかったのでお腹は空いている。


「ええ、まぁ、そうですけど。本当に、食べちゃってて良いんですか?」


「ええ。正式な晩餐ではありませんしね。頂きましょう」


「うーん。じゃ、……いただきまーす」


やたら食事を勧める白い人に首を傾げつつも食事を始めた。


本日の食事は鮪(っぽい)丼ウニ(的な何か)載せ。薬味のたっぷり載った冷奴(だが大豆が原料かどうか分からない)。海老(?)出汁風味、蜆(かもしれない)貝のお吸い物、と2年振り、まさかの和食。


「ウ、ウマーー!」


一口食べて大絶賛。


「うわ……地球でもこんなウマイの食べた事ない……帰れなかったら、ここに住まわせてくれないかなぁ……」


ラボのコックはハナの胃袋を掴んだ。


「ハナさんは、本当に美味しそうに食べますね」


ニコニコと食事をしているとハナを微笑ましく見つめる白い人。

何だかんだで彼もハナから目を離せなくなっている。


そんな彼は突然箸と丼を置いた。


「アレ? どうしたんですか?」


「陛下がおいでに――」


白い人が言い切る前に、食堂にいる全員が立ち上がり恭しく跪いた。


それに驚いて食堂の入り口を凝視するハナは、そこに入ってきた男を見て鮪を喉に詰まらせた。


「グッ! ゲ、ゲフッ! ……ゴフッ!」


「そなたが地球人か。斯様に慌てなくとも食事は逃げぬぞ」


低音の声で窘めながら近付く男にハナは大いに動揺している。


目に鮮やかな鮮血を流しているような髪。

日に晒せれたことのないような青磁のような青白い肌。

直視すれば、地獄の深淵を映し出していそうな血に染まった眼球に縦長の黒い瞳孔。

恐ろしい威圧感は2mを越す長身と相俟って、百獣の如し。



「まままままま、……ま!」


――魔王!?


咽るハナが顔を上げると頬を緩めていた皇帝の顔が驚愕の色を浮かべた。


「『ま』?」


「い、いえ、あの、ま、まぐろが喉に、詰まって……」


「そうか。うむ、横取りなどせぬからゆっくり食せ。……ところでそなた、どこぞで会ったか?」


記憶を辿るように小首を傾げてハナを見つめる真赤な瞳から感情は読めない。



いや、まさか。

もし魔王であれば魔力の殆どない今、勝ち目はない。



ハナは咄嗟にホッペたを膨らませてヘン顔をしながら頭を横に振った。


「そ、それってナンパですか? あ!それより鮪丼、如何ですか? これ、美味しいですよ、へーか!」


丼を持って慌てるハナの姿に満足そうに頬を緩ませた皇帝は頷いた。


「うむ。余もそれを食そう」


「はっ。料理長、あれと同じ食事をこちらへ」


皇帝から直々にたかだかラボのコックへ声を掛けることはないため、セルゲンが指示を出した。


「セルゲンも食すが良い。料理長二つ用意せよ」


「か、畏まりました」


皇帝に直に声を掛けられた料理長は緊張のあまり、跪いたまま鮪丼を用意した。



***


「うむ、中々美味ですな……こちらの汁物もなかなか……ほう、これはまた薬味が利いていて……うむうむ」


セルゲンは食事を一口食べては仕切りにうむうむと言っている。


皇帝陛下の口に入る物は全て毒見がなされる。

実際は毒など効かない皇帝だが、威厳を保つため形式的に行っている。

往々にして、権力の誇示、威厳の保持のために形式を重んじるのはどこの世界でも変わりはないが、毒見というより味見と化している。


「これは是が非にも王宮のメニューに加えるべきです、陛下」


「うむ。許す」


「ありがたく。早速手配致します」


二人の気の抜けた遣り取りを見ながら様子を伺っていたハナはホッと小さく息を吐いた。


皇帝の魔力は魔王以上に強大で、尚且つ魔王とは全く別種の力だ。


重力を感じながらそれに逆らって、体を引き伸ばされるように空に吸い込まれるような魔力――


「どうした? 食が進まぬのか?」


黙り込んでいるハナを気遣うように覗き込む皇帝に我に返った。


危うく巨大な魔力に飲み込まれるところだったハナは、急いで皇帝の魔力から意識を遮断した。



――別人だ。

世の中、似た人間は三人いるって言うし。

そもそも、私がここへ来たときには宇宙の支配者だったし。時間の辻褄を考えれば別人だ。


そう自分を納得させた時だった。


「大昔の話だが、そなたに似た娘に出会ってな」


「ふぅん……どのくらい昔なんですか?」


「もう忘れたが。その者と出会って余の生き様は変わった……縁とは不思議な物よな」


穏やかに微笑む皇帝の顔は、とても良い出会いだった事を物語っている。


もしかして、初恋とか?


初恋、という言葉がまったくしっくり来ない皇帝を見てプッと小さく噴出した。


「何がおかしいのだ?」


それを見咎めたセルゲンが突き刺すような眼差しをハナに向けた。


「え……、いえ、あの、陛下の初恋の人かなって、思って。その、微笑ましいなぁと……」


「初恋? だと……?」


地を這うような声を発した皇帝の黒い縦長の瞳孔が開いた。



*


そうか。


モニターを通して見たときには思いも寄らなかった。ただ、か弱い絶滅種族を保護してやろうと思った。

次に、面白いからペットにしようと、それだけだった。


ところが、娘を直に見て、ある衝動を胸の疼きを伴いながら思い出した。


たった一度だけ胸に抱いたその衝動を長い間思い出すことはなかった。


あの時。


「アレは……あの想いは恋だったのか。殺人衝動ではなかったのか……」


「陛下?」


虚ろな声で話し出す皇帝。


「あのとき……余はあの娘を殺すつもりはなかった。ただ退けようと。だが、娘は本気で掛かってきた。それでも余は加減をしていたのだが、娘は転送魔術を仕掛けてきた」


三人が黙って聞いていると皇帝は言葉を切って水を飲んだ。


「そのときの娘の目は、余を葬ること以外は見えていなかった……初めてだった。それを見た刹那、余は不可解な衝動に捉われた。そして、余は持てる力全てで以って、娘に魔力を放った」


何を言っているのか分からないが、何となくどこかで聞いたような話にハナはハテ?と首を傾げた。


「そなたを見て何故かあの娘を思い出したのだ……そうか、あのときの衝動は恋だったのか」


皇帝の伏せた睫の隙間から、血色が垣間見える。


あのときの魔王と同じ顔が、切なそうな表情で『恋』と口にするのが居た堪れない。

それを見ると、2年間考えないようにしていた疑問がハナの心を揺さぶった。




魔王と呼ばれていた存在は、本当に葬らなければならない存在だったのだろうか?




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