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「明日の夕食は陛下と一緒ですね」
白い人が何気なく言うとハナは心配そうな顔をした。
「あ、あの、陛下に謁見するのに礼儀作法とかは……」
礼儀作法など大して気にしていなかったが、皇帝の機嫌を損ねて帰れなくなるのは回避しなければならない。
「それは気にしなくて良いと仰せです」
彼は、捨てられた仔犬の様な表情をするハナを安心させるように微笑んでみせた。
「え……でも」
意外な返答に胡乱な眼差しを向けるが、本当に気にしなくて良さそうな雰囲気を放っている。
あの世界では礼儀がどうとか、王宮でのマナーがなってないとか散々嫌味を言われた。
『多大な労力を費やして召喚したのがコレか? しかも品の欠片もないではないか。挨拶くらいまともにしたらどうだ?』
召喚されて国王とやらに引き会わされて直ぐの一言がそれだった。
ハナだって好きで行った訳ではない。
勝手に呼んで不条理な要求を突き付ける彼らにキレたのだが、今度は上手く立ち回らなければならない。
二年間の魔王討伐の旅で身につけたのは魔力や体力だけではない。
忍耐力も世渡りも身に付けた。
権力に阿る事だって目的のためには吝かではない。
と、彼女なりに構えていたのだが。
「気にせず、ありのままの貴女で是非ともお願いします」
「うーん。でも、それで機嫌損ねるのもどうかと思うんですけど」
「いえ……陛下は貴女の珍……些細な間違いなど気に留めるような御方ではありません。伊達に宇宙の支配者と言うわけではないのですよ」
危うく「貴女の珍妙な行動に期待しておられます」と言いそうになった。
「陛下はそのままの貴女に会うことを大変楽しみにしていらっしゃいますので」
「はぁー、そっかぁ。宇宙の支配者は懐の広さも違うんですね! 任せて下さい!」
ハナは満面の笑みを浮かべてデザートのケーキを頬張った。
***
セルゲン・ライマール伯は転送されたデータを早速読んでいた。
皇帝に直に御覧頂いても良いのだが、生憎愛人達とイチャついてそれどころではない。
『
性別 :女
年齢 :17歳4ヶ月
血液型:地球BB型
体力 :最下ランク
精神力:最下ランク
魔力 :最下ランク
知能 :中
教養 :あまりナシ
品性 :むしろナシ
特記事項:検査結果より帝国内で最も脆弱である可能性が高い』
これがハナの検査結果のあらましだが実際はもっと細かい。
病歴や既往症など基本的な身体検査の他、体毛数、毛穴の数など何に使うのか分からない物、性交出産の経験など乙女の秘密まで暴かれた。
検査自体は1時間程度で済んだため本人は微に入り細に入り調べられたなど知りもしない。
因みに、品性と教養は白い人の主観で判断が下された。
が、ペットにそれらは求めないからどうでも良い。
「問題はないな……それにしても純粋な地球人とは何と惰弱な生き物なんだ」
セルゲンは意に反して痛ましそうに顔を顰めた。
彼が感情を表に表わすのは珍しい。
現在、純粋な人類はいない。人類に分類される生物もケルビナム系やリュシファウス系などと混血されている。
そんな中、純粋な人類であるハナはイレギュラーだ。
皇帝へのどのような影響を及ぼすか予測不明だがデータを見る限り害はないと思われる。
寧ろ、こちら側で取り扱いに注意せねば直ぐにでも壊れるくらい弱い。
セルゲンの今回の仕事はそれらを考慮して、スムーズにハナを皇帝の愛玩に仕立てることだ。
「取り扱いの難しいペットだな。匙加減が面倒そうだが……地球のペットの資料を参考にするか」
セルゲンは膨大な資料を検索しながらチマチマとハナの取り扱い説明を纏め始めた。
本人の与り知らぬところで、着々と進むペット計画。
ペット扱い決定だが皇帝もセルゲンも、よもやハナがそれを拒否するなど夢にも思っていない。
そして26時間後、移動艇はラボに到着した。