ハナと侯爵~その1
ハナは今後のことを考えながら、いつものようにミノちゃんに会いに来た。
「ミノちゃん!」
「モ!」
ハナが来ると、ミノちゃんが手を上げて挨拶をすると侯爵も手を上げた。ミノちゃんは飼い主に似たのだろう。
「侯爵様も、こんにちは」
「ああ、ハナ。浮かない顔をしてどうした?」
女性の心には疎いがペットの顔色には敏い侯爵に、思わずハナは本音を漏らしてしまった。
「んと……実は、学校に通いたいんですけど……不安で……」
「何が不安だ?」
「ええと……学力とか学力とか、学力?」
銀河帝国の学校はレベルが高そうだ。
そのことでハナは悩んでいた。
「なら俺の領内の学校に通うか? ハナに丁度良い学校がある」
侯爵の意外な提案にハナは、え、と驚いて侯爵を見つめた。
「ある程度の学力は必要だと思うが、そこまで心配せずにのびのびと過ごせると思うぞ」
「え、うそ!」
こんなクソ真面目そうな侯爵から、そんなのほほんとした提案をされるとは。
「いや、誰だって可愛い子にはのびのび過ごしてもらいたいだろう。俺だってそう願う」
「そんな良い学校、本当にあるんですか?」
「ああ、俺が設立させたからな。どうだ?」
「い、行きたいかもしれない……」
侯爵は、ペット好きが高じてペットが通える学校を領内に設立したのだ。筋金入りのペット好きである。
ドラコも通わせたし、ミノちゃんもいずれはそこへ通わせる予定だ。
のびのびとしたペットに育って欲しい。彼の願いはそれだけだ。
「入学するか?」
「うぅん……少し考えても良いですか?」
「もちろんだ。良い返事を期待している」
****
「嬉しそうな顔をしてどうした、ハナ?」
皇帝が花束を持ってやってくると、いつになく楽しそうなハナがいた。
「あ、陛下! あの、侯爵様の学校に行こうかどうしようか考えていて」
「侯爵?」
「ミノちゃんの飼い主さんです」
「お、おお、クアウトリー侯爵か……そうか……そなたの思うようにすると良い。くどいようだが余は助力は惜しまん!」
皇帝陛下は顔色を青くしつつも頑張って後押しすることを約束した。
そして一月後――
「じゃあ行ってきます!」
「くどいようですが陛下。私クアウトリーが責任を持ってのびのびした子に育てます」
「あ、ああ、頼んだ、侯爵。あ、ハナ、風邪をひかぬようにな? 嫌になったらすぐ戻ってくるのだぞ? 長期休暇も戻ってくるのだぞ!? それから、とにかく帰ってくるのだぞ!」
『シャトルが出発します、お見送りの陛下はおさがりください』
そしてシャトル発着場に流れる無情なアナウンス。
「余は余は……あああ! ハナアアアァァァァ!」
「行ってきまーす!」
シャトルに乗って元気に旅立つハナを、皇帝は涙と鼻水を垂らしながらいつまでも見つめていた。
「本当に宜しかったのですか、陛下?」
シャトルが見えなくなると、その場に丸まってしまった皇帝の背中を摩りながらセルゲンが尋ねた。
「よろしくない! だが、約束したのだ……ハナが楽しい人生を過ごせるように、助力する……ガハッ!」
「陛下……いかん、血を……エレウ! エレウはいないかー!?」
エレウはハナの主治医から皇帝の主治医に昇進したようだ。
****
ハナはシャトルの中でうきうきとしながら宇宙を見ていた。
「楽しそうだな」
「はい! 宇宙船二回目だけど、自覚して乗るのは初めてだし、宮殿から出たことなかったのですごく楽しいです!」
「そうか。学校は九月からだからそれまであちこち連れて行ってやろう」
「ありがとうございます!」
「モ!」
ミノちゃんも楽しそうだ。
そんな楽しそうな二人に侯爵も顔を綻ばせている。パンデモニウムと侯爵の館は移動装置が設置してあるのだが、シャトルにして正解だったようだ。シャトルで二日なら丁度良い旅だろう。
それから侯爵は時計を確認した。
帝星と領星の時差を確認しているのだ。今から調整しておかなしと、しばらく時差ボケが起こる。
「そろそろ、寝る時間だな……シャワーでも浴びてくるか」
「モーモ!」
ところが、ハナが返事をする前にミノちゃんが頭を横に振りながら、嫌がり始めた。
どうやらミノちゃんはあまりお風呂が得意ではないらしい。
「ダメだ、ミノ。今日は砂場で遊んだのだろう?」
実は昨日、ミノちゃんが楽しい場所を見付けたのだ。貴族の区画の西の庭園が砂丘になっており、さっそく今日、ハナとそり(・・)を引っ張ってそこへ出向いた。
「ハナも嫌がってないで来い」
「ふぇ?」
ハナは嫌がっていない。
だが、ペットは風呂が嫌い、と思い込んでいる侯爵は嫌がるミノちゃんと呆気に取られているハナを抱えて風呂場に向かった。
侯爵は脱衣所で手早くミノちゃんのサロペットを脱がせ風呂場に放り込み、ハナの服も手早く脱がせて同じように風呂場に放り込んだ。
彼は女性の扱いは得意ではないが、ペットの世話などお手の物、お茶の子さいさいだ。
「ほえええぇぇぇ?」
「……モーン」
「あ、ミノちゃん洗ってあげるから、お目目隠しててね」
「モ……」
諦めたのか悲しい声を出して目を隠すミノちゃんに、可愛い可愛い、と言いながら「ミノちゃん用」と書かれたボトルの石鹸を泡立てるハナ。
ミノちゃんの頭をワシャワシャしていると、風呂場の扉が開いた。
全裸で肉体美を惜しげもなく晒した侯爵だ。
「……へ?」
「む……?」
この全裸の朴念仁、ようやく気付いたのか。
皇帝でさえ、服を脱がせたときに気付いたというのに。
「おお、ミノちゃんを洗ってくれたか、助かる」
「い、いーえー……お役に立てて、なによりです?」
どうやら気付いていないようだ。
「どれ、ハナは俺が洗ってやろう」
「ハナ用」と書かれたボトルを持つ彼にはいやらしさなど微塵もない。
こうして全身隈なく洗われ、色々な物を無くしたような無くしていないハナの侯爵との生活が幕を開けた。