陛下と花束
◆◆皇帝と花束◆◆
――ハナが決心したのならば、余も決心せねば……
手を固く握り締めた皇帝は、ハナの部屋へ向かった。
「はい、どうぞ」
ハナがドアを開けると、花束を抱えて深刻な顔をした皇帝がヌッと現れた。
「ハナ……余は決心した」
「何をですか?」
「そなたに、必ずや余の気持ちを分かってもらう!」
「はぁ……」
「であるからして、余はそなたに毎日欠かすことなく花束をプレゼントすることに決めた!」
「は、はい。ありがとうございます?」
「で、あるからして、覚悟するのだ、ハナ! 余は一途なのだ! 余から逃げられると思うなよ! 毎日花束を受け取ってもらうからな!」
ヘタレな皇帝らしくない物言いにハナは首を傾げながら花束を受け取った。
そして、一方的に毎日花束を贈る約束を取り付けた皇帝は満足気な顔で部屋から出て行った。
セルゲンは言った。
「やはり、女性は多少なりとも強引な男性に惹かれるのではないのでしょうか? いえ、私は恋愛ごとに疎いので自信はございませんが……」
ウェネリース公爵にも聞いてみた。
「確かに、陛下はお優しいですが、押しが足りないように見受けられます……」
セテも言った。
「そうですねぇ……できればハナさんに手を出さないでくれると……いえ、処女の血を狙っているわけでは……決して」
クアウトリー侯爵は動揺した。
「私に女性の気の引き方を尋ねるとは……」
など、概ね「強引さ」が足りないとの意見だった。
そして、彼なりに決心し、精一杯「強引さ」を発揮し彼は満足だった。
そこまで言われなくとも、ハナは皇帝の気持ちは分かっている。
そう、その気持ちを受け取るかどうかはまた別であり、皇帝がそこに気付くのはまだ先である。
◆◆ハナを見守る会◆◆
初恋とはなんぞや……。
「あれは、アレスではなかったのだな……」
初恋の乙女がハナであったことにホッとしていた。
彼は初恋の呪縛からようやく逃れたのだ。
肝心なのは、今好きなのは誰か。そのことにやっと気付いた彼は、男性陣に色々訪ねたのだが、女性の気持ちはやはり女性に聞かねば、と女性陣に訪ねて歩いている。
ところが、最近では側室たちに少しウザがられている。
ハナへの想いを悟ってから後宮解体宣言をしたのだが、側室たちが「ハナさんを応援する会」を起ち上げて、結局後宮の女性たちはパンデモニウムに滞在しているのだ。
ちなみに「ハナさんを応援する会」であって、「ハナの恋を応援する会」でも、ましてや「陛下の恋を応援する会」ではない。
イオが会長のこの会は何だかんだ言いつつ、結局はハナと楽しく過ごすための会である。
そして、楽しいひと時を過ごしながら、ハナは相談に乗ってもらっている。
進路のこと、学校に行くならどこが良いか、こんな職業がある、などなど。
「昨日は向日葵だったからな、今日は青い鈴蘭にしよう……」
自ら庭園で花を見繕いハサミでちょっきんして、綺麗なラッピングを施す。なかなかの出来栄えだ。
そんな彼のラッピング技術は日に日に向上している。
「あら、陛下がいらしたようだわ」
「またですの?」
「今日は青い鈴蘭を持ってらっしゃるわ」
彼女たちが集まっていると、必ず、皇帝がやってくるのだ。
――はっきり言って邪魔
そんな雰囲気が側室たちの間に流れる。
「ハナさん大丈夫ですの?」
一人の側室が、心配そうにハナを見る。
思い余った皇帝がハナに無体なこと――主に性的な意味で――をしないか、心配で堪らないのだ。
「はい! 陛下は変わってるけど、優しい人だって分かってるし、それに……」
空気を読まない皇帝陛下は花束をハナに勢いよく差し出す。
「ハナ、今日は青い鈴蘭だ! そなたのように小さくて可愛らしい花だ!」
赤い頭が緑の葉っぱだらけの皇帝は目に痛い。
「陛下、何度も申し上げましたけど、陛下の赤いお髪と青は禁止です」
「そ、そうか。すまんなイオ……」
このどこか抜けている皇帝は嫌いではない。
それは、まだまだ恋には程遠いが、ハナはこの気の抜けた遣り取りにホッとするのだ。