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銀河最弱物語  作者: 柿衛門
ハナの逆襲
36/48

5


 その日からハナはアレスに目を光らせていた。

 アレスの目的を探り、おかしな真似をするようなら阻止しなければならない。もしかして勘違いかもしれない、と迷うところだが、ハナは自分の直感と心に従うことにした。

 ディリアでの経験が全て失われたわけではない。何より、人生がめちゃくちゃにされたことを無駄にしたくはない――役たたずで終わりたくないのだから。


 だが、アレスも警戒しているのか以前より用心深く、貴族区画の庭園でとうとう見失ってしまった。


「しまった、見失った……あれ……?」


 ハナが貴族区画の庭を歩をうろうろしていると、白黒模様の何かが見えた。もしや、と思い静かにそっと近づくと、思ったとおりの生物が仰向けで万歳するような格好で寝息を立てていた。


「ミノちゃん……」


 ピンクの鼻をスピスピ動かして寝ている可愛らしいミノタウロスの赤ちゃんだ。あまりの可愛らしい寝顔に一瞬でハナの心が奪われた。


「うわぁ……可愛い」


 興奮しつつも、小さな感嘆の声を漏らすハナの手がワキワキしている。

 

 ――触ったら起きちゃうかな? 触りたい……触りたい!


 それでも、なんとか理性を保って飼い主がいないかとキョロキョロする。だが、飼い主どころか人一人見当たらない。ハナは赤ちゃんの傍に腰を下ろして待つことにした。



*


 ミノタウロスの飼い主のクアウトリー侯爵は悩んでいた。



*


「モ……モモ、モ!」


「どうした、モー太」


 庭でお昼寝をしているはずの赤ちゃんが、仕事中の侯爵のところへトテトテとやってきて上着の裾を引っ張るのだ。

 一緒に来い、と言っているのはすぐに分かり、何事かとついて行くと庭で無防備に寝ている生物がいる――ちなみに、ペットのドラゴンも一緒だ。寝ている生物を見て侯爵は珍しく表情を崩した。今噂の、皇帝の可愛がっているペットのノハラハナだ。彼自身は女に然程興味を示さないが、ペットとなると別だ。ハナの立場を考慮して、宮殿内では未だにハナはペットの扱いになっている。

 今の時期は外で寝ていても風邪をひくような気温ではないが、放置していて良いのだろうか。だが、気持ちよさそうに眠っているのを起こすのも気が咎める。

 彼が悩んでいると、赤ちゃんが小さな手でハナのお腹をペシペシと叩き始めた。


「モー、モー!」


「こら、モー太」


 小声でモー太を制するが、モー太は楽しそうにハナをペシペシ叩いて起こそうとしている。


「ふぁい……起きて、ます」


 何かにペシペシと軽く叩かられる感触で、ハナはむっくりと起きた。寝ぼけ眼を擦ると、白黒の子牛が円な瞳でハナを見つめていた。暫くぼんやりと見つめていたが、頭がはっきりすると目を輝かせて子牛を見つめた。


「……ミノちゃん! おはよ!」


「モ!」


 ハナが挨拶をすると、子牛も手を上げながら返事をした。


「ミノちゃん、だと……?」


 地を這うような声が後ろから聞こえて振り返ると、目付きの鋭い大柄な男が立っていた。そして後ろにはドラゴン。


「ぎゃーっ!」


 ハナがびっくりするのも当然だが、ぎゃーっ!、はいただけない。


「驚かせたか……すまない」


「い、いえ」


 ドキドキしながら返事をするもドラゴンが気になって、それどころではない。

 ぐるるる、と喉を鳴らすドラゴンをチラチラ見ていると、ツンツンと何かに突つかれる。


「モ、モーモ、モ!」


 どうやらミノちゃんがハナに、こっちを見て、とせがんでいるようだ。そしてハナは目付きの鋭い男に見覚えがあることに気が付いた。


「あ、ごめんね、ミノちゃん……ミノちゃんの飼い主さんですね?」


「ミノちゃん、だと……? うむ、そうだ。「ミノちゃん」の飼い主だ」


 どうやら「モー太」から「ミノちゃん」に改名したようだ。素人には分からないが、侯爵の顔が衝撃で強ばっている。常日頃「モー太」は可愛げのない名前だと感じていた彼に、迷いはなかった。


「あの、抱っこしても良いですか?」


「ああ、ついでにミルクの時間だからこれもやってくれるか?」


 そう言いながら人肌に温めた哺乳瓶を渡される。それを見たミノちゃんは目を輝かせながら手を伸ばして、頂戴、とせがむ。

 ハナがミノちゃんを抱っこすると、ミノちゃんは自分で哺乳瓶を持ってミルクを飲み始めた。

 その様子を侯爵が手をワキワキさせながら見ている。


「抱っこしても良いだろうか?」


 侯爵は無類の動物好きだ。可愛らしいペットが二匹で戯れていれば、それをまとめて愛でたい男は、ハナが返事をする前にミノちゃんごと抱き上げていた。


「ほぇぇっ!?」


「な、なんと可愛らしい……」


 もちろんこの男に他意はない。


「ああ、この手触りといい、円な瞳といい……なんて愛らしいんだ……くっ、このまま連れて帰りたい」


 他意はないのだが、知らない者が聞けば怪しいことこの上ない。少女を抱き上げて愛を囁いているようにしか見えないのだ。

 肝心のハナと言えば、頭をグリグリされるだけで、特に害はないので好きにさせている。

 もう少し警戒心を持つべきなのだろうが、皇帝のおかげでその辺の感覚は多少ズレてしまっているのは仕方ない。

 それよりミルクを飲み終わって、指をチュパチュパと加えてトロンとした目のミノちゃんにすっかり心を奪われている。


「ミノちゃん、毎日ここにいるんですか?」


「ああ、雨の日以外はいる」


「あの、明日も来て良いですか?」


「ああ、もちろんだ……俺も待っている」


 こうして、意外な出会いを果たしたハナはアレスのことなど忘れてご機嫌で部屋に帰っていった。



***


 翌日もうきうきしながら庭園に出かけると、ミノちゃんがゴロンと寝そべっていた。そして、ドラゴンも腹這いで寝ている。二匹を撫でながら本を読んでいるのは飼い主の侯爵。


「こんにちは」

 

「ああ」


 見た目通り口数は多くなさそうな男だが、ハナが来るといくらか頬を緩めて歓迎の雰囲気を醸し出している。

 ハナは寝ている二匹を起こさないように、静かに寄ると気になっていたことを尋ねた。


「あの、ドラゴンは名前なんていうんですか?」


「ドラ子だ」


「ドラコ、格好良い!」


 明らかに名付けのセンスが今イチな男でもある。しかし、ハナの頭では「ドラコ」と変換されて、かの有名なファンタジーの登場人物を思い出した。

 もちろん、侯爵はその話しは知らないしメスのドラゴンなので「ドラ子」にした――彼なりに悩みぬいたのだが。

 侯爵も褒められて悪い気はせず、二人の話しは弾みかなり打ち解けた。そして、ミノちゃんの目が覚めるとミルクを飲ませたり、おそるおそるドラゴンに触ったりとほのぼのとした時間を楽しんだ。


 

***


 ある日の午後、ハナは再びイオとセテとお茶会を楽しんでいた。


「そういえばハナさん」


「はい?」


「最近、クアウトリー侯爵と懇意にしているようだね」


 貴族の庭園で堂々と逢引していれば、嫌でも目立つし噂になる。お互いその気がなくとも、そう言った話しは広まるのが早い。

 セテは噂の真偽もさることながら、毎日のようにハナに会っている侯爵に軽く不満を募らせている。


「クアウトリー侯爵?」


 ハナはミノちゃんの飼い主の名前を覚えていない。


「ドラゴンの飼い主さ」


「あ! ミノちゃんの飼い主!?」


「ミノちゃん……?」


「ミノちゃん! 可愛いんです! ……こう……モ、モーモ!」


 ハナはヨチヨチ歩きのミノちゃんの真似をしてみせた。


「ああ、侯爵の新しいペットか……似てるね!」


「可愛いらしいわ……ハナさんが……」


 イオの最後の呟きはハナには聞こえなかったが、二人に褒め称えられ調子に乗り、ミノちゃんの真似を次々繰り出した。その、えも言われぬ可愛らしさに二人は悶絶していた。




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