ハナと嘘と真実の行方
ハナは久々に晴れやかな気分でその日を過ごしていた。ウキウキして鼻歌まで歌う始末だ。ときどき「ウッキーウッキー」と合いの手を入れるあたり、ご機嫌加減が伺える。
「まるで目の前にバナナをぶら下げられた猿ですね」
あまりの落ち着きのなさにセルゲンが呆れたようにボソっと言うと、ハナにしっかり聞こえていたようだ。
「それが何か? バナナ寄越せ、ウッキー!」
だが、痛くも痒くもないハナはお猿さんのモノマネで切り替えした。セルゲンの失礼な物言いには、アレスの嘘がバレたら魔力を返してもらってきっちり仕返しをしよう、と決めた。
「さっさとバナナ寄越せ、ウッキャー!」
なので思い切り強気だ。セルゲンはそんなハナにそっとバナナを渡した。
「あ、完熟バナナだ……まいうー」
「む、「まいうー」とは何だ?」
そして、皇帝も久々に楽しいひと時を過ごしていた。
「「うまい」の業界? 用語です」
「そうか、良いことを聞いた。うむ、確かに「まいうー」である」
二人仲良くモシャモシャとバナナを食べる二人を見て、セルゲンは溜息を吐いた。呆れたからではない。
なぜか、二人ののほほんとした遣り取りを見て安心感を覚えたのだ。だが、セルゲンは自分自身のその感情に気付かなかった。
アレスはそんなハナを微笑みながら見つめていた。
ハナも浮かれつつもアレスの動向を監察しているが、特に何事もなく、のんびりとした時間が過ぎている。
――元に戻ったら、このように楽しい日が過ごせるであろうか……
だが、皇帝の胸に渦巻く不安は募っていくばかりだ。
*
「もっと、こう……未来的な、未来的な何かを!」
ハナは装置を見て一人でブツブツ言っている。
システムは皇帝の塔の地下に設置しているのだが、リクライニングチェアが置いてある茶の間にしか見えない。
装置を使われる側の気持ちが落ち着くような内装にしているうちに、お茶の間になったらしい。
言われたとおり、いくつか並んでいるシートにハナとアレスが並んで座ると、双頭の白衣の男が説明を始めた。
「まず始めに注意事項ですが、作業が終了するまでシステムの停止はできません。脳が破壊される恐れがあります……まぁ、今までそのような事故はなかったので大丈夫です」
脳が破壊される、の件でハナとアレスが驚いたように目を剥くと、白衣の男は安心させるように微笑んだ。
「それと、作業中はお二人の安全のため、動けないように処置を致しますのでご了承ください」
二人が了承するように頷くと、男の合図で二人の助手が手に何かを持って出てきた。助手たちはハナとアレスの耳たぶに何かをパチンと取り付けると、二人の体はピクリとも動かなくなった。呼吸と瞬きは通常通りにできるし、声もちゃんと聞こえる。
そんな二人の許へ皇帝が近づいてきた。
「大丈夫だ……ハナ」
労わるような声に、やっぱり陛下は良い人だと再確認するハナ。感覚は分からないが、ハナの手をしっかりと握っている。ハナは一生懸命パチパチと瞬きを繰り返すことで返事とした。
だが、次の言葉にハナは愕然とする。
「そなたの辛い記憶がアレスに戻れば、そなたもいらぬことで心を傷めずに済む」
――……記憶が、アレスに!? あたしの記憶が!? だって、どっちが嘘吐いてるか確認するって、昨日……
「そなたを元の時代には返してやれぬが、せめて心穏やかに暮らせるように尽力する」
体が動けない分、余計に皇帝の言葉がはっきり聞こえた。
眼球だけを必死に動かして、横を見るとアレスの口元が歪んでいるように見える。
――騙された!?
アレスだけじゃない。
セルゲンもエレウも、皇帝も薄らとした笑を浮かべている。
――みんなで、あたしのことを騙したんだ! 止めて! 止めてってば!
白衣の男が助手たちと作業を進めていく。
「では、陛下。こちらへ」
「う、うむ……宜しくたのむ」
だが聞こえる白衣の男の声に、皇帝は離れていった。そしてハナとアレスに見えるように、空中モニターに映し出される何かの波形。
「これは、お二人の記憶を波形で表したものです。こちらの波形が一致する部分――要はアレス様とハナさんの同調している部分を、ハナさんから取り出してアレス様にお返しするだけです。ええ、すぐに終了しますよ」
――止めて、止めて!
ハナの目がギョロギョロと何かを訴えるように彷徨うだけで、叫びは誰にも届かない。
もし、ハナに魔力の欠片でも残っていれば、その叫びは皇帝の耳に届いたかもしれない。だが、白衣の男は淡々と作業を進めていく。
――……な、何とかしなきゃ! なんとか! なんとか!
今まで、なんだかんだ言いつつ何とかしてきたハナ。どうにかしなければならないほど、追い詰められていたからだ。
それは魔力など関係なしに、ハナが一生懸命頑張った証でもある。だが、それら全てが無情にもないものとされていくのが分かった。順々に消え去っていくのだ。
傍目にはハナもアレスもリクライニングチェアに横たわっているようにしか見えない。
――あたし……あたし、頑張ったのに……このままじゃ、ウッ――
「これで終了ですよ」
最後にはこの無念さも消えてなくなった。