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銀河最弱物語  作者: 柿衛門
ハナと嘘
29/48

2



 ――大事な話がある


 アレスにそう言われて、二人で静かな庭に出てきた。アレスの豊かな黒髪がそよ風に靡いて、白いワンピースの裾がひらひらと揺れている。

 ハナはその様子を目を細めて眺めていた。

 五分刈りにジャージのハナと違い、少女らしい姿に嫉妬心が湧き上がってくる。


「話って、なに?」


 ハナはアレスからそっと目を逸らして、尋ねた。


「あのね、ハナ」


「ん」


「あまり、陛下にご迷惑お掛けしてはダメよ?」


「……ん」


 別に迷惑を掛けているつもりはない。

 ただ、ここのところ波長が合わないだけだ。陛下はまともにハナの話しを聞こうとしないから、ハナが言いたいことなど端から伝わらない。

 もし、それを迷惑というのならハナは陛下とは一生喋らない。

 イオやセテにも今後一切近づかない。


 そう心に誓ったばかりなので、わざわざアレスに言われるまでもないが、黙って頷いた。

 彼女なりに気を利かせているつもりなのだろう。


「あとね……」


 どうやら、まだ話しがあるようだ。

 アレスは悪い話を最後にするタイプのようだ。口篭って言いづらそうにしている。


「どうしたの? 驚かないから言ってよ」


 ハナができるだけ穏やかな声で先を促すと、アレスは深呼吸をすると決心して口を開いた。悲痛な顔をしているがハナはそれを真っ直ぐ見据えている。アレスも見つめ返した。


「……あのね、ハナ、もう帰れないの」


「……ふぅん」


 ハナは思った以上にダメージが少ないことに気が付いた。

 だが――


「どうして、それをアレスが言うの?」


「……もとはと言えば、ディリアの王国側に非があるでしょう……」


 静かに話すアレスからハナは目を逸らさない。


「私、あのたの人生を狂わせた、王国側の人間よ……帰れると嘘を吐いて……」


 黙って話を聞くハナからは何の感情も読み取れず、あのときと同じような目をしている。目の前で繰り広げられる殺戮を黙って見ていたハナ。

 そんなハナの様子にアレスは恐ろしくなってきた。


「……それだけじゃない……あなたの、心まで壊してしまった……私たち、王国の人間は、あなたに儀式を無理強いして……失敗したの……」


 ここに来て初めてハナの表情が変わった。片方の眉を釣り上げただけだが、その顔には疑問が浮かび上がっている。


「可哀想に、ハナ……私の、心と同調して恐ろしい思いをさせたわ……」


 ――おかしい……


 明らかにアレスがおかしなことを言っている。微かに震えているのは分かるが、俯いているためアレスがどんな表情をしているかは分からない。


「恐ろしい思い?」


「ええ、そうよ……あなたは、争いのない世界から来たのでしょう? なのに、殺戮の世界に引きずり込んでしまった。見てるだけとは言え……いえ、見てるだけでも、私たちが魔物を殺す様は恐ろしかったでしょう?」


「な、に……」


「しかも、あなたは、私の心と同調してしまった……! 殺した人間の心と同調するなんて、恐ろしすぎるわ!」


「ア、レス……? 何、言ってるの?」


「可哀想に、ハナ……私たちのせいだわ、ごめんなさい」


 泣き崩れるアレスにハナは言いようのない気持ち――怒りを覚えた。


「ふ、ふざけないでよ……あたしが見てただけってどういうこと!?」


「あなたが、怒るのも無理はないはね……私が体験したことを追体験しているのよ」


「う、嘘……殺したことも、儀式で死ぬ思いしたのも、全部、嘘なの?」


「儀式は……それだけは本当よ。でも、それ以外は……」


「触らないで、嘘吐き!」


 ハナは、労わるようにハナの頭を撫でるアレスの手を振り払った。


 ――アレが、全部嘘!?


 初めて魔物を殺した日の痛み、感触、生暖かい血しぶき。

 全て嘘だと言うのだろうか。


「じゃあ、あたしは、なんのためにあの世界に呼び出されたの!?」


 ――日常生活がなくなっただけじゃない! 頭までおかしくされて、他人の記憶を植え付けられて……そんなわけない!?


 あれは紛れもなくハナの記憶でありハナの痛み、苦しみ。


「ハナ……ごめんなさい」


「……あれは、あたしの記憶なの! あたしがやったことを掠め取らないでよ!」


 怒鳴りながら怒りの篭った目でアレスを睨む。

 彼女がどういうつもりでそんな嘘を言うのかは分からない。


「ハナ、お願い、落ち着いて」


「うるさい!」


 再び伸ばされたアレスの手を叩き落とそうとして、何かに阻まれた。


「暴力はいかん、ポチ」


「へ、陛下」


 突如現れた皇帝にハナとアレスの視線が突き刺さる。


「大丈夫か、アレス」


 労りが含まれている声にハナだけではなく、アレスまで顔を顰めた。


「陛下、私、ハナと二人きりで話しがしたいと申し上げたはずです」


「む、だがな、心配で……余は心配しただけで……その、実際に叩かれそうになったではないか」


「こんなの、ハナの受けた苦しみに比べればなんてことありません」


 珍しくアレスは強い口調で詰め寄った。

 そう言われて、皇帝はハナに目をやった。心なし青い顔は強張り、唇を噛み締めて苦しそうな顔をしている。


「確かに……余が存在せねば、ポチ……いや、ハナの人生も、心も狂わなかったであろうな……」


 その哀れみの篭った瞳にハナはとうとう怒鳴った。


「一体、なんなの!?」


「アレスに、全て聞いた……」


「なっ! ちょっと待ってよ! 何を聞いたの!?」


「ポチ、いや、ハナ。落ち着くんだ」


 皇帝は掴みかかってきたハナの手を握ると、宥めるように頭を撫でようとしたが手を振り払われた。


「全て聞いたって、どういうこと!? あたしのことを勝手にしゃべるなんてヒドイよ、アレス!」


「大丈夫だ、ハナ。ここにそなたを傷つける者はいない……そなたは、何も悪いことなどしていない」


 アレスと皇帝の憐れむような目にハナは愕然とした。皇帝はどうやらアレスの話しを鵜呑みにしているらしい。

 ハナの体験も記憶も痛みも、苦しみも全てアレスの物。


「違う! アレスは嘘を吐いてるのに!」


「ハナ」


「ハナ」


 ――あたしはなんなの!? 


 ハナは口を閉ざすしかなくなってしまった。




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