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銀河最弱物語  作者: 柿衛門
陛下と乙女とポチ
23/48

3


 皇帝陛下と陛下の初恋の乙女ことアレスは庭園でお茶飲んでいた。どこかぎこちない雰囲気だが楽しそうではある。セルゲンとエレウは皇帝の後ろで目を細めて、優しい気持ちで見守っている。その優しい気持ちは我が子の成長を見守る母親の優しさに似ている。

 そして見るからに機嫌の悪いハナは腕を組んで二人から視線を逸らして――尤も二人の眼中にハナはいないようだが――いた。


「そうか、ポチはアレスのペットであったか」


「ええ。わたしの飼いおサルさんでしたの、あのときいなくなってしまって……」


「探しに来たのか……悪いことをしたな、アレス。そうか!」


 ペットがいなくなる悲しみを想ったら心が痛む皇帝だが、ポチがここへ来たからこそアレスもここへ来た、と思えば全てを否定できない。そして、突然何かに納得したかのように頷く皇帝。


「稀にペットに飼い主の魔力が宿ることがあるな?」


「ああ、そう言えば。クアウトリー侯爵のペットなどそうですね」


 セルゲンも頷く。鋭い目つきの侯爵はいつもペットのドラゴンを連れて歩いている。ちなみに銀河帝国でペットの代表格と言えばドラゴン、コカトリス、ケルベロスだ。


「よほど可愛がっているペットには飼い主の魔力が宿るようですね」


 大きな頭を侯爵に摺り寄せて甘える仕草がパンデモニウムの貴族女性に人気の、体長十五メートルのミニドラゴンの姿を思い浮かべる。


「んなワケあるかぁっ!」


 ハナは一人口汚く突っ込みを入れるが誰もが微笑んで頷いている。

 ハナの魔力はディリアの神殿で死ぬ思い――実際に死にかけた――で身に着けたものだ。無理やり精神を解放させて潜在能力を引き摺り出す、という精神と脳に負担がかかる儀式を経て手に入れたもの。

 説明すると簡単だが、ディリアの魔導の最奥を極めたものにして「外道な外法」と言わしめた危険な儀式で、どの魔導師も儀式を受けることを拒否した。ハナは帰りたいがため、そして権力と言う名の脅しで生命の危険をチラ付かされて受けて立つしかなかった。拒否すれば死、失敗しても死、成功すれば帰れる。理不尽な三択は容赦なく十五才の少女に突き付けられた。


 ――異界のどこの馬の骨とも知らぬ小娘が死んだとて、誰も気にも留めまい


「あんのハゲデブオヤジ……今度会ったら残りの髪の毛全部毟ってくれるわぁっ!」


 思い出して苛々ムカムカが頂点に達して口汚く罵るハナを笑いながら見つめる四人。特にアレスのお上品ぶった笑いがハナの苛々を刺激する。


「ポチは大人しいのだがなぁ……これ! アレスはそなたを探しに来たというに、そのように威嚇するでない」


「前の飼い主をすっかり忘れてしまったようですね」


「おサルさんだから仕方ありませんわ」


 楽しげな笑いが響く中、ハナはむっつりと黙り込んで俯いてしまった。おざなりに貼られたピンクのネコさん柄の絆創膏が悲しい。


 ――家に、帰りたい……家に帰れば、こんなの、こんなの……


「どうしたのだ、ポチ。アレスに会えて嬉しくないのか?」


「……あたしは、お母さんとお父さんに、会いたい」


 ポツリと呟くハナの言葉には重みとハナの全ての感情が篭もっている。両親に会って友達に会って、前の日常に戻れば全ては夢で終わるはず。自分の掌を見つめるとやはりピンクのネコさんの絆創膏が目に入る。


 ――戻れば、何もなかったことにできる


 色々な生き物を殺した手。あの現実が夢である内に、現実としてハナに重く圧し掛かる前に――


「そう言えば、ハナさんのご両親はどちらにいらっしゃるのです?」


 セルゲンの柔らかい声にハッとして顔を上げたハナは、彼の厳しい眼差しとかち合った。そして底の知れる労わりを含んだようなアレスの声に我に返る。


「ハナの両親は……もう死んでいますの」


「……! 死んでなんか……」


 この時代では確かに両親も友人もハナの知り合い全員が鬼籍に入っている。


 ――ええと、過去や未来への移動は法で禁止されています。一切の例外はなく使用した場合は漏れなく極刑です


 セルゲンの厳しい眼差しに晒されたハナは口を噤んだ。これ以上自分の生命を天秤に掛けるような真似はしたくなかったが極刑は嫌だ。


 ――帰れないなら、もう殺してくれれば良い


 と、投げ遣りになることもできず結果として口を噤んだ。ディリアでもここでも、ハナは自分の命の軽さに愕然として今更ながら恐ろしくなってきた。




***


「エスタさんもやっぱり美人さんですね」


「あらヤダ、ハナちゃんたら。おばちゃんそんなこと言われても……お菓子食べなさい」


 自分の命の軽さを自覚したハナは、なぜかエスタさんをよいしょして袋入りのパイを貰っていた。ハナはアレスが来てから下働き区画の南第4食堂を中心にその辺をブラブラすることが多くなった。

 呑気にヘラっと笑っていられる場所、気が楽な場所なのだ。同年代の子も何人かいてお喋りしながら掃除を手伝ったり、と何も考えなくて良い場所である。そして可愛がってくれる年上の女性、というのが今のハナには必要だった。


 ――まったく……イチャイチャべたべたって……


 本当のことを言えば皇帝とアレスの所構わずなイチャイチャぶりに腹が立つというか苛々するというか、人の気も知らないでまったくアイツら……というところだ。実際は皇帝の初さが発揮されて言うほどイチャイチャはしていないが、ハナの眼にはそう映っている。


 ――この前まで、ポチポチポチポチって……スイッチじゃないっつーの。っていうか、アレスは一体何なの!? 確かに巻き込んで悪かったけど


 悪かった、と思うあたりハナの甘さ、人の良さが発揮されている。人によってはハナのその心境がお人好し過ぎて苛立ったりバカに見えることもあるだろう。だが、優しい両親のもと、のびのびと育てられたハナに人を心底恨むということはできない。


「ほら、ハナちゃん。毀れてるわよ」


 さっくりしたパイがポロポロと毀れて半分以上テーブルに落ちてしまった。エスタさんはそれをサッと手で避けて布巾で片付けて、ハナにもう一袋渡す。


「エスタさんの分なくなっちゃう……」


「良いのよ。ハナちゃん美味しそうに食べるんだもの」


「エスタさん……大好きだー!」


「あらあら、おばちゃんもハナちゃん大好きよ」


 エスタさんのホンワカとした優しさに母親を重ねている。


「私もハナちゃん好きー!」


 そんな二人のやりとりを休憩室の皆もお菓子を食べながら混ざって楽しそうにしている。

 この、何の駆け引きもない純粋にリラックスして笑える空間がハナにとって心地良い。



*


 夕方、仕事が終わるとハナはトボトボと皇帝の居塔へ戻る。移動装置の前で溜息を吐いて肩を落とすハナに声を掛ける者は誰もいない。

 戻っても皇帝とアレス、二人を見守るセルゲンとエレウという完璧なアウェイ空間。ほっつき歩いていても誰も探しに来ない。以前は髪を振り乱して血相を変えて皇帝が探しに来たものだが。


「なんか……あたし、いなくても良いんじゃない?」


 そんなとき目に入るモニターの広告。


 ――☆飼い主募集中☆ 生後三か月のミノタウロスの赤ちゃんお譲りします。伝統的な牛柄に愛くるしい大きな瞳がチャームポイントです――

 

 ヨチヨチ歩きの可愛らしいミノタウロスの映像。赤ちゃん特有の黒目がちで円らな瞳にきっとすぐに飼い主は見つかるだろう。

 再び重苦しい溜息を吐いて居塔へと戻るハナ。


「おや、ハナさん? 夕食は終わってしまいましたよ」


「食堂で食べてきたから、良いです……」


 完璧アウェイだ。


「南第4食堂か? 余もたまには行かねばな」


 行かねば、というが決して下働き食堂で食事をすることは皇帝の義務ではない。


「食堂? わたしも行ってみたいです、陛下」


「構わんが……そなたの口に合うかどうか……明日、行ってみるか」


 上目遣いでアレスが皇帝を見つめればイチコロのようだ。


「アレスの口には会わないよ!」


 合うかどうかは食べてみなければ分からないが、ハナのテリトリーを荒らされるようで嫌なのだ。ハナの棘のある大声が部屋に響いて、悲しそうな顔で首を傾げるアレス。


「でも、行ってみないと分からないかも、ね……」


 自分の気の小ささに嫌気が差して、小声でフォローするが色々と限界に達してしまった。

 唇を噛んで震える手をギュッと握り締めてクルリと踵を返して部屋から出て行こうとするハナ。


「どこへ行くのだ、ポチ?」


 ――あたしは、ポチなんかじゃない!


「待て、こんな時間に出掛けてはならんぞ? いくら警備が行き届いているとは言え……」


「……はい」


 理不尽な運命はハナに忍耐を教えた。


「まったくどうしたというのだ、ポチは?」


「わたしが来て、以前より陛下に可愛がっていただけなくなってしまいましたから……」


「何を言う、アレス! そのようなことを言わないでくれ」


「申し訳ありません陛下。あの子、陛下にとても可愛がっていただいているのですね。ありがとうございます」


 二人の勝手なやり取りを背後に聞きながら、わめき散らしてしまう前にハナはサンルームへ逃げ込んだ。




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