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銀河最弱物語  作者: 柿衛門
宮殿と陛下とハナ
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「おお! こんなところにおったか、ポチ!」


 陛下曰く「こんなところ」は下働き区画の南第4食堂である。昨日の夕方からポチの姿が見えなくなり、一晩中探し回り次の日の昼にようやく発見できた。

 ハナは血相を変えて飛び込んできた皇帝を後目にモシャモシャと天丼を食べている。イカ、ピーマン、小エビのかき揚げを炊き立てごはんに載せてお出汁を回しかけて芝漬けがチョコンと添えられた天丼だ。因みにパンデモニウムの食堂では福利厚生の一つとして無料で食事が提供される。美味しそうに食べるポチの姿に安堵の溜息を吐くばかり。


「それにしても、このようなところでそのような物を……」


 下働きの皆様に大変失礼な言葉であるが、彼は銀河一偉いのでどれだけ失礼でも失礼にはならない。皇帝という立場にとって、下働き区画は「このようなところ」であり天丼は「そのような物」でなくてはならない。


「……余にポチと同じものを持て」


 あまりにも美味しそうに天丼を食べるハナの姿に、皇帝陛下はハナの向かいに座って食べていた掃除のおばちゃんについつい頼んでみた。おばちゃんは、まさか話しかけられるとも思わず箸を持ったまま硬直して引っくり返りそうになっている。というか陛下がお越しになった時点で全員が硬直していた。


「へーか!」


「なんだ、ポチ」


「ここでは自分の食事は自分で並んで持ってくる決まりなんです!」


 何を言うのかと思ったら皇帝に食って掛かるハナ。お箸を持ったまま立ち上がり、ビシッと配膳口を指した。ハナに気圧された皇帝が「お、おお……」と狼狽えながら立ち上がると、おばちゃんは硬直している場合じゃない、と何とか正気に戻ってきた。


「ハ、ハハハハナちゃん、おばちゃん、持ってくるから良いの良いのよ。しょ、しょ少少少々お待たせいただけまするか、へ、陛下?」


「掃除婦、気にせずそのまま食しているが良い」


 皇帝陛下にそんなこと言われて気にしない人はいない。だが、ハナはテーブルをバンと叩いて再び立ち上がった。


「へーか! 「掃除婦」じゃなくて「エスタさん」なの!」


「ハ、ハナちゃんんん! 申し訳ございません陛下! 「掃除婦」で構いませんので!」


「エスタさんにちゃんと謝って下さい!」


「す、すまんエスタ殿」


「ん、ヨシ!」


 食堂にいた面々は皇帝とハナのやり取りに混乱して死を覚悟していたが、中にはなんとか気の利く者もいて皇帝の目の前に天丼が差し出された。


「……む、美味い!」


「ですよね? 週に一度、天丼を所望します。できれば海老の天ぷらも!」


「そうだな、セルゲンに言っておく」


 天丼に味を占めた陛下が下働き南第4食堂へしょっちゅう足を運ぶようになったのは、また別の話。


 今日のハナは何故か皇帝を押している。それは皇帝がハナを見付けられなかったことに関係がある。

 そもそも、ハナがいなくなっても皇帝の邪眼を以てすれば直ぐに見つけられるのだが、それには条件がある。捜索対象がどれだけ微弱でも魔力を発していなければならない。ところが、十日ほど前からそのハナの微弱だった魔力がなくなってしまったのだ。その日は大騒ぎになった。



***


 陛下のご機嫌は最悪である。ハナが心の底では帰りたい、と望んでいることを知った皇帝は苛立ちを抑え切れずハナともぎこちない関係になっていた。よくよく考えて帰りたいと望んでいることにショックを受けた訳ではなく、隠し事をされていたことに苛立っていることが分かり愕然とした。そして、現れた時と同じように突然消えてしまったらと想像するだけで立っていられなくなる。

 皇帝はハナを一人きりにすることがなくなった。自分が見ていない間にハナが消えてしまったらと思うと、片時も目を離すことができない。

 そんな皇帝が一方的に気まずい雰囲気で二人サンルームで無言で昼寝という名の苦行を行っていたときにそれは起こった。昼寝をしていたハナの魔力が突然感じられれなくなってしまったのだ。異変を察知したセルゲンとエレウが大慌てでサンルームに駆け込むと皇帝が寝ているハナを見つめたまま立ち尽くしていた。


「へ、陛下。ハナさんの魔力が……」


「ポチが……死んだ……」


 銀河帝国の住人である魔生物は魔力がなくなると消滅する――即ち「死」である。


「先ほどまで、ここで余の傍で……」


 寝ていただけなのに。

 皇帝の脳裡にポチと過ごした一時が否応もなく蘇る。たった二か月間の思い出は長い時を生きる彼にとって、瞬きをするにも満たない刹那。

 様々な思いが胸中に押し寄せ、最後に残るのは後悔。


 ――くだらないことで苛立ったりするのではなかった


 手の中から滑り落ちてしまった儚い命を掴むことができなかった。皇帝は震える掌を見つめて茫然と立ち尽くす。

 そしてこの時になって彼はようやく己の気持ちに気が付いた。


 ――余は、そなたを……そなたを!


 だが、気付くのが遅すぎた。死んだ者に心を伝える術など彼は持っていない。


「陛下、ハナさんはとても、とても弱い生き物でした……」


「分かって、おるぅぅ……うぅぅ、だが、余は……」


「陛下に、保護されて、大事にされて、ハナさんも……ハナさんも、ぐっ……!」


 皇帝の押し殺した声にセルゲンが鼻を啜る。セルゲンも皇帝に釣られて、涙を流し始めた。エレウも短い間とは言え毎日健康診断をしてお世話をしたよしみか、肩を震わせて泣きたいのをこらえている。


「どうしたんですかぁ? 良い大人が三人で泣いて」


「ポ、ポチが、ポチが死んでしまった……」


「ハ、ハナさんが、うぅ、グスッ……」


「ええっ!? ……そ、そんな、グスッ……うえぇぇぇぇぇん」


 寝ぼけた声の主に皇帝が、愛するペットの死を告げると声の持ち主は遠慮なく泣き始めた。貰い泣きのようだ。


「……泣くな、ポチ! そなたが泣くと余も……」


「はい。あたし、泣きません……! だから皆さんも!」


「「えっ!? ハナさん?」」


「なんですか?」


 ピンクのジャージの袖口で涙と鼻水を拭うハナにセルゲンとエレウが揃って突っ込みではない何かを入れた。全員の涙は止まって頭の中に疑問符が飛び交っている。



*


「大丈夫です、息もありますし脈もあります。ただ魔力がすっかり無くなってしまったようですね」


「心配させおって、ポチめ」


「魔力なくなると死ぬんですね、皆さん」


 だから主治医のエレウも死亡と判断を下したのだ。ハナは他人事のように笑っている。


「ビックリしましたよぉ! 起きたら皆さん泣いてるんだもん」


 いや、ビックリしたのはこっちだよ。と内心で同時に思ったのはセルゲンとエレウの二人。皇帝はハナが生きていることにただ喜んでいる。そして喜びのあまり先ほどのハナへ抱いた気持ちが吹っ飛んでいった。


「ですが、ハナさん。迷子にならないように気を付けてくださいね」


「はい? どうしてですか?」


「魔力がないと今までの様に直ぐにハナさんを見付けることができなくなります」


「……はい! 分かりました!」


 僅かな間の後、二マッと笑って元気に返事をするハナ。そのときハナが何を考えていたのかは……冒頭へ戻る。



***


「ごちそう様でした!」


「美味かった」


 二人並んで食器の返却口でごちそう様をする二人に調理場一同平伏するしかなかった。食器の返却時もハナは容赦しない。それは周囲の者にとっても厳しい状態である。


「んー……できればお出汁がもう少しだけ甘いと良いですね!」


「うむ、良きに計らえ」


「はっ! 畏まりました次第でありますれば!」


 混乱して言葉遣いが乱れている調理場主任に手を振りながら出ているハナと皇帝。


「さぁ、ポチ。エレウがおやつを用意して待っておるぞ」


「おやつですか! うわぁ、なんだろう!?」


「見てのお楽しみだ」


「はい!」


 こうして二人は下働きの食堂を大混乱に陥れて戻って行った。


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