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ポチことハナが皇帝陛下に拾われて早一月、皇帝は飽きることなくポチを可愛がりポチも皇帝に懐いてきた(かのように見える)。ハナのペットとしての地位も確固たるものになってきた。
だが、それに首を傾げる者が二名。
ひょんなことで飼い主である皇帝陛下が挙動不審になったり明らかにテンパったりしているのだ。
初めてお風呂に入れようとしたときは、ペット相手に何をテンパってらっしゃるのですか? と大して疑問に思わなかったのだが、似たようなことが何度かあったため疑惑が浮上したのだ。
***
「す、すまん、ポチ! 悪気があったわけでも覗こうと思ったわけでもないぞ!」
謝りながら目を瞑ったまま寝室から居室へ走ってきた陛下は、テーブルの脚の角に足の小指をぶつけてのたうち回った。
弱点などないはずの皇帝がそれくらいのことでのたうち回る姿など臣下は見たくなかった。
「だ、大丈夫でございますか、陛下!? どうなさいました!?」
見たくなかったが、そこはグッと堪えて駆け寄るセルゲン。
「ポ、ポチの、着替えを、見てしまった……」
「……ハナさんはきっと気にしませんよ」
年頃の少女が気にしない訳はないが、セルゲンにはそれ以外の気の利いた言葉は見つけられなかった。
この様なことが三日に一回はある。
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「す、すまん。エレウ……聞こえなかった……?」
「ええ。ですからハナさんも(生物学上は)女性ですし、生理――」
「そちに任せる!」
エレウは女性特有のデリケートな、男性の医者には相談し辛いことがあるだろうから、選任でなくて良いので女性の医師にも来て欲しい、と言いたかった。何しろ皇帝の居塔に許可なく人を入れることはできないのだから。
だが赤い髪をうねらせながら、俯いてモジモジと人さし指の先端を合わせたりクルクルする皇帝に口を噤んでしまった。
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「ハナさんのベッドはいつ頃できるのでしょうね」
「……まだ出来ん……らしい」
どんなベッドなのか少し気になっていたセルゲンが言うと皇帝は妙な間の後、そんなことを言った。そのためハナは皇帝のベッドで一緒に寝ている。
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「ハナさんにエル公爵が面会したいそうですが」
「ポチは今から昼寝の時間だ」
貴族からのハナへの面会を拒否するようになってきた。
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極めつけがこれ――
「イオ様が陛下のお呼びがなくて寂しいと仰っておいででしたが」
「……」
セルゲンがイオの言葉を伝えると、皇帝は目を瞳孔をカッと開き手を口に当てて、しまった忘れてた、と言った顔をした。
ハナが来てからどの側室のところにも行かないし、呼びもしない。
セルゲンは余計なことを言ってしまったかと少しだけ後悔した。
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甚だ不敬ではあるが二人は結論を出した。
――陛下はハナさんを女性として意識してらっしゃるのだな
推論ではなく結論だ。結論を出したからと言ってどうするわけでもないのだが、四六時中一緒にいる二人には気になって仕方がない。
とにかくそう結論を出して話し合った結果、見守ることにした。恋愛に不慣れ、というか初めての皇帝にアレコレ口出しするのは良くないだろうし、何より皇帝に恋愛相談なんてされたくないのが本音だ。
真っ赤な髪をうねらせて瞳孔を閉じながらモジモジして、ポチは余のことどう思ってると思うか? など聞かれたら銀河が崩壊しそうで怖い。
だが、皇帝が恋心に気付いた時には総力を挙げて協力はするつもりだ。
そんな二人の視界に、首輪にリードを付けて大事そうにハナを抱っこして散歩する皇帝の姿が入ってきた。
嬉しそうに抱っこしている陛下とは対照的に、諦めというか悟りきった顔のハナ。
皇帝の恋心に、皇帝自身もハナも気付かないのが今は幸せではないかと、二人は思う。