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銀河最弱物語  作者: 柿衛門
陛下とポチ
14/48

6


 熟睡していたはずのハナは熟睡していたはずなのに視線を感じて目が覚めた。


「ふぎゃああぁぁぁぁ! ゆ、ゆゆゆゆ、幽霊!?」


 眼を覚ますなり、薄闇に浮かぶ青白い顔に頭から大量に血を流し滴り紅く光る二つの瞳の怨霊がに視界入ってきた。


「ど、どうしたのだ、ポチ? 怖い夢でも見たのか?」


 ――夢じゃなくて、まおーの顔が怖いんだよ……


 皇帝陛下は寝ているハナの顔をずっと、じっと見つめていた。下心は一切存在なく可愛いポチがちゃんと眠れるかどうか心配のあまり、一睡もせずに見守った挙句に夜明けを迎えるところだ。

 因みにハナのベッドは皇帝自らデザイン、設計をして鋭意製作中なので皇帝の巨大ベッド――十人は余裕で眠れる――で寝かせていた。

 そんなハナをあやす様に抱き締めて緩んだ顔で再び横になる皇帝は、可愛いペットと一緒に寝る幸せを噛み締めた。

 当のハナはドキドキしながらも好きにさせていた。言うまでもなく、このドキドキはもちろん乙女的ドキドキではなく恐怖体験時のドキドキだ。


「まだ、起床まで時間がある。余が一緒に寝てやるからもう一度寝るといい」


「……ふぁい」


 恐ろしかろうが緊張しようがハナに最早拒否権などない。皇帝陛下のお好きになさっていただくしかなく、諦めたハナは寝るために目を閉じた。

 それと同時に皇帝陛下の黒い縦長の瞳孔が暗闇の中を探るように開いた。


 ――初恋の乙女か……


 彼の瞼の奥に浮かぶ乙女は黒い長い髪を靡かせて、思いの丈をぶつけてくる。あのように他者から死ぬほどの激しい思い――葬るつもりだったから当然だ――をぶつけられたのは初めてだった。

 ハナとは違う意味でドキドキしながらポチをギュッと抱き締める皇帝。


 ――それにしても良い香りだ……割と好きだな、この香り


 意外に良い香りが漂ってくるポヤポヤしたハナの頭に鼻を近づけてスンスン嗅ぎまわる陛下。ふんわりとして優しい花のシャンプーの香りがまだ残っている。


 ――うむ……それに、小さくて痩せていると思ったが、存外柔らかで温かで気持ち良いモノだな


 意外な手触りに皇帝はハナを抱きしめたまま体中を手で撫で回し始めた。一心不乱に撫でまわす手付きには他意も下心もいやらしさも微塵も感じさせない。おかげでハナはやはり危機感など全く感じずに、ウトウトし始めた。


 ――ううむ、豊満なイオと違いペッタンコなのに……アレより抱き心地が良いかもしれん。それによくよく触るとペッタンコではないな、ささやかながらポチも……


 出ているとこは出ていて皇帝と並んでも見劣りのしないイオは、アッチの抱き心地は良いのだがこうして抱き締めたときの感触が全然違う。ついでにセテは男だから柔らかさは一切ない。

 脳内の乙女の残像と抱き締めるポチが一瞬重なった。


 ――って、余! ポチは初恋の乙女に似ているのであって、初恋の乙女ではなく、余のペッ……! 何を考えておるのだ余の下半身!?


 一晩起きていたせいもあり、思考が若干混乱している皇帝の脳裡にはポチと裸で戯れる映像が垂れ流しになった。


 異世界で魔王と恐れられ、現在は銀河帝国を総べる皇帝ですら侭ならないもの、それは己の下半身である。



*


「おはようございます。お疲れのようでございますね、陛下」


「いや、楽しい一時であった……存外積極的であったぞ」


 眼の下にやはり濃い隈を作りとても楽しそうには見えない皇帝陛下に、セルゲンはお茶を淹れながら内心首を傾げた。

 積極的と言えばアレしか考えられないのだが、昨夜はどの愛人も皇帝に侍っていないはずだ。


「然様でございますか……ところでどちらの側室様でございますか」


「いや、余の脳内で飼っているポチである」


「……それは、良うございました」


 疲れた顔なのにウットリとというか恍惚とした表情を浮かべる主にバレないように、生温い視線を注ぎつつお茶を注ぐセルゲン。

 皇帝の下半身事情に口出しは一切しない――例え脳内であろうとも。主が望むのならおサルさんだろうと、オスのコビトカバだろうと喜んで皇帝に差し出すだろう。銀河を滅亡に追いやる悪女だろうと諌めることはしないし、どれだけ気に入ろうとその辺は弁えていることも知っている。


 ――だが、もし本当にそのような悪女が出てきて陛下が骨抜きにされたら……


 セルゲンが一抹の不安を感じたとき、ハナが洗面所から出てきた。ピンクのジャージを着たポヤポヤのおサルさんはどことなく機嫌が良さそうだ。


「おはようございます、ハナさん。ご機嫌麗しいようで」


「おはようございます。いやぁー、この頭すぐ乾くし寝癖付かないしラクチンだなぁと思って」


「それは、良うございました……?」


 セルゲンは控えめな疑問形で返事をした。年頃の少女があの髪型で喜ぶものだろうか。喜んでいるのなら構わないのだが。

 二年間の魔物討伐ほぼ野宿生活はハナの女子としての何かを確実に奪っていた。


「口許にクリームが付いておるぞ……可愛いヤツめ」


「あ、すみませ……」


 ――ハナさんのような方なら大丈夫でしょうね


 セルゲンは皇帝陛下に口を拭われるハナを見て、根拠のない安堵の溜息を漏らした。



***


「陛下、ウェネリース公爵が面会に来ております」


「……通せ」


 許可を出すまでに妙な間があったが皇帝は許可を出してハナの手を引いて客間へ向かった。昨日と打って変わり公爵は既に跪いて、紫の布を持った両手を掲げて待っていた。


「昨日お約束いたしましたノハラハナ様の首輪とリードにございます」


「うむ、素晴らしい出来映えだな」


「は。飼い主である陛下が外さない限り、永久に外れませぬ。リードはダイヤを鎖状に仕上げました」


 それは紛れもない何の変哲も面白味も装飾もない赤い革の首輪。色々考えたのだが、ハナに似合う物をと考えたらこれしか思い浮かばなかったのだ。


「どれポチ、着けてやろう」


 だが、皇帝は献上品を手に取り吟味しながら満足そうに頷いて、膝の上のハナの首にそれを着けた。何となく本当に自分のペットになったような気がして皇帝は何度も撫でた。


「首輪の内側に生体反応の魔石を付けてありますので、いつでも位置が確認できます」


「そうか、迷子になっても安心だな」


「それと、僭越ではございますが……こちらも是非ノハラハナ様へ」


 公爵はご満悦皇帝に更にもう一つの品を出した。それを広げてた皇帝は衝撃に息を呑んだ。


「……これは……赤いチョッキ、で良いのか? チョッキだな」


 首輪より似合いそうなそのチョッキになぜか胸がざわつく。ハナはおサルが着るヤツじゃんか、と思いつつ口答えできる立場ではないのでグッと堪えた。


「さあ、着てみるのだ。ポチ……おお! 正しくポチのためにあるようなものだな……褒めて取らす、公爵!」


「は、ありがたき幸せ」


 こうして、昨日の失態を埋め合わせた公爵も軽い足取りで出て行った。




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