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銀河最弱物語  作者: 柿衛門
陛下とポチ
12/48

5


 パンデモニウムの中心に位置する一際高い塔が皇帝の居塔になっている。その天辺から眼下を見下ろすと中央の塔を囲むように建つ塔と青く輝く湖面が広がっている。輝く白と青のコントラストに沈む夕日の景色は最早、言葉で称えられるような迫力ではない。

 その景色を皇帝に抱えられながら眺めるハナは別の意味で言葉を発せず見下ろしていた。


「どうだ、美しい眺めであろう?」


「う、ううぅぅ……は、はい」


 ハナは歯の根が合わずガタガタと震えながらなんとか返事をした。


 ――あまりの美しさに震えておるのだな


 ハナとウェネリース公爵との面会が気に入らなかった皇帝は、ハナの気をひこうと必死で考えこの景色をハナに見せることにした。


 ――あヤツが物で気をひこうと言うのなら、余はそれ以上の物を……いや、物ではダメだ!


 数多の愛人を抱える皇帝の着眼点に間違いはない。頂点に立つ男が愛人の気をひく必要はないのだが、彼女、彼らとの駆け引きも楽しみの一つである。


 皇帝はやはり自分の行動に間違いはなかった、と満足そうに頷いて抱っこしているハナの頭を撫でた。

 そんな二人は文字通り塔の天辺に立っていた。居城の天辺に掲げられている帝国のシンボルを象った彫像の上に剥き身で立っているのだ。とは言え、ただのヘルメットや肘当てなどの装備が落ちた時に役に立つような高さではないが。


 ――し、死ぬ……落ちたら死……落ちなくても死む!


「む、どうしたポチ。顔色が悪いぞ……ふむ、顔色を失うくらい気に入ったか」


「ワ、ワワワワワタクシ、た、高い、高い……高い、です!」


 ガタガタと震えるハナは、高いところは苦手です、と細かい台詞を言い切れなかった。

 当然のごとく――


「高い高いか?」


「みぎゃあああああああ!」


 ポチの可愛らしいおねだりに気を良くして、彼女を掲げる皇帝の手には嬉しさの他に労わりや優しが篭っているのだが、やっていること自体は厳しい。


 ――アハハハハ、ウフフフフ


 そんな蝶々が飛び交うお花畑のような幻想に浸りつつ、皇帝はハナを掲げたまま高速でクルクルと回り始めたのだが――


「ぎゃああああああああああぁぁぁぁぁ……!」


「おっと、足が滑った」


 銀河帝国を総べる皇帝陛下は足が滑るような男ではないが、ポチとの楽しい一時に気を取られ過ぎて足元が疎かになってしまった。だが、翼を出さずとも空を飛べる皇帝に問題は一切ない。


「楽しかったな、ポチ。明日も……む、楽しすぎて疲れたか。可愛いヤツめ」


 気を失ってしまったハナを再び大事そうに抱えて、夕日を背に居室へ戻る皇帝の顔はいつになく緩み切っていた。



***


「うーん……落ちるぅぅぅ……ぎゃっ!」


 寝ぼけてムニャムニャと言いながらベッドから落ちるハナを見て皇帝は目を細めた。


「おお、目が覚めたかポチ」


 寝起きに見た皇帝の姿は目に痛かった。ハナが目を擦りながら起き上がると赤い髪の皇帝が黄色の布を片手にハナの頭を撫でまわしていた。


「今日の夕食はパイモン辺境伯との会食だ。ポチも同席するのだぞ」


 だからこの黄色の服に着替えろ、と言っているらしい。とりあえずその黄色のモコモコのジャージ素材のような服を手に洗面所に行き顔を洗ってから着替えたハナは理解した。


「おお……なんと可愛らしいヒヨコだ!」


 この色ならおサルさんと思われることはないだろう。今日一日でハナの色々なものはおかしな方向へズレてしまった。ディリアで会食のときは着慣れていなくともドレスを着て、お化粧をして目いっぱい飾り立てて出席、が当たり前だった。ペッタンコでもそれなりにはなったものだ。


「今日の夕食は宙華料理だ」


「中華! 中華大好き!」


「おお、余も大好きだ。食堂へ行くぞ」


「はい!」


 パンデモニウムは真上から見ると皇帝の居塔を中心にその周りを五重の円で囲むような形に塔が配置されている。内側から二つが貴族の塔、三つ目が政務や会食などの塔、四つ目が下働きの塔、五つ目が騎士、兵達の塔になっている。

 と、説明すると簡単だが食堂までの距離はおよそ十二キロメートル。徒歩で三時間前後。もちろん徒歩で行くわけではなく移動用の装置があるのでそれを使う。


「ほぉぉぉ、便利だ……」


 科学と魔術の合わせ技だが説明されても、やはりハナにはチンプンカンプンだ。


*


 本日の会食は円卓で既にパイモン辺境伯とその正妻であり騎士でもあるレイン子爵が席に着いて待っていた。

 食事はリラックスして楽しく取るのがモットーのパンデモニウムでは、食事のマナーに関してあまり細かいことは言われない。そのため臣下が先に着席していても礼儀上問題はない。


 さて辺境伯夫妻は皇帝に挨拶をしてから、横の黄色の服を着たちんちくりんな生物に目を留めた。どうやらあれが噂の陛下のペットらしい。しかも純血の人間とのことだ。だが――


「あの生物なんと言ったか……」


「どうなさった、伯爵?」


 凛々しい妻のレイン子爵がハナを凝視して首を捻る夫に尋ねた。


「あれ、なんと言ったか。二足歩行で毛足の短い生き物」


「ああ、わたくしも今考えていたところだ……ここまで出かかっているのだが」


 辺境伯の良く通る声がハナの耳に入ってきた。


「ヒヨコです!」


 本日何度目かのヒヨコを声高に告げるハナ。確かにヒヨコも毛足が短く二足歩行でヨチヨチと可愛らしく歩く、ハナは間違っていない。だが――


「いや、違う……そうではない」


 パイモン伯の鋭い目は黄色の服でも誤魔化せないらしい。実はハナも限界を感じていた。何色を着ようが事実は変わらないのだ。


「ああ、思い出した! サルか!」


「そうか! サルであったか」


 夫婦仲良く声をそろえて言うと、皇帝も、おお、と言いながら手をポンと叩く。


「余も何か違和感を感じておったが……うむ、しっくりくるな」


 ――サルじゃないもん……


 一つの戦いに敗れガックリと項垂れるハナ。そうしてる間に料理が運ばれハナはそちらに気を取られてしまった。


「さぁ、ポチ。たくさん食べるのだぞ」


「はい! いただきます!」


 こうして、とうとう皇帝におサルさん認定されたハナは、グルグル回るテーブルの上の宙華料理に舌鼓を打つうちにそのことを忘れてしまった。




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