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銀河最弱物語  作者: 柿衛門
陛下とポチ
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4

「陛下に御目通り願いたい」


 連絡もなしに血相を変えてやってきたのはウェネリース公爵。

 皇帝が執務に就いていないとき――ほとんど執務はしていないが――節度さえ守れば皇帝は臣下が尋ねてくれば気軽に会ってくれる。それで良いのか、と思われるが今のところ皇帝陛下より強い魔力を持つものは存在しないため、その辺は割と緩い。

 セルゲンが公爵の来訪を告げると皇帝は、快く了承した。

 ポヤポヤで更に(ペットとして)可愛らしさが増したハナを丁度誰かに見せびらかしたい気分だったのだ。


「お入り下さい」


 来客室に通された公爵は落ち着きなく歩き回り始めた。あまり重力に囚われない彼は、床だけでなく壁や天井までウロウロと落ち着きなく歩き回っている。


「何用だ、公爵」


「陛下!」


 丁度、天井の中央付近をうろついているときに皇帝が入ってきて彼はそのまま天井で跪いて叩頭した。皇帝より高い位置で逆さまのまま跪くのは皇帝に対する礼儀としてどうなのだろうか。


「先ほどは大変失礼いたしました!」


「良い、先ず降りて来い。何か落ち着かん」


 失礼とか礼儀とか言う以前の問題だ。

 慌てて跪いたまま綺麗に着地する公爵の動きは無駄も隙も油断もない。ついでに笑いとか微笑ましいとかもなくひたすら美しい。


「先ほどのお詫びに参りました」


「いや、先に言わなかった余にも非がある」


 と尤もらしいことを言う皇帝だが、実際のところ他の者――公爵が「ポチ」と呼んで始めて不快感を覚えた。つまるところ、誰かは犠牲になっていたのだが、失態を犯した公爵はそれどころではない。


「つきましては、その失態を償うべくノハラハナ様の首輪及びリードの製作を私にお任せ頂きたく」


 臣下一同あの後相談をしてハナのことを「ノハラハナ様」と呼ぶことに決定した。ハナの呼び方に関しては全員が相当気を使うことになった。

 「ポチ」と呼んだだけで皇帝はかなり機嫌を悪くしてしまったため、名前の「ハナ」も怒りを買う可能性がある。愛人の類であれば「側室様」「寵姫様」と地位で呼ぶのはアリだが「ペット様」はおかしいし、ペットに対して阿っているようですごくヤダ。「クシャミ様はどうだろう」という意見もあったが、勝手に愛称を付けても皇帝の怒りを買うだろうから、と「ノハラハナ様」に決定した。

 それが決まると公爵は失態を取り戻すべく、すぐさま皇帝の居城へやってきた。皇帝のお気に入りへの贈り物などは誰が最初に贈るかでまた揉めるのだが、今回のポチ様は相当お気に入りらしく滅多な物は贈れない。そのため他家は一旦引いて様子を見ることにした。


「おお! すっかり忘れておった。そうだな、うむ。ウェネリース家であればアレに似合う品を用意できるであろうな」


「は、必ずやお心に沿います。つきましては今一度ノハラハナ様に御目通り願えれば」


 もう一度ハナを見て、間違いなく彼女に似合う品を作らなければならない。


「ああ、もちろんだ。今連れて来よう」


 皇帝は待っていました、とばかりに立ち上がると自らハナを呼びに行った。




「ポチ」


「サラサラーツヤツヤー……サラサラーツヤツヤー……」


 その頃ハナはソファの上で膝を抱えて放心状態で呟いていたため、皇帝に呼ばれても気付かなかった。そんなことが許される地位はペットだけだろう。


「どうした。どこか調子が悪いのか?」


「別にぃ」


 膝を抱えたままソファの上でコロンと転がり口を尖らせるハナ。ペットでなければ極刑ものの態度だ。


「先ほどそなたを「ポチ」と呼んだ公爵が会いたいと来ておるのだが」


「び、美形!?」


 ハナは珍妙な声を出して頭を隠した。

 こんな頭で美形の前に出るなんてイヤだ。美形じゃなければ良いのか、というとそう言う問題でもないのだが、その辺は乙女心である。察して欲しいのだが生憎そのような気の利いた生き物はいない。 


「う、うむ。ケルビナム族は天使の血をひいておるからな。美しいぞ……うむ、美しいな。あヤツら」


 宇宙で最も美しいと言われているケルビナム族の中でも美しいと称えられているウェネリース家。その美しさを表現することを生涯の課題としている芸術家もいる。皇帝のお気に入りの愛人、イオの実家でもある。


 ――そうか、ポチも美しい者が好きなのだな……


 皇帝は割と自分を正しく評価している。それは容姿に関しても然りで、己の血のような髪(実際に血なのだが)や眼が現在人間と呼ばれる種族に畏怖やら恐怖を与えることを知っている。そのため、その容姿を可愛いポチが怖がっているのでは、とそうは見えないが内心ビクビクしているのだ。


 先ほどまでの見せびらかしたい気持ちが萎んでしまい、代わりに誰にも見せたくない気持ちが膨らんできた。


「いや、そなたがイヤなら無理にとは言わぬ」


 だがディリアの世界で学んだハナは知っている。

 王族や貴族というのは、会いたいと言ったら会いたいのだ。こちらの都合などお構いなしで、例え今日上手く躱せたとしても、必ず強引に面会させられるのだ。嫌であれば無理強いさせられることのない地位に就いた自覚のないハナは勢いよく立ち上がった。嫌なことはさっさと終わらせるべし。


「早く会いたいです!」


 皇帝は突然元気になって立ち上がるハナの姿に漠然とした不安を覚えた。


「そんなに会いたいのか?」


「はい! ものすごく、メチャクチャ会いたいです!」


「……分かった」


 不安でたまらない皇帝はハナを抱っこして客間へ引き返した。



*


 ――む? 先ほどと何か違うな……


 「何か」とは強いて言うなら「女子として」だろうか。だが、公爵は本気で気付かず皇帝の不興を買わない程度にハナを見つめた。


「ポチ、ウェネリース公爵家当主のイェリン・ウェネリースだ」


 ――あの生き物、何と言ったか? 

 

 首を傾げて優雅に頭を下げる公爵は、プラチナ色の髪と深海の様に深いブルーの瞳、透き通りながら輝く肌で宝石の様に美しい性別不明の生き物だ。


「初めまして、ノハラハナ様」


「初めまして! 公爵さま」


 ハナと公爵の目が合い互いに微笑む。ハナは愛想笑いで、公爵は何かに気付いて。


 ――ああ! アレはおサ――


「ヒヨコです! ヒヨコですから!」


 人の心を読むことなどできないハナだが、そのとき直観的に彼女は叫んだ。


「そう! ヒヨコ、でございますな」


「はい!」


 二人で見つめ合い微笑みながら楽しそうに会話を交わす(ように見える)二人を皇帝は面白くない気分で眺めていた。



*


「なんと言えば良いのだ、この気持ちは……非常に不可解であり難解である。だが私はノハラハナに是非アレを送らねばならない、否、着せなければならないという強迫観念に囚われた。私たちケルビナム族が持つはずのない感覚がどこからともなく湧いてくる。これがインスピレーションというものだろうか?」


 後にこう語った公爵は、理由は分からないが無性に着せたくなったものがあった。

 自分でもなぜそう思うのか分からない、説明不可能な気持ちだがそれしかない。自分の美的感覚にないはずなのに、なぜなのかそれが浮かんできた。

 首輪よりリードより先に思い浮かぶソレの製作に自ら取りかかり一晩で作り上げた。

 満足のいく出来に仕上がったソレを着たハナを思い浮かべ深く頷く公爵。


 次の日、何の変哲もない赤いチョッキがハナの許に送られてきた。




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