7 蒼の翼が降りた場所
広い土地に、ぽつんと建つ白い石造りの小さな平屋。
その扉から出てきたルカは、庭に置きっぱなしだった大きなじょうろに水をくんだ。
かつて、スカーレット・ウィングの拠点にはルカの部屋もあった。
そこにはベッド、ソファ、ローテーブル。テーブルの上には魔導ランプ一つだけ。壁際に遠征用のトランク。それしかない部屋だった。
洗濯から戻ってきた飛行服や肌着は、すべてトランクへ放り込んだ。私物は、いつでも持ち出せる分だけしか持たなかった。
そんな部屋だった。
でもこの小さな平屋には、たくさん物が置いてあった。服も増えた。お洒落をするのは意外に好きだ。
ルカはのんびり庭の手入れをしていた。植物は詳しくないが、近所の人が何だかんだと分けてくれるので、とりあえず育てている。
ふと、柵の向こう、女性が立っているのが見えた。
ルカは、じょうろを持ったまま、ゆっくりと歩み寄る。
金髪に澄んだ青い目の女性。時が経ち、より澄んだ空気をしているような気がした。
「もう飛行機は乗ってないの?」
ルカは、柵のすぐ近くにあった花にじょうろで水をまく。
水の粒から、小さな虹が出来ていた。
それをじっと見つめる。
「たまに、趣味で乗ってるよ。やっぱりやめられないんだ」
「乗せてくれる?」
「……」
彼は顔を上げない。
女性は小さくため息を吐いた。
「やっぱり貴方は孤高のパイロットだから、それは無理か」
あの日より、大人になった彼女の瞳。
ルカは、花を見つめながら、少しだけ、目を細めた。
「今持ってる飛行機は、二人乗りなんだ」
彼女は平屋の家を見る。
小さくて静かな家。
「……なぜ? あなた、結婚もしてないって聞いたけど?」
ルカはやっと顔を上げた。
若いころのままの、力のある静かな蒼い瞳。
だけど、その目尻は、多分、少しだけ柔らかくなった。
「君を待ってたから」
彼女の青い瞳が見開かれる。
「……来るか分からないのに、待ってたの?」
「俺は、そういう男なんだよ」
彼女の目尻に、昔はなかった小さなシワ。柔らかく細められ、瞳が潤む。
「……バカね」
「男はバカなんだよ」
ルカは平屋の奥にある、ガレージを顎で示した。
「おいで、リディア」
若い頃と変わらず、リディアは声を立てて笑った。
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これは、ルカ・アストレインという、“蒼の翼”と呼ばれた天才パイロットの話。
自由と孤独を背負い続けた、たった一人の男。
蒼の翼は、最後まで堕ちなかった。
彼は最後まで、誇り高く生きた。
一人の男として、生きたのだ。




