表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/7

5 空を選んだ人


 翌日、何事もなかったかのように、日常が戻ってきた。


 ルカはスカーレット・ウィングに乗り、リディアたちエンジニアチームは大型の飛空艇で、エストリア共和国へ帰還した。


 拠点の作業場。

 いつも通り、大きな窓は明け放たれ、潮の香りを含んだ風が滑り込んでくる。


 十一のデスクが並ぶ空間。

 この拠点に個室はない。

 “首席設計士”という肩書きを持つリディアにも、特別扱いはなかった。


 上下関係は薄く、肩を並べて仕事をする。

 それが、このチームのやり方だ。

 ルカのデスクも、当たり前のように並んでいる。

 彼は決裁が必要なときだけ、ふらりと現れ、立ったままサインをしていく。


 十一脚の椅子のうち、

 彼の椅子が、いまだに一番綺麗で、一番硬い。


「ルカ、書類置いておいたから。サインして」


 格納庫にいたルカを捕まえて、リディアは腰に手を当てて言った。


 ルカは面倒そうに笑う。


「リディアが代わりにやっ――」

「いいわけないだろう!」


 ――目は、ちゃんと合う。


 彼は笑いながら、すれ違いざまにリディアの肩を軽く叩き、デスクへ向かった。


 ――仕事中は、いつも通り。


 リディアは、その背中を見送る。


 目を伏せ、拳を小さく握った。


---


 ルカに惹かれない女なんて、いない。


 類まれな天賦の才。

 それでいて偉ぶらず、チームの一人ひとりを尊重し、大切にする。


 いつだって、爽やかに笑う。


 けれど、その蒼い瞳の奥には、

 実力と努力に裏打ちされた、揺るぎない自信がある。


 あの瞳を見て、心を奪われない人間など、

 ――きっと、いない。


 私も、そうだった。


 あの日、

 あの蒼い瞳に自分だけが映し出されるのを見て、確かな熱を感じて、心が震えた。


 一瞬の幸福。


 だけど彼は、きっとあれを“過ち”だと思っている。


 彼は“蒼の翼”。

 誰にも人生を背負わせない代わりに、

 誰の隣にも立たない男。


 自由のために、孤独を選んだ人。


 仕事中のルカは、いつも通りだ。

 けれど、私にだけは、仕事以外の話を振らなくなった。


 仕事以外では、目も、合わなくなった。


 ――でも、それでいい。これでいい。


 泣いてはいけない。

 泣いたら、ただの荷物になる。


 私が愛したのは、“蒼の翼”。

 愛を返してくれるような男なら、

 きっと、はじめから好きにならなかった。


 私だって、空を選んだ女なのだから。

 泣かない。

 縋らない。


---


 リディアは、スカーレット・ウィングを見上げた。


 彼が愛しているのは、この子だけ。


「誰よりも、別嬪さんにしてあげるからね」


 赤い機体に、そっと指を伸ばす。

 リディアは、淡く笑った。


---


 その後、ルカは調子を取り戻した。


 天才性を保ったまま、

 スカーレット・ウィングのパイロットであり続けた。


 国からの昇爵の打診も、

 他国からの引き抜きの話も、すべて拒み、

 彼はただ、“蒼の翼”であり続けた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ