表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/4

1 蒼の翼は墜ちない



 これは、ルカ・アストレインという、“蒼の翼”と呼ばれた天才パイロットの話。


 天賦の操縦技術と独自の魔導機構理論で知られ、エストリア共和国公認の自由契約パイロット《エアノート》。

 貴族にも軍にも属さず、どの国からも招聘される《空の請負人》。

 若くしてエストリア飛行院の顧問に名を連ねる男。


 自由と孤独を背負い続けた、たった一人の男の話である。


---


 それは、ただの陽の煌めきのようだった。


 だが次の瞬間、

 ――空が裂けた。


 耳を焼く魔導エンジンの咆哮。

 赤い閃光が、目を疑う速度で滑り落ちてくる。


 敵パイロットが異変に気づいた時には、すでに遅い。


 爆撃。


 黒煙が噴き上がり、敵戦闘機は抗うこともできず、地へと堕ちていった。


 ルカ・アストレインの真紅の愛機、スカーレット・ウィングは、立ちのぼる煙を裂くように鋭く旋回する。


 空を自由に舞う紅の機体。

 それは今日も、異国の空を飛んでいた。


 ゴーグルの奥で、蒼い瞳がわずかに細められる。


 陣形を組み、なお追いすがる敵機群。


 ルカは高度を変え、死角へと回り込んだ。


 マシンガン。

 弾幕が走り、敵機が散開する。


 一機に狙いを定め、追い詰める。


 ルカに目をつけられて、逃げ切れた戦闘機はない。  

 狙われた敵機は、空中で回転しながら、青空から切り落とされるように墜ちていった。


「……数が多いな」


 独りごちる声は、どこか乾いている。


 ルカは文化交流の名目で招かれることもあるが、戦場に呼ばれる時は決まっている。その国が軍事力を誇示したい時か、あるいは――追い詰められている時だ。

 今回は、後者だった。


 この国のエース級パイロットは、先の戦でほぼ全滅している。

 残された切り札は、ルカ一人。

 ――一機で敵の航空戦力を殲滅しろ、というわけだ。


「無茶言うよ」


 小さく息を吐く。


 だが、できてしまう。

 これまでも、何度もやってきた。


 速さと持久力、その両方でスカーレット・ウィングを凌ぐ機体は、いまだ存在しない。


 ルカは操縦桿を強く引いた。


---


「ちっ」


 もう、かなりの時間を飛んでいる。

 陽は傾き、空の色がゆっくりと変わり始めていた。


 ほとんどの敵機はすでに落とした。

 それでも――今になって、ようやくエース級が姿を現した。


 敵機の性能を考えれば、夜戦に持ち込む選択肢はない。

 だからこそ、日が落ちきる直前のこの時間。

 相手は、なりふり構わず噛みついてくる。


 赤く染まった雲を裂く。

 両翼の青白い航行灯が、空に細い軌跡を描いた。


 数本の細い光。

 一斉に放たれる追尾弾。


 高度を上げ、旋回し、振り切る。


 そのまま、真上から突っ込んだ。


 砲撃。

 爆風。


 衝撃を逃がすように、即座に旋回する。


「あと一機」


 煙を吐きながら堕ちていく敵機を横目に、計器へ視線を走らせる。

 指先でなぞる数値。


 ――挙動が不安定だ。

 ――頼む。あと少しだけ、耐えてくれ。


 操縦桿を一気に倒した瞬間、

 爆発音。


 左翼付近で、追尾弾が近距離破裂した。


 視界が、一瞬で白に塗り潰される。


 ――集中力が落ちてきたな。


 白が引いた、その先。


 黒い敵機。


「読まれたか!」


 互いに、発砲。


 衝撃が正面からぶつかり合う。


 砕けた破片が、雨のように降り注ぎ、 その一つが操縦席を鋭く貫いた。


 鋭角に旋回し、まだ爆煙の残る空を抜ける。


 マシンガンを叩き込んだ。

 炎が上がる。


「……やったか?」


 煙の向こう、地面へ向かって堕ちていく影。


 わずかに、息を吐いた。


 だが。

 黒煙の隙間から、青い光。


「まだ来るのかよ!」


 最期の足掻きのような追尾弾。


 ――間に合わない。


 高度を上げ、機体を捻る。


 直後。


 左翼、直撃。

 衝撃とともに、機体が大きく傾いた。


「こちらスカーレット・ウィング。全機撃破。直ちに帰還する!」

『本陣、了解。助かった』


 回線を切り替える。


「チーム!

 最後に被弾した!

 多分、まともに着陸できない。準備してくれ」

『見てた。ラジャー』


 歯を食いしばる。


「スカーレット・ウィング……。

 頼む、ってくれよ」


---


 スカーレット・ウィング専属のエンジニアチーム。

 少数精鋭の彼らは、皆、息を詰めて空を見上げていた。


 首席設計士、リディア・カーヴェルもその中にいる。


 防護服をまとい、機体を受け止めるためのネットを構え、 彼らはただ、その瞬間を待っていた。


「――来たぞ!」

「左翼が完全にイカれてる!」


 赤い機体が、急激に失速する。

 叩きつけられるように地面へ滑り込み、右翼が地を引きずって火花を散らした。

 ノーズギアが削れ、金属音とともに吹き飛ぶ。


 機体は、そのまま――

 エンジニアたちが広げたネットへ、真正面から突っ込んだ。


 数人まとめて引きずられ、悲鳴と怒号が重なる。

 やがて、激しい摩擦音とともに、赤い機体は静止した。


 次の瞬間。

 右翼が、燃え上がった。


「ルカは!?」


 誰かの叫びと同時に、ステップが運ばれる。

 機体はすでに異様な熱を帯びていた。


 一番に駆け上がったのは、リディアだった。

 操縦席を覗き込む。


 ルカは操縦桿にもたれるようにして、動かない。

 彼女は迷いなく彼の顎に手をかけ、顔を上げさせた。


 ――呼吸は、ある。

 だが、意識はない。

 額は大きく裂け、血が顔の半分を覆っていた。


「気を失ってる!」

「引き上げるよ、手を貸して!」

「エンジンに引火するぞ! 急げ!」


 エンジニアたちが一斉に集まる。


「せーの!」


 ルカを引きずり出し、

 全員が転げ落ちるようにして、機体から距離を取った。


 直後。

 爆発。


 熱と衝撃が、空気を引き裂く。

 赤い炎が、地面を舐めるように広がった。


「早く! 離れろ!」


 数人がかりでルカを抱え、 彼らは必死に駆け出す。


 再び、爆発音。


 熱い爆風が背を焼いた。


 待機陣まで戻ると、 すでに呼ばれていた救護隊が、ルカを引き取る。


 エンジニアたちは、振り返った。


 赤い機体が、

 炎に呑まれていく。


 その場で誰も、

 ――動けなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ