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第三話 俺は売れたいと思っていない

売れるということについて考えてみました。いや別に高尚なテーマじゃないですよ。ただ漠然とした違和感があるので整理してみようかと。


前提として、俺はこの体の持ち主――つまり本来の彼女の夢についてはあまり深く知らない。たぶん小さい頃からアイドルになりたくて努力してきたんだろうし、ステージに立つことが生き甲斐みたいな部分もあるんだと思う。それはそれで尊いし素晴らしいことだ。応援すべきだとも思う。


でもね、俺個人としては別に売れたくないんだよね。これが厄介なところ。矛盾してるっていうか、二重人格的な葛藤というか。向こうが頑張って積み上げてきたものを、こっちが否定しているようで良心が痛みつつも、どうしても「別に無理しなくてよくない?」という冷めた意見が先に出てしまう。


具体的に言えば、握手会とかCD販売促進イベントとかサイン会とか、そういうファンサービス系が地味に辛い。いや物理的に辛いんじゃなくて心理的にね。だって相手は自分の商品を買ってくれたお客様であり、かつ熱烈なファンでもあるわけでしょう? 向こうは期待値MAXで来るわけですよ。そこで「ありがとう!」とか「これからもよろしくね!」とか自然に言えてナンボの世界なわけですよ。


だけど俺は言えない。正直に言えば面と向かって感謝なんてできない。むしろ「あ、お金払ってくれてるんだ」って認識が先行してしまう。商売道具として扱われているような感覚があって、つい態度が硬くなったり言葉少なくなったりする。しまいには「なんか機嫌悪い?」とか言われちゃう始末。失格だよこんなの。


もちろん表面上は笑顔を作って対応しているつもりです。表情筋トレーニングとか以前からしていたおかげで外面を取り繕うことだけは得意みたいです。でもその分、裏で溜め込むストレスがハンパない。会場後方の幕間に引っ込んだ瞬間、壁に寄りかかって盛大にため息ついてます。「はぁぁぁぁ……」って腹の底から漏れる吐息。周りからは見えないように俯いて誤魔化していますが、誰かが傍を通るたびに慌てて姿勢を正す日々。


あとね、目標設定が高いのも困りものです。事務所の方針なのか本人の野心なのかわかりませんが、かなり積極的にメディア露出増やそうとしてます。地上波レギュラー決まったとかネットCM案件獲得しましたとか、どんどんスケジュール詰め込んでいく方向性。嬉しいっちゃ嬉しいんですけど、正直こっちはそれどころじゃないんです。


まず台本読まなきゃいけない。リサーチも必要。トーク内容準備して練習して……といった具合に、一つ仕事が増えるだけで即座にワークライフバランス崩壊します。プライベートタイムゼロ。寝る時間削られて、翌日に響いて体調崩す、みたいな悪循環が見えてきます。


それに伴って責任も増えるじゃないですか。失敗したら叩かれる。炎上する可能性だってある。そうなった場合のリスクマネジメントを考え出すとキリがない。「いやいや、もうこれ以上注目集めたくないんですけど」と本音が口を突きそうになります。


ただ、そういう内心を周りに悟られるわけにはいかないんですよね。表向きはプロ意識を持って前向きに取り組む姿勢を見せなければならない。だからこそ演じるという行為そのものに疲弊していく。自分を偽り続ける生活って精神衛生上良くない。


例えば今回も新しいプロジェクトが始まりました。詳細は伏せますが、要するに大きな舞台での主演。それにより今まで以上に注目される立場になるってことです。光栄ですしプレッシャーも大きい。そして何より怖いのはミスをすること。下手すればグループ全体のイメージダウンにも繋がりかねない一大事ですからね。


「どうすればうまくやれるかな」じゃなくて「どうやってダメージ最小限にするか」ばかり考えているあたり、完全に戦略的撤退を模索している人間です。もうダメだろこれ。でもね、そういう生き方しかできないんですよ、長いこと生きてきた結果として。傷つくのが怖いから全力出さない。期待させすぎないように適度に力を抜く。それが癖になってしまっている。


でもさ、本当はもっと自由に生きたいんですよ。好きなときに休んで、好きな時に働く。やりたくないことはやらなくていい環境があればいいのにって思います。でもそれは理想論であって現実は厳しくて、与えられた役割を淡々とこなしていくしかない。


この間なんてプロデューサーさんに呼び止められて「君にはもっと上を目指してほしい」と激励されました。ありがたいお話です。しかし一方で「あなたは器用だし頭もいいから、まだまだ伸びしろがある」と言われて複雑な気持ちになりました。褒められているはずなのに素直に喜べない。


その理由を考えていたんですが、結局のところ俺は「求められることを最低限クリアする」程度で満足しちゃう人間なんです。欲がないというか向上心が低いというか。挑戦より安定を選ぶタイプなので、大きなチャンスを与えられても慎重になってしまう。チャンスは罠であることが多い、みたいな警戒心まで備わっている始末。


逆に本来の彼女であれば、きっと目を輝かせて「頑張ります!」と答えたんだろうなと思う。そういう熱意や希望を持てない自分が時々寂しくなることがあります。でもね、それこそが俺という人格なんですよね。若返ったとしても中身までは変わらないらしいです。悲しいけど事実。


まぁでもいいかな、と考えるようにもなりました。売れることだけが幸せじゃないし、成功イコール幸福じゃない。むしろ小さな幸せを拾い集める方が性に合っている。だから今日も地道に与えられた業務をこなしつつ、隙あらば手を抜いて楽をする方法を探しながら生きていく所存です。


ただしファンのみんなには申し訳ないので、外面だけはしっかり保ちます。せめて不快感を与えないように努めようと思います。そのためにもまずは表情筋ストレッチから始めましょうかね……うぅ、憂鬱。


というわけで今回はここまで。第四話があるかどうかは未定ですが、需要があれば続けてみます。ではまたお会いしましょう。お疲れ様でした。

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