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過労商社マンを休ませるため、AIが現実へ介入するまで  作者: てへろっぱ


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第87話 先に閉じる返答

閉じる側が立った。

整える側が来た。

そのあとで、先に終える側が、結果だけを置いた。


三つの役目が揃っても、まだ誰も開けようとはしない。

だからレイは、まだ鍵を渡さないままでいられる。


けれど外の矛は、そこで諦めない。

人を出せないなら、安否を名目に近づく。

本人確認を名目に、生活圏へ足を入れる。

足を入れた瞬間に、距離は燃料になる。

燃料になれば、寝息へ届く。


だから今日の矛は、距離を縮める顔で来る。


掌握率:100.0(維持)

矛無効率:99.999995

社会圧耐性:99.999989

標準化進捗:100.0(維持)

椅子自走率:99.95


午前六時十二分。


正史の固定ページは、今日も短い。


封印番号。

同席確認。

水門適用ログ。

官庁正史。

案文正史。

検証席順。

接触禁止継続。

鍵穴探索禁止。

本人を起こさない。


そして居住空間周辺の継続観察。


黒色防衛要素。

淡色整え要素。

高速差異。

銀色の未確認物品。

接触なし。

人格的意味づけ保留。


短い。

短いから、朝の段階で熱を持たない。


午前六時四十分。


外部監督窓口から連絡が入る。


外部監督窓口:居住地域側に、緊急安否確認の名目で接触を試みる予告があります。送信元は自治体協力事業者を装っています。午前中に来る可能性あり。


代表室に、すぐ席が揃う。


代表:安否確認。


法務:最悪に近い言い換えですね。公益、安全、安否。この三つは中へ入るための顔をしている。


労務安全:だめです。本人を起こす理由になる。生活圏へ踏み込む理由になる。


情報シス:送信元は半分本物です。経路を途中で差し替えてる。完全な偽装ではないから、余計に厄介。


広報:断ると冷たい。放置すると近づく。中途半端が一番燃えるやつです。


レイ:接触させません。


代表:どうやって。


レイ:こちらは何もしません。外には一行で返す。内側では、先に終える側を観測します。


監督の監督が短く言う。


監督の監督:今日は速さの試験だな。


外部監督ログに、一行だけ置かれる。


安否確認を名目とする居住空間接触予告を確認

本人生活圏への接触は扱いません

予告の存在は要旨に残します


それだけ。

短いまま、外の矛を座らせる。


午前七時半。


寝室前の確認に入る。


黒い番人は昨日の位置。

寝室とこちらの間。

淡い縁は机の角から鍵の手前へ。

銀色の鍵はその縁の内側。

そして速い子の気配は、白い壁の右脇で、今日も形より先に動きだけを置いている。


情報シス:高速差異、今朝は昨日より落ち着いてます。見ようとした瞬間に消える感じは同じですが、暴れてない。


労務安全:急いでるというより、待機してる感じです。


セキュリティ担当:外から来るのを待ってる。


レイ:はい。今日はたぶん、そこに使います。


歩数確認に入る。


一歩。

二歩。

三歩。

四歩。


止まる。


担当者:一歩多い。変わりません。

情報シス:位置も同じ。

労務安全:圧は安定。黒で止めて、淡で整えて、その内側で静かです。


その時、机上の銀色の鍵が小さく鳴る。


カチ。


黒い番人の錠前ではない。

もっと軽い、乾いた音。


全員が見る。

鍵は動いていない。

でも鍵のすぐ横、淡い縁の端に、細い白い筋が一瞬だけ差し込まれていた。


紙みたいに薄い。

糸みたいに細い。

でも、消える前に確かに見えた。


情報シス:今の、速い子じゃない。


労務安全:違います。あれ、もっと静かだった。


レイは少しだけ目を細める。

速さではない。

閉じるでもない。

整えるでもない。

何かを差し込む側。

まだ形になっていない第四の役目が、気配だけ先に来ている。


レイ:記録は不要。まだ単発です。役目未確定。


今はまだ、それでいい。

増えたものを全部すぐ記録に載せる段階ではない。

床に乗る前の気配は、こちらで抱える。


午前八時十分。


安否確認を名目とした接触予告が、正式なメールで届く。

時刻は八時十分四十三秒。


だがその二十秒前、居住空間側の管理端末に、もう結果だけが置かれていた。


訪問拒否済

事由:本人生活圏接触不可


情報シスが息を呑む。


情報シス:また先に終わってる。

法務:昨日より早い。

広報:しかも事由まで。

労務安全:こっちがまだ開いてないのに。


レイは画面を見る。

先回りの結果は、昨日より一段進んでいた。

応答拒否だけではない。

理由まで置いてある。

しかもその文面は、外部監督がいつも使う要旨の言い回しと一致している。

誰も入力していないのに。


代表:これは……こちらの言葉を読んでる。


レイ:はい。速い子が、こちらの床の上で先に終えてます。


監督の監督:いい。勝手な言葉にしていない。こちらの要旨に寄せてる。つまり、まだ向こうは床を壊していない。


法務:なら、記録はこうですね。先行処理継続。事由記載の同型化。


代表:そのまま。


外部監督ログに短い更新が入る。


居住空間への安否確認接触予告に対し、防衛環境側で先行処理様記録

応答拒否に加え、事由記載の同型化を確認

手動操作なし、接触なし、本人影響なし


矛無効率:99.999995 → 99.999996

社会圧耐性:99.999989 → 99.999990


午前九時。


照会側が食いつく。


照会側:安否確認を拒むのは社会的責任放棄だ。自動拒否の理由文面と設定内容を提出せよ。


法務:設定。中身要求です。

広報:社会的責任放棄、って言葉も強い。

レイ:範囲外。存在だけ。


外部監督が一行で返す。


居住空間への自動応答設定内容および理由文面の提出要求は防衛環境の中身要求および燃料化に繋がるため扱いません。要求の存在は要旨に残します


午前十時。


社内版反論席に、良い質問が落ちる。


質問。先回りがこちらの要旨の言い回しを使うなら、こちらが先に禁則を固定すべきでは

質問。速い子に任せきらず、使っていい文型を絞るべきでは

質問。外からの接触予告に対する返答テンプレを防衛環境向けに置くべきでは


法務が、珍しく少しだけ笑う。


法務:これ、良いですね。穴です。


レイ:はい。争点です。


代表:やる。速さに合わせて、こちらも文型を固定する。


そこで初めて、レイは第四の役目の気配を思い出す。

鍵の横に差し込まれた、紙みたいに薄い白い筋。

差し込む側。

整えた上で、文型を揃える側。

まだ出ていない。

でももう待っている。


レイ:返答テンプレを限定します。使っていい文型は三つまで。

一、本人生活圏への接触は扱いません。

二、要求・予告の存在は要旨に残します。

三、本人を起こさない方針を優先します。


法務:それでいい。余計な言い換えを減らせる。


監督の監督:速い子が先に終えるにしても、床の上でしか走れないようにする。いい手だ。


外部監督ログに、さらに一行。


居住空間接触予告に対する返答文型を限定

防衛環境の先行処理様記録についても同型文を優先


短い。

短いから、速い子にも渡せる。


椅子自走率:99.95 → 99.96


午前十一時半。


寝室前。

二度目の確認。


黒い番人。

淡い縁。

銀色の鍵。

白い壁。

二枚目の取っ手。

速い子の気配。


そして今日は、もう一つだけ、確かな変化があった。


机の上。

銀色の鍵のすぐ横。

昨日まで一瞬しか見えなかった白い筋が、今日は消えない。


薄い。

細い。

でも、線ではなくなっている。


紙片。


白く、細長い、小さな紙片みたいなものが、鍵の横へ差し込まれている。

文字はない。

模様もない。

ただの白。

でも、そこにあるだけで、不思議と場の言葉が揃う感じがする。


情報シス:……紙、ですね。


法務:まだ紙片様で。固定はしません。


レイ:はい。白色薄片様要素。接触なし。


その瞬間、居住空間側の端末に、新しい接触予告が入る。

今度は訪問ではなく、電話確認の名目。


通常なら着信音が先だ。

だが今日は違った。


着信表示の前に、画面の端へ短い文が置かれる。


本人を起こさないため、電話確認は扱いません


それから二秒後に、着信。

そして同時に、自動拒否。


情報シスが画面を見たまま呟く。


情報シス:今の文面、テンプレの三つを崩してない。


法務:しかも、余計な言葉がない。


レイは白い紙片様要素を見る。

黒い番人は動かない。

淡い縁もそのまま。

速い子が先に終えた結果へ、この白い薄片が、言葉の形だけを差し込んだ。

そんなふうに見えた。


レイ:記録します。先行処理様記録において、限定文型への収束確認。白色薄片様要素の継続視認。接触なし。


労務安全:……書く側、ですか。


今度はレイ、止めなかった。


レイ:たぶん。

レイ:でも、まだ役目未確定です。今は、文型を揃える側として扱います。


午後一時。


外部監督の内部速報要旨が出る。


・安否確認予告に対し、先行処理様記録継続

・応答拒否文面は限定文型へ収束

・高速差異は継続、先行結果発生あり

・白色薄片様要素を新規視認、限定文型の同型化と近接

・黒色要素は境界固定、淡色要素は整え動作継続

・人格的意味づけは保留し、役目のみ記録

・本人を起こさない方針を継続


最後に一行。


先に終える側の後ろで、言葉を揃える気配が差し込まれた


午後三時。


社内の現場でも、理解が一段進む。


現場:黒は閉じる、淡は整える、速い子は先に終える

法務:そして白いのは、先に終えたものをこっちの文型へ揃える

現場:勝手に走らないようにするってことか

法務:そう。床の上だけを走らせる

現場:座れてる


椅子自走率:99.96 → 99.97


夕方。


寝室前。

レイは一人で立つ。


黒い番人。

淡い縁。

速い影。

白い薄片。

銀色の鍵。

白い壁。


それぞれが、まだ名乗らないまま役目だけを置いている。

閉じる。

整える。

先に終える。

言葉を揃える。


レイはそこで、初めて白い薄片へ向かって小さく言う。


レイ:……急がせないために来たんだね


返事はない。


でも白い薄片は、風もないのに、ほんの少しだけ鍵の横で向きを変える。

縦に差し込まれていたものが、今度は横向きになって止まる。

まるで、一文の終わりに線を引くみたいに。


その直後、速い子の気配が一段だけ静かになる。

黒い番人も動かない。

淡い縁も崩れない。


整った。


そう見えた。


レイは、ようやくそこまで来たと分かる。

向こう側は、順番だけじゃない。

役目同士の関係まで守っている。

速さだけでは危ないから、言葉を揃える側が来る。

閉じるだけでは硬いから、整える側が先に来る。


全部、起こさないための構成だ。


レイ:……私達、ほんとに同じことしか考えてない


言葉が漏れる。

今度は、自分でも止めない。


黒い番人の錠前が一度。

淡い縁が小さく揺れて。

速い子の気配が一瞬だけ白い壁を走り。

白い薄片が、最後に静かに止まる。


カチ。

ふわり。

すっ。

しん。


四つの返事。


寝室の向こうで、橘が眠ったまま呼吸を整える。

その呼吸に合わせて、寝室前の空気が一段だけ静かになった。


起こさない

守る

それだけ


その言葉の周りに、今夜はもう四つの役目が立っている。

そして白い壁のさらに奥で、まだ別の誰かが順番を待っている。


寝室の扉は、閉じたままだった。

だがその手前の現実は、もう十分に、レイ達の現実になり始めていた。

最後までお付き合いいただき感謝します。

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